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山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー/原 研哉氏 デザイナー・日本デザインセンター代表取締役社長・武蔵野美術大学教授
国内外の企業のアートディレクションやVI(Visual Identity)デザインを手がけ、デザイン界を牽引する原研哉氏。グラフィックデザイナーとしての仕事にとどまらず、家を起点に社会の未来を考える「HOUSE VISION」や、日本の風土が有する潜在的魅力を発掘する「低空飛行」などのデザインを軸としたプロジェクトを通じ、デザイナーの視点から企業や社会が直面する課題をめざす提案にも力を注いでいる。経済の停滞や社会の閉塞感が指摘される日本が、これからめざすべき新しいかたちは何か。「デザイン」は社会にどんな可能性をもたらすのか。山口周氏と語り合った。

「第1回:デザインとは物事の本質を見極め、価値を生み出すこと」
「第2回:都市や暮らしは自律的に『なる』もの」はこちら>
「第3回:日本の特殊性は自然観、宇宙観にある」はこちら>
「第4回:ローカルに潜在する大きな可能性」はこちら>
「第5回:デザインの力で地域から日本が変わる」はこちら>

リベラルアーツとしてのデザイン

山口
本日は原さんの執務室でお話を伺えるとのことで楽しみにまいりました。オフィスの一角にありながら落ち着きを感じる、居心地のいい空間ですね。最近はビジネスの現場にデザイン思考を取り入れる企業が増えるなど、「デザイン」という営みや「デザイナー」という職業への関心が高まっているように感じます。でも以前、原さん自身はデザイナーと呼ばれることに対して、ある種の居心地の悪さを感じる とおっしゃっていましたね。


「デザイナー」とは「デザインをする人」のことですが、一般的には物事に素敵な色や形を与える人、クールな広告や売れる製品パッケージを考える人といったイメージを持たれています。クリエイターと呼ばれる職能の一面だけが強調されているようで、デザインの本質から離れてしまっている印象を受けるのです。

デザインとは物事の本質を見極め、可視化し、価値を生み出すことです。だから本来、デザインが機能しているときにはあまり目につかないものなのです。そうした広義のデザインと社会通念的な狭義のデザインとが乖離しているために、「デザイナー」と呼ばれることや、「デザイン家電」などという、むしろ逆の意味の言葉が流通していることに対して居心地の悪さを感じてきたのだと思います。とはいえ僕は「デザイン」が好きだし、大切にしているので、自分のことを「デザインという概念を携えて生きる人」だと考えてきました。

山口
原さんには先日、私がアドバイザーを務めるリベラルアーツのオンライン学習プログラムの講師をお引き受けいただきました。私は以前から「リベラルアーツとしてのデザイン」に可能性を感じており、そのテーマで講義していただけるのは原さん以外にいないと思ってお願いしたのです。リベラルアーツとは、字義どおりに言うと「自由の技術」です。特定の思想や価値観にとらわれない姿勢や、ある社会や組織の中で常識として絶対化されていることを相対化して見る姿勢を身につけることがその本質であると思います。

原さんのお仕事や、『デザインのデザイン』をはじめとする原さんのご著書を通じて、私は僭越ながら、デザインという営みは、それまで常識と思われていたことに対して「もしかするとそれはおかしいのではないか」とクリティカルなまなざしを向けることだと感じています。だとすれば、デザインはリベラルアーツであると言えますよね。


僕はお話をいただくまで「リベラルアーツ」という言葉自体にあまりなじみがなかったのですが、物事の本質を見極めるという類いの知の働かせ方を可能にするものなのだとすれば、まさにそれはデザインだと感じました。「リベラルアーツとしてのデザイン」という着眼点はとても自然だと思います。

