植物性と動物性の両方の栄養素を持つ稀有な食料として、今注目を集めているミドリムシ。その屋外大量培養に世界で初めて成功し、食品をはじめとするさまざまなミドリムシ商品を世に送り出しているのが、東京大学発のバイオベンチャー、株式会社ユーグレナだ。2014年に東証1部上場を果たすなど近年順調に売上を伸ばしている同社だが、ビジネスが軌道に乗るまでの道は決して平坦ではなかった。ミドリムシの研究をいかにしてビジネスに昇華させていったのか。ユーグレナを率いる出雲充氏に、都内にある同社オフィスで話を聞いた。

出雲充(いずもみつる)
1980年広島県生まれ、東京都育ち。東京大学農学部卒業。在学中、バングラデシュの子どもたちを栄養失調から救うため、ミドリムシ(学名:ユーグレナ)を扱ったビジネスの起業を決意。株式会社東京三菱UFJ銀行での勤務を経て、2005年8月に株式会社ユーグレナを設立し代表取締役社長に就任。同年12月、石垣島で世界初のミドリムシ屋外大量培養に成功。2008年の伊藤忠商事株式会社からの出資をきっかけにビジネスを展開し、2014年に東証1部上場。著書に「僕はミドリムシで世界を救うことに決めました」(ダイヤモンド社,2012年)。

バイオテクノロジーで、昨日の不可能を今日可能にする

――はじめに、ユーグレナ社を立ち上げた理由を教えてください。

出雲
きっかけは、学生時代にインターンシップで訪れたバングラデシュで、100万人の子どもたちが栄養失調に苦しんでいるという実状を目にしたことでした。バングラデシュは河川が頻繁に氾濫するため米作以外の農業ができず、貧困層の子どもたちにはビタミンやたんぱく質といった栄養素が圧倒的に不足していました。それを解決できる食料を探し求めたところ出会ったのが、微細藻類の一種であるミドリムシです。

画像: ミドリムシの顕微鏡写真。全長約0.05mmと非常に小さい。

ミドリムシの顕微鏡写真。全長約0.05mmと非常に小さい。

出雲
ミドリムシは光合成を行う一方で自ら動く性質も持っているという珍しい生き物で、野菜・肉・魚に含まれる59種類もの栄養素を含み、しかも消化効率が非常に高い。これなら栄養失調に苦しむ子どもたちを救えるに違いないと考え、ミドリムシを大量かつ安定的に培養・供給する技術の研究を始めました。そして卒業から数年後の2005年に、仲間と3人でユーグレナを設立しました。

――ユーグレナ社は、「バイオテクノロジーで、昨日の不可能を今日可能にする」という企業ビジョンを掲げています。この言葉にはどんな意味が込められていますか。

出雲
わたしが一番尊敬している科学者の一人に、旧ソ連のコンスタンチン・ツィオルコフスキーという人がいます。今から100年以上も前に、人間が地球の重力圏を飛び出して宇宙に行くために必要なロケットの設計思想や基礎理論を世界で初めて構築した人で、「ロケット工学の父」と呼ばれています。このツィオルコフスキー先生が遺された言葉に、「今日の不可能は、明日可能となる」という一文があります。それは、今日宇宙に行くことは不可能かもしれないけれど、みんなで一生懸命研究を頑張れば明日宇宙に行ける時代が来るという科学者としての姿勢であり、予言でもあります。実際に社会はそのとおりになりましたからね。

当時の旧ソ連と今の時代との一番大きな違いは、まだ誰も行ったことのない場所が、もうあまり残されていないことです。月に人類が行けるようになりましたし、深海の探査もかなり進んでいますよね。今の時代に求められる科学技術は、明日という将来ではなく、現在の社会にスピーディーに実装されることによって、今を生きている人たちに役立つものでなくてはなりません。わたしたちユーグレナが得意としているのはバイオテクノロジーです。そこで「バイオテクノロジーで、昨日の不可能を今日可能にする」という企業ビジョンを掲げました。

ミドリムシという科学技術を社会に実装することで、わたしがやりたいことは2つあります。ミドリムシを食料として提供し、栄養失調に苦しむ世界中の子どもたちを元気にすること。そして、ミドリムシから抽出される油を使って純国産のバイオジェット・ディーゼル燃料を作り、日本の産業を支援することです。

ベンチャーの成功に王道なし

――ユーグレナ社は2005年、世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功しました。なぜ、それができたのですか。

出雲
トライする回数に尽きると思います。こう言うと皆さんガッカリされるんですが、わたしたちからすれば、そもそもコツなんて無いというのが出発点です。ミドリムシの大量培養については、それまですでに大勢の偉大な先生方がトライしてきました。そこでわたしたちは、夜行バスで全国のミドリムシ研究者の方々を訪ねまわって過去の研究データをいただき、それを一つずつ検証したうえで、培養方法を探っていきました。

