急激に変化を遂げる不確実な時代の中で、いかにして新たな製品やサービスを生み出していったらいいのか。今、多くの経営者が悩みを抱えている。そうした中、注目を集めているのが、シリコンバレー発の新しい手法「リーン・スタートアップ」だ。リーン(lean=痩せた)、すなわち無駄を排除した起業、新規開拓、イノベーションがなぜ、注目されているのか。また、従来のやり方とどう違うのか。さらには、スタートアップのみならず、大企業の新規事業立ち上げに取り入れることは可能なのか。長年にわたる新規事業創造やベンチャー投資の経験・ノウハウを活かして、スタートアップの支援を手掛ける、ラーニング・アントレプレナーズ・ラボの共同代表・堤孝志氏、飯野将人氏に聞く。

画像: 堤 孝志(つつみ たかし)氏 ラーニング・アントレプレナーズ・ラボ株式会社 共同代表 総合商社、VC勤務を経て2014年に当社設立。同社はスティーブン・ブランクをはじめとするシリコンバレーのリーダーと連携しながら顧客開発モデル等の「本当にツカえる起業ノウハウ」を研究紹介し、プロセス志向アクセラレーターとしてスタートアップから大企業の新規事業に至る幅広い事業創造の支援と投資活動を行う。東京理科大学工学部卒。McGill大学経営大学院修了。訳書に『アントレプレナーの教科書』『スタートアップ・マニュアル』(翔泳社)、『クリーンテック革命』(ファーストプレス)、監訳書に『リーン顧客開発』(オライリー・ジャパン)がある。

堤 孝志(つつみ たかし)氏
ラーニング・アントレプレナーズ・ラボ株式会社 共同代表
総合商社、VC勤務を経て2014年に当社設立。同社はスティーブン・ブランクをはじめとするシリコンバレーのリーダーと連携しながら顧客開発モデル等の「本当にツカえる起業ノウハウ」を研究紹介し、プロセス志向アクセラレーターとしてスタートアップから大企業の新規事業に至る幅広い事業創造の支援と投資活動を行う。東京理科大学工学部卒。McGill大学経営大学院修了。訳書に『アントレプレナーの教科書』『スタートアップ・マニュアル』(翔泳社)、『クリーンテック革命』(ファーストプレス)、監訳書に『リーン顧客開発』(オライリー・ジャパン)がある。

画像: 飯野 将人(いいの まさと)氏 ラーニング・アントレプレナーズ・ラボ株式会社 共同代表 大手金融機関、米系コングロマリットといった大企業勤務を経た後に、日米複数のスタートアップの経営や、国内の投資会社にて企業買収やベンチャー投資に従事。その後、堤と共にラーニング・アントレプレナーズ・ラボを設立し共同代表として活動する。東京大学法学部卒。米国ハーバード大学経営大学院修了。訳書に『スタートアップ・マニュアル』(翔泳社)、『クリーンテック革命』(ファーストプレス)、監訳書に『リーン顧客開発』(オライリー・ジャパン)がある。

飯野 将人(いいの まさと)氏
ラーニング・アントレプレナーズ・ラボ株式会社 共同代表
大手金融機関、米系コングロマリットといった大企業勤務を経た後に、日米複数のスタートアップの経営や、国内の投資会社にて企業買収やベンチャー投資に従事。その後、堤と共にラーニング・アントレプレナーズ・ラボを設立し共同代表として活動する。東京大学法学部卒。米国ハーバード大学経営大学院修了。訳書に『スタートアップ・マニュアル』(翔泳社)、『クリーンテック革命』(ファーストプレス)、監訳書に『リーン顧客開発』(オライリー・ジャパン)がある。


GEがリーン・スタートアップに取り組む理由

第2回では、なぜいま、リーン・スタートアップが注目されているのか、とくに日本の企業に受け入れられつつある理由と、リーン・スタートアップの手順についてお聞きしました。その中で、たびたび、大企業の新規事業開拓においても、リーン・スタートアップが有効であると触れられていました。

なかでも近年、ゼネラル・エレクトリック(GE)社が、リーン・スタートアップに乗り出したとして話題になっていますね。

画像1: GEがリーン・スタートアップに取り組む理由


きっかけとなったのは、2010年にGEのゼネラル・マネージャーのプレスコット・ローガンが、新しいバッテリー技術の事業化にリーン・スタートアップの手法を活用しようと、顧客開発モデルの提唱者であるスティーブン・ブランクのもとを訪れたことだと聞いています。そして、プレスコットは製品開発と並行して何十もの世界中の潜在顧客を訪ねて、じかに要望や不満を聞いて回り、それを受けて、対象顧客を変更させ、新事業を成功に導いたのです。

