近年、ビジネスの現場で、製造業を中心にIoT(Internet of Things:モノのインターネット)という言葉が浸透しつつある。さまざまなモノがインターネットでつながり、デジタルな世界と現実の世界が結ばれることで、社会や経済のあり方が大きく変わるという。しかし、そのインパクトについては、十分に理解されていないのが現状だろう。パラダイムシフトを起こすとして期待されるIoTが、ビジネスをいかに変え、産業界全体にどのようなインパクトをもたらすのか。また、私たちの暮らしぶりをどのように変えていくのか。今年6月に発足したIVI(Industrial Value Chain Initiative)の発起人であり、IoTの先導役を担う法政大学の西岡靖之教授に、そのインパクトと、日本企業が取り組むべき方向性について話を伺った。

画像: 西岡 靖之(にしおか・やすゆき)氏 法政大学 デザイン工学部 システムデザイン学科 教授 インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(IVI)理事長 1985年、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。国内のソフトウェアベンチャー企業勤務を経て、1996年に東京大学大学院博士課程修了。工学博士。東京理科大学理工学部経営工学科助手、法政大学工学部経営工学科専任講師、同助教授を経て2003年に同教授。2005年、法政大学工学部システムデザイン学科教授。2007年より法政大学デザイン工学部システムデザイン学科教授。 2015年6月に発足したインダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(Industrial Value Chain Initiative: IVI)の発起人であり、理事長を務める。NPO法人ものづくりAPS推進機構副理事長。 著書に『サプライチェーン・マネジメント―企業間連携の理論と実際』(共著、朝倉書店、2004年)など。

西岡 靖之(にしおか・やすゆき)氏
法政大学 デザイン工学部 システムデザイン学科 教授
インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(IVI)理事長
1985年、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。国内のソフトウェアベンチャー企業勤務を経て、1996年に東京大学大学院博士課程修了。工学博士。東京理科大学理工学部経営工学科助手、法政大学工学部経営工学科専任講師、同助教授を経て2003年に同教授。2005年、法政大学工学部システムデザイン学科教授。2007年より法政大学デザイン工学部システムデザイン学科教授。
2015年6月に発足したインダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(Industrial Value Chain Initiative: IVI)の発起人であり、理事長を務める。NPO法人ものづくりAPS推進機構副理事長。
著書に『サプライチェーン・マネジメント―企業間連携の理論と実際』(共著、朝倉書店、2004年)など。

「つながる工場」に向けてIVIが始動

第1回では、急速に浸透しつつあるIoTが私たちの生活や産業界にどのようなインパクトをもたらすのか、またIoTに積極的に取り組むドイツや米国の事例を中心にお話をお伺いしました。

そうした中、日本では西岡教授が発起人となられて、今年6月にIVI(Industrial Value Chain Initiative)が発足しました。IVIを立ち上げられた背景や目的について教えてください。

画像1: 「つながる工場」に向けてIVIが始動

西岡
IVIは、日本機械学会生産システム部門の「つながる工場」分科会が母体となり発足した、産・学を横断するフォーラムです。IoTの活用により自律的な生産活動が行われる「つながる工場(スマートファクトリー)」の実現に向け、組織や企業が枠を越えて連携することを目的としています。2015年9月時点で、日立製作所をはじめとする大企業が40社以上、中小企業も20社以上、参加しています。業種は自動車、電機、精密機械、造船、重機など、多岐にわたります。

このIVIの掲げるコンセプトが、「ゆるやかな標準」です。第1回でもお話ししたように、ドイツは国家戦略として「インダストリー4.0」を掲げており、生産システムの領域を中心にIoTの活用が進んでいます。一方、米国は、インダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)を発足させてIoTの産業実装を強化するとともに、サービスの領域を中心にIoT化が加速しています。しかし、こうした方向性を日本のものづくりに当てはめた場合、必ずしも日本の製造業にとってはメリットにならない場合があります。そこで、日本の強みを活かせる日本独自のリファレンスモデル(参考となるモデル)が必要だと考えたのです。それが、「ゆるやかな標準」という考え方です。

ものづくりにおいて「つながる」ことを実現するためには、当然、システムやデータの連携が不可欠です。そのためには標準化を避けて通ることはできません。しかし、日本は、ドイツが武器とする標準化、とくに国際標準化活動には大きく出遅れています。一方で、標準化に際して技術や知恵をオープンにすれば、日本のものづくりの強みそのものが失われてしまう可能性がある。そこで、日本独自のものづくりを「ゆるやかな標準」により取りまとめてリファレンスモデルとして共有することにより、日本の強みを守っていきたいと考えているのです。

具体的には、実際の工場の現場で働く人たちが、自分たちの業務についてオープンにできる部分を持ち寄り、共通の部分を切り出し、標準化します。特に、「つながる工場」のための「データ形式」の共通部分を持ち合い、「設備間」、「工程間」、「工場間」、「利用者間」という4つのレイヤーごとにつながった場合のメリットを追求していきます(図参照)。そして、参加している企業がそれぞれメリットを持ち帰り、社内の仕組みの中に取り入れて、実装してもらえたらと考えているのです。また、そこで得られた成功事例を共有することで、リファレンスモデルを強化していきたい。現場を起点とするボトムアップ型のものづくりを、ある種のレシピとして共有して、IoTのプラットフォーム上で活用できる仕組みを構築できればと考えています。

画像2: 「つながる工場」に向けてIVIが始動

すでに具体的な動きが出てきているのですか?