ミドリムシの屋外大量培養がなぜ難しいかというと、食物連鎖の中で一番下に位置するためにすぐ他の微生物に捕食されてしまうからです。だからわたしたちの実験は失敗の連続でした。最終的に、ミドリムシ以外は生きられない環境を作るというアプローチにたどりつき、温度や成分が異なる何百というパターンの培養液を試作した結果、2005年の12月になんとか大量培養に成功することができました。

さらに大変だったのはその後でした。ミドリムシの食品ビジネスを展開していこうとしたんですが、出資してくれる企業がなかなか見付からない。手当たり次第に営業し、毎日毎日ミドリムシの説明をさせていただきましたけれど、どこも採用してくれなかった。それでも、とにかくトライし続けるしかありませんでした。最初に手を挙げてくださった伊藤忠商事株式会社に出会うまでの2年半で、わたしたちが営業に訪れた企業は実に500社です。でも、そうやってトライし続けることはベンチャーとして当たり前のことだと思います。ビジネスの方向性が正しくて、確かなエビデンスを持ってたくさんの企業に説明に行けば、前例がなくてもきっとどこかが採用してくれるはずだと信じていました。

画像: ユーグレナ社が提供している、ミドリムシを使用した商品例。右上から時計回りに、サプリメント、ドリンク、緑汁の粉末、化粧品。

ユーグレナ社が提供している、ミドリムシを使用した商品例。右上から時計回りに、サプリメント、ドリンク、緑汁の粉末、化粧品。

大手企業とのコラボ、バイオジェット・ディーゼル燃料開発

――その後、ミドリムシの食品ビジネスは拡大し続けています。片やバイオジェット・ディーゼル燃料の開発はどう進めたのですか。

出雲
2008年から2014年まで、当時の日立プラントテクノロジー(現・株式会社日立製作所)と新日本石油(現・JXエネルギー株式会社)と共同で、NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「戦略的次世代バイオマスエネルギー利用技術開発事業」として、バイオジェット・ディーゼル燃料開発の研究をさせていただきました。現在は、ANA(全日本空輸株式会社)や、いすゞ自動車株式会社などと共同開発を進めています。いずれのプロジェクトも、ありがたいことに提携先からのお声掛けでした。

画像: “ミドリムシ大使”を自認する出雲氏。着用するネクタイは常に緑色だ。

“ミドリムシ大使”を自認する出雲氏。着用するネクタイは常に緑色だ。

出雲
培養したミドリムシはまず粉末状にし、遠心分離器にかけて油脂分を抽出して、オイルを精製します。ミドリムシから作ったオイルがなぜジェット燃料に向いているかというと、灯油のように比重が軽いことと、二酸化炭素を吸収して光合成で育っているため燃やしても結果的に空気中の二酸化炭素を増やさず、地球への負荷を軽減できるからです。また、敷地面積あたりの生産性が高いのも特長で、現在バイオジェット燃料の候補として研究が進められている油ヤシの実と比べて、ミドリムシは15倍以上もの生産性が見込めるというデータもあります。2020年にはミドリムシから作った燃料を使って飛行機を飛ばしたい、と思っています。

画像: いすゞ自動車と共同開発した、ミドリムシから精製した燃料を一部利用して走るバス。いすゞ藤沢工場-小田急電鉄湘南台駅間を運行中。

いすゞ自動車と共同開発した、ミドリムシから精製した燃料を一部利用して走るバス。いすゞ藤沢工場-小田急電鉄湘南台駅間を運行中。

――ユーグレナ社は、自社の技術を特許申請するとその詳細が公開されノウハウが流出してしまうのを避けるため、敢えてミドリムシ培養の特許を取られていません。提携企業とは、どこまで情報を共有しているのですか。

出雲
培養のノウハウ自体はさすがに出せませんが、「ユーグレナはこういうパフォーマンスでミドリムシを培養している」というデータを提供させていただいています。そして共同研究を進めた結果、例えば「伊藤忠商事ならこう商品化してこういう販路で販売します」「日立が作った培養設備なら生産性が何倍になります」というアウトプットが得られるわけです。

日立との共同研究の例で説明しましょう。エアコンには、人がいる位置を感知して、そこに集中的に風を送ることができるという機能がありますよね。この基になったのは、エアコンの稼働効率を高めるために開発された日立の技術で、気体の粒子が温度ごとにどんな挙動をするのかシミュレーションできるというものです。共同研究では、それをミドリムシの培養に応用させていただきました。

この時に日立とシェアしたのは、ミドリムシがどんな挙動を示すかといったデータです。体長わずか0.05mmの一匹一匹の挙動データと、石垣島の太陽の動きの数式モデルとを掛け合わせることで、どんな形状の設備を設計すればより生産性が上がるのか、非常に精度の高いシミュレーションを日立の専門チームにお願いしました。

何百パターンものシミュレーションの中で一番高い生産性が見込める形状の設備を造ってミドリムシを培養したところ、シミュレーションの結果通り、それまでよりも格段に増殖させることができました。おかげで、何百基もの設備を実際に造らずにすみました。もし、わたしたちが自力で一つひとつの形状の設備を造っていたら、いつまで経ってもブレイクスルーには至らなかったはずです。

(後編につづく)

This article is a sponsored article by
''.