ただ、その流れはいったん途絶えたのですが、現在のGEのCEOであるジェフリー・イメルト氏によってリーン・スタートアップの提唱者であるエリック・リース氏が招聘され、彼の協力のもと、2013年に「ファスト・ワークス(Fast Works)」と呼ばれるプロジェクト・チームが発足し、リーン・スタートアップを加速させています。

画像2: GEがリーン・スタートアップに取り組む理由

飯野
イメルト氏は、2000年の着任以来、前任のジャック・ウェルチ氏が進めてきた路線をいかに塗り替えて新生GEとして再生するかに腐心してきたわけですが、結果として、手順と品質管理に優れたGEの風土に馴染むリーン・スタートアップを取り入れることにした、ということだと思います。

かつてのGEは、人と同じことでもいいから上手にうまくやればシェアがとれるというカルチャーでしたが、イメルト体制になってからは、とにかく人とは違うことをやれ、というカルチャーへと変貌を遂げています。そのために、組織の在り方や人事考課制度まで、すべて見直しを行った。

だからいまでは、かつてGEが推進してきた品質管理手法「シックス・シグマ」を声高に唱える人はいません。「イノベーションをやらない人は、出て行ってもらう」、というくらい徹底しているのです。あれだけの大企業で、ベンチャー企業並みのスピードで事業を動かそうとしているわけですから、大改革と言えます。もっとも、そのGEですら、最初から順調なスタートを切ったわけではない、ということなんですね。

大企業でリーン・スタートアップを進める際のさまざまな課題

日本の大企業の中にも、リーン・スタートアップを取り入れようという動きが出てきているようですね。


はい。リーン・スタートアップが大企業にこそ有効だという言い方はしませんが、ベンチャーにしろ、大企業の新規事業にしろ、事業の立ち上げに際して、リーン・スタートアップが有効であることには変わりありません。ただし、大企業でそれを実行しようとすると、いくつものハードルが存在するのも事実です。

飯野
リーン・スタートアップで必要なのは、「朝令暮改」で進める方法論なんですね。朝立てたプランでやってみてうまくいかなければ、夕方には軌道修正してやり直す、という。ところが、多くの大企業では、一度立てたプランを変更するのは容易ではありません。分厚い稟議書を書いて、根回しして、上長の決裁を仰いでやっと通ったプランを、やってみてダメだから簡単に変更します、なんてことは許されないでしょう。だからこそ、朝令暮改を認める風土を築く必要があるのです。

そういった意味で、比較的うまくいっているケースというのは、トップが朝令暮改を容認する姿勢を持っている場合です。一方で、既存事業では、これまで築いてきた確実な方法論で粛々と進めていく必要がある。そうなると、新規事業に関しては、ダブルスタンダードでいくしかない。つまり、トップダウンで、違う基準で進めることをあらかじめ宣言しておいて、その方法論を貫くことを徹底して行う必要がある、ということなのです。

当然、新規事業においては、すべての社内ルールを見直す必要が出てきます。例えば、既存事業では前月比何%増の売上達成を目指すとか、四半期の決算見通しを達成するといった従来の物差しで測るルールがあるわけですが、それとは違ったルールをいかに社内に浸透させるかが、大きな課題となります。いくら社長や経営企画のトップのメンバーだけがルールを共有していても、既存事業を担う現場のメンバーが新規事業用のダブルスタンダードに対して理解していなければ、うまく進めることはできません。

それからよくあるのが、新規事業をやりたいと手を挙げる人に対して、現存事業の現場から飛び出すことを許さないという風潮です。近年、効率化に伴い人事管理が厳しさを増しており、一人に課せられる仕事量が増大する中で、確かに、人員を送り出すのは難しいことかもしれません。リーン・スタートアップ推進の総論には賛成だけれど、実際には、それを食い止めようとする現場の抑止力が働くことも少なくないのです。

リーン・スタートアップを進めるには、環境が大事だということですね。

堤圧倒的に環境が重要になります。これまでお話ししてきたように、新規事業には必ず不確実性が伴うわけで、その克服にはトライ&エラーが欠かせません。しかし、多くの企業には、トライ&エラーを許さないという風潮がある。しかも、すぐに、「この前、リーン・スタートアップで始めた新規事業は、今期は黒字になるのか?」などと言って、従来の事業推進の物差しで測ろうとしてしまう。新規事業ではむしろ、アーリーアダプター(早期の顧客)が見つかったのかどうか、想定していたニーズがあったのかどうかといった、別の物差しにしなければならないのです。