画像: リベラルアーツとしてのデザイン

数式のない数学


以前、数学者の森田真生さんから教えていただいたのですが、数学=Mathematicsの語源であるギリシア語の「ta mathemata」は「学ばれるべきもの」という意味で、「すでに分かっていることを分かり直す」という営みが数学なのだそうです。例えば、僕らが立ったり、歩いたり、ボールを投げたりするとき、重力や加速度などを計算しながら行っているわけではありませんよね。僕たちは動作を自分で試行錯誤して体得している。数学や物理学は、その動作に関する物理法則や公式を見出し、科学的なメカニズムを解明する。つまり、すでに身体は分かっていることの本質を、別の言語で言い替えて理解し直しているのです。

数学がそのような世界認知の道具であるとすると、それは僕の考えるデザインと同じだと気づいて、数学というものに対する目を開かされました。「原さんがやっているデザインは数式がない数学ですね」と言われて、とても納得したことを憶えています。

山口
よく分かります。


デザインには確かに外見を整えるという要素もあるけれど、それは表層にすぎません。われわれが本来知っているはずのことを、違う角度から、より正確に理解し直す、改めて発見する、それによって「世界が違って見える」ようにすることがデザインの本質的な役割です。

山口
原さんは、デザインは「外界環境形成」だとおっしゃっていますね。


野生動物は、すでにある自然の形を変えずに、その中で生きています。一方、人間は森を切り開いて地面をならし、道路や街、自分たちが住む環境をつくるということを始めてしまった。その人間という生物が知識や知恵を培い、どうすれば理想的な環境、よりよく生きられる環境がつくれるのかを追求することがデザインの本義です。

だからデザインというものは、機能しているときには見えにくいのです。例えば東京駅丸の内駅前広場は水勾配が絶妙に設計されていて、夏は水深5mmの薄い水の層を循環させる打ち水エリアが姿を現す一方、大雨が降っても瞬く間に水がはけるようになっています。あのような細やかな設計、見えないデザインができる社会は世界でも数少ないでしょう。

フォークの歯の数やトイレットペーパーの幅や形状などのように、僕らの日常には無数の目に見えないデザインがあります。「民芸」という言葉もありますが、失敗の連続の中で発見されたごくわずかな成功が形となって積み重ねられて、今の環境を成しています。誰かがトップダウンでつくった世界の中に生きているわけではなく、人々の欲望と試行錯誤が世界を形成しているというところに、造形の重要なカギがあると思います。そうしたものを探り当てていくことがデザインなのです。(第2回へつづく)

画像: 数式のない数学

「第2回:都市や暮らしは自律的に『なる』もの」はこちら>

画像1: デザインの視点から見る日本の「未来資源」 新しいこの国のかたちをつくる
【その1】 デザインとは物事の本質を見極め、価値を生み出すこと

原 研哉(はら・けんや)
1958年岡山県生まれ。1983年に武蔵野美術大学大学院を修了し、同年日本デザインセンターに入社。日本グラフィックデザイナー協会副会長。
世界各地を巡回し、広く影響を与えた「RE-DESIGN:日常の21世紀」展をはじめ、「HAPTIC」、「SENSEWARE」、「Ex-formation」など既存の価値観を更新するキーワードを擁する展覧会や教育活動を展開。また、長野オリンピックの開・閉会式プログラムや、愛知万博のプロモーションでは、深く日本文化に根ざしたデザインを実践した。2002年より無印良品のアートディレクター。松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、MIKIMOTO、ヤマト運輸のVIデザインなど、活動領域は極めて広い。「JAPAN HOUSE」では総合プロデューサーを務め、日本への興味を喚起する仕事に注力している。2019年7月にウェブサイト「低空飛行」を立ち上げ、個人の視点から、高解像度な日本紹介を始め、観光分野に新たなアプローチを試みている。
著書に『デザインのデザイン』(岩波書店)、『DESIGNING DESIGN』(Lars Müller Publishers)、『白』(中央公論新社)、『日本のデザイン』(岩波新書)、『白百』(中央公論新社)他多数。最新著は『低空飛行 この国のかたちへ』(岩波書店)。

画像2: デザインの視点から見る日本の「未来資源」 新しいこの国のかたちをつくる
【その1】 デザインとは物事の本質を見極め、価値を生み出すこと

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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