新規事業の担い手に求められること

先ほど、新規事業に手を挙げる人を、現場が引き止めようとする動きがある、というお話がありましたが、では、いったい誰が新規事業の担い手になればいいのでしょうか。


通常、大企業の場合は、会社から任命されて新規事業開発の担当になる、といったケースのほうが多いのではないでしょうか。場合によってはテーマを探し出すところから関わる人もいるでしょうし、中にはテーマが決まってから任命される人もいるでしょう。しかし、そこにも問題があります。

新規事業をやるには、やはりパッションが必要なんですね。リーン・スタートアップでは、仮説検証をスピーディーにやって、早く安く失敗して、そこから素早く学ぶことが重要です。ところが、担当する新規事業に対してパッションがないと、どうしてもスピーディーに行動できないものです。

さらに、既存の事業であれば、次にすべきことのレールが敷かれていますが、新規事業の場合は、次に何をすべきかは、失敗して学んだことの中から見出していく必要があります。ところが、どうしても従来の枠組みに馴染んでいると、まずは仕事の全体像を把握して、何をすべきか事前に計画を立てておきたいと思ってしまう。しかしながら、新規事業に最初は全体像などありません。全体像は、やっていくうちにだんだん見えてくるものなのです。

もちろん、すでにでき上がったビジネスを効率よく、効果的に進めていくためには、指揮命令系統の明確さや分業体制が重要になりますが、新規事業においては、そうした従来のやり方が障壁になってしまう。うまく実行するためには、場合によっては、試行錯誤に長けた人を外部から入れる、ということも必要でしょう。あるいは、実際に事業を遂行する人でなくても、「従来の物差しで測っていてはダメですよ」と、進捗管理や進め方について助言してくれるような人を外部から入れるだけでも、かなり違ってくると思います。

飯野
ゼロからの起業の場合、起業家は、最初に売上が立ったとき、たとえそれがわずかであっても、大感激するものなんですね。そこから徐々に、売上目標を上げていって、次は何百万、何千万、1億円を目指そうとなる。ところが、大企業の新規事業では、最初の稟議の段階で、「この事業は100億円規模になるのか?」といった質問が出てくるのが常です。現場は現場で、この規模では稟議は通らないだろうからと、初年度はともかくも、次年度からは100億円規模の目標を立ててしまったりする。そうなるとどうしても、すでにあるベンチャーを買収するといった方法に頼らざるを得ないでしょう。

事業が立ち上がるかどうかわからないという不確実性のリスクをとることなく、すでに立ち上がっている事業を買収するのであれば、買収価額は将来の安定成長を見込んで相応に高い条件で買収することになるし、買収後の経営統合のコストやリスクもとることになる。それでは、いつまでたっても、ベンチャーが成功するときに持ち分の価値が何十倍何百倍に増えるような創業者利益を得ることはできません。

新規事業を手掛ける際には、ぜひ、この100億円ルールを捨てていただき、まずは、「蟻の一穴」を開けることに心血を注いでほしいと思います。


前回、リーン・スタートアップには、ビジネスモデルの探索を行う「顧客発見」「顧客実証」と、探索済みのビジネスモデルを実行する「顧客開拓」「組織構築」という4つのステップがあるとお話ししましたが、大企業の場合は多くが、新規事業を始めようとすると、突然、4つめのステップ、つまり「組織構築」からスタートしてしまったりすることが問題です。

画像: 新規事業の担い手に求められること

しかし重要なのは、最初の2つのステップで、ここをいかにしっかりやるかであり、組織が構築できたかといったリーン・スタートアップで言うところの「虚栄の評価基準」は必要ありません。この段階で大切なのは、「切実なニーズがあるのはこの顧客セグメントだった」といった、事業を進める上での足場固めとなる「学び」をどれだけ積み上げられたかということです。リーン・スタートアップで成功している企業は、新規事業の立ち上げの最初のステップで用いるべき評価基準をしっかりと意識し、真の事業進捗を図っているのです。

事業のスピード感と品質管理の考え方

リーン・スタートアップでは、とにかくスピードが問われることになると思いますが、それぞれのステップでどの程度の時間感覚を持っておくべきなのでしょうか?

飯野
当然、事業によってそれぞれ違いますが、極力短くすることがポイントです。なんとなれば、どれだけ試行錯誤を繰り返したら事業が立ち上がるか分からない中では、与えられた予算と時間の中で試行錯誤できる回数を増やすことが自衛手段になるわけで、そのためには1回の試行錯誤の時間、すなわち構築-計測-学習のフィードバックループを回す時間を短くすることが必須だからです。つまり、学びを得るのに3カ月、MVPを開発して売るのに半年くらいと、3カ月単位程度で動かす必要があります。数年もかけるわけにはいきませんからね。

なるほど、非常に早いサイクルで回さなければなりませんね。その際、とくにブランドが確立された企業であればあるほど問題となるのが、未完成な製品を世に出すことではないでしょうか。


ブランドに傷がつく、と考える企業は多いでしょうね。そのためのアプローチとして、従来ブランドとは別のブランド名で売り出すという方法があります。例えば、アメリカのIntuitという中小企業向けの会計ソフトウェアを販売する最大手企業では、別ブランドとして、Intuit Labsというブランドを立ち上げて、実験段階の製品であることを明確に打ち出すことにより、リーン・スタートアップを可能にしています。Intuitは、スコット・クック社長自らがリーン・スタートアップを強力に推進することで、うまくいっている企業の一つです。ほかにも、Telefónicaというスペインの大手通信事業者も、サブブランドのTelefónica Labを設置して、リーン・スタートアップ方式で事業を展開しています。

確かに、ブランドの確立された大企業ならではの問題点はありますが、一方で、最初のステップをクリアできさえすれば、その後は、開発力にしろ、顧客との接点にしろ、さまざまなリソースを持っている大企業は非常に有利だと思います。そういう意味では、やり方次第ということですね。

飯野
ここで必要なのは、多産多死を良しとする考え方です。多くの新規事業のアイデアは、アーリーアダプターに会えずに終わるものです。しかし、むしろそれはラッキーなことで、お金を使う前にやめることができてよかった、と前向きに捉えるべきなのです。失敗こそが、教訓になるわけですね。そして、生き延びることができた数少ないアイデアにだけ、リソースを集中的に投入して生かせばいい。リーン・スタートアップというのは、一種のスクリーニングのプロセスだということです。

ちなみに、先のGEでは2013年に、エリック・リース氏が直接指導したリーン・スタートアップのコーチ80名が、1000人のGEのエグゼクティブにリーン・スタートアップの原則を広め、100のファスト・ワークスのプロジェクトをスタートさせています。さらに翌年には、5000人のエグゼクティブに広め、数百のファスト・ワークスのプロジェクトを始めたという。まさに、多産多死を前提とした取り組みと言えます。

もちろん、飛行機のエンジンをリーン・スタートアップでやるわけにはいきませんが、GEでは、産業機器やビッグデータ、そして人を結びつけるインダストリアル・インターネットに関して、ファスト・ワークスで多くの成果を上げはじめているところです。

アメリカの企業風土の中だからこそ、リーン・スタートアップに取り組みやすかったということはあるのでしょうか?

飯野
それはないでしょう。前述した通り、GEのかつての企業体質は、人と同じことをやることを良しとしてきたわけですから、それこそ大きな葛藤があったと思いますよ。国にかかわらず、大企業であれば、いずれも同様の問題を抱えていると思います。

例えば、Microsoftが2012年に、企業内SNSサービスを運営するYammerという企業を買収しましたが、そのYammerでリーン・スタートアップを実践し成功に貢献し、現在はMicrosoft全体のリーン・スタートアップ化を手掛けるシンディ・アルパレス氏も、大変苦労していると言っていました。アメリカだから、とか、IT企業だから、ということは関係ありません。トップが切迫した意識を持って、本気で変えるという気持ちでいないと、社内全体を変えるのは難しいし、そこに苦労や摩擦はつきものでしょう。


GEのファスト・ワークスという全社的な枠組みは、ある意味、非常に成功した取り組みだと思いますし、大企業が取り組みやすいやり方だと思います。しかし一方で、大企業におけるリーン・スタートアップの取り組み方には必ずしも正解があるわけではありません。もちろん、トップがコミットすることは絶対ですが、例えば、Microsoft/Yammerの例のように、企業の中に「リーン・スタートアップ特区」のようなものをつくって、その特区内で自社に適した進め方を確立するとともに成功事例を作り、それをじわじわと既存事業部に浸透させていくやり方もあると思います。実際、「特区方式」でうまくいっている日本の大企業もあります。

いずれにせよ、既存事業部の既存製品の中で、リーン・スタートアップに取り組むのは極めて難しいことです。まずは、新たなことを始めるという気概を持って、思い切った改革をしていくことが肝要でしょう。

画像: 事業のスピード感と品質管理の考え方

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)


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