西岡
はい、19のワーキンググループが立ち上がり、9月から本格的な活動をスタートさせたところです。例えば、「遠隔地の工場の操業監視と管理」や「設備ライフサイクルマネジメント」、「現物データによる生産ラインの動的管理」といった、現実に則したテーマが並んでいます。まずはシナリオを作り、同時並行的に実際のプロジェクトで実証しながら、半年くらいかけて、業務の流れや情報の扱い方などを取りまとめて、リファレンスモデルを構築していく予定です。

日本発のものづくりということですが、海外にも参加を呼びかけていくのですね?

西岡
ええ、たまたま日本の企業の多くが、ボトムアップ型のものづくりが得意というだけで、欧米の企業であっても、必要があればつながればいいと思っています。これまで、ボトムアップの活動というのは、一社の中に閉じたものがほとんどだったので、IoTにより企業間が連携することで、大きな変革がもたらされると期待しています。じつは、海外からの関心も高く、多くの問い合わせが来ているところです。

IVIはコンソーシアムとは違うのですか?

西岡
コンソーシアムの場合、一般的に、参加している企業に対しては情報をシェアしても、それ以外の企業に対してはクローズドなコミュニティであることが多い。IVIはフォーラムとして、より開かれた形をとっています。もちろん、会員とそれ以外の企業では、オープンにする情報に差はありますが、会員以外にも広く情報を提供していきたいと考えています。とくに、大企業のノウハウを積極的にオープンにして、中堅・中小企業で活用できるようなプラットフォームを用意することで、日本全体の生産現場の底上げができればと考えています。

人を巻き込んだIoTが、日本の生産現場の強みになる

IoTが普及していくと、日本の生産現場はどのように変化していくと思われますか?

画像: 人を巻き込んだIoTが、日本の生産現場の強みになる

西岡
一つの切り口が自動化です。いわゆるオートメーション化ですね。ドイツはファクトリー・オートメーション化を進めようとしていますが、その実現にはそれなりにコストがかかります。しかし実際には、人のスキルを活用したほうがはるかに安く実現できることがかなりある。すべてをオートメーション化するというのは、現実的ではないと思います。

一方で、情報を集めるところ、つまりどこで何が起こっていて、現状どうなっているのかを把握するために、センサーによって情報を収集する部分は、今後、大いに普及していくと思います。

集められた情報は、いわゆるビッグデータであり、分析・評価すれば、パターン化することが可能になるでしょう。そして、こういう状況のときはアラームを出すといったルールを作ることができるようになります。そこで初めて、人がその確認のために動く、という世界がやってくる。遠隔地や海外の工場、さらには納品先の目の届かないような場であったとしても、センサーのデータを通じて、さまざまなことが"見える"ようになります。そして実際に不具合などがあった際には、現場に指示を出して、対応できるようになるでしょう。つまり、我々がめざすのは、オートメーション化による無人化ではなく、人を巻き込むことで生産現場をより知的にする、というイメージです。

IoTやAI(人工知能)の活用が進展すると、現在あるさまざまな仕事が、機械に取って替わられると言われていますが、その中で人の役割はどう変わっていくのでしょうか?

西岡
そもそも、熟練工の仕事が機械に取って替わられるなどということは、どれだけAIが進んだとしてもあり得ないことだと思います。ただ、熟練工の仕事の中にも、ルーチンかつ機械に置き換えられる部分はあると思うんですね。熟練工の一挙手一投足をすべてセンサーによってモニタリングできれば、まったくその通りにはできなかったとしても、他の人や機械でも、真似をすることで7~8割の精度が出せるかもしれません。

とくに日本のものづくりにおいて重要なのは、「人」ですからね。むしろ、後進の育成や技術の伝承、モチベーションのマネジメントといった部分に、熟練工、ベテラン社員はより力を注いでいくことが大切でしょう。人が行わなければならない部分をきちんと見極めることによって、IoTがものづくり全体の底上げに貢献できればと考えています。

IoTやAIが進展すると、熟練工の仕事だけでなく、そのほかの仕事にも影響が出るのでしょうか。なくなる仕事などもあるとお考えですか?

西岡
IoTやAIの普及により、ホワイトカラーの仕事までなくなるという話がありますが、実際になくなるとは思いません。インターネットが広がって、紙の印刷物がなくなると言われたこともありました。確かに、新聞の発行部数は減りましたが、完全になくなったわけではありませんよね。同様に、バランスの比重は変わっても、その職業そのものがなくなるということは、なかなか起こり得ないと思います。

そもそも、ITの世界というのは、その場面だけ見ると、まるで人がいないように思えるかもしれませんが、そのプログラムをつくったり、バグを直したり、新しい要求に応じてモデルチェンジをしたりするのは、すべて人の力です。ファクトリー・オートメーションも同じで、工場だけ見れば無人に思えるかもしれませんが、その裏では無数の人が働いている。IoTを普及させようとしたら、逆にもっと人が必要になるように思います。もっとも、その内容は変わります。単純作業は減って、クリエイティブで、頭を使う仕事が増えていく。あたりまえですよね。社会の要求はどんどん増えているわけですから。そこに人が必要とされるのは当然だと思います。

戦略的にIoT活用を推し進めなければならない理由

IoTをうまく活用して成功している日本企業の例があれば、教えてください。

西岡
何をもって成功とするかによるのですが、例えば、メンテナンスにIoTを活用して成功している事例などは複数あります。一方、IoTは企業の利益構造や事業構造を変えてしまうようなインパクトを持ち、IoT活用の巧拙が企業の競争力を左右するという意識を持っている企業はごくわずかではないでしょうか。そのような意識のもと、IoT活用に戦略的に取り組み、その戦略を実践する上で不可欠な、標準化や共通部分のプラットフォーム化などに具体的に取り組もうとしている日本企業の例は、まだ挙げられる段階にありません。

今ある自社の特定の事業に付随するものとして、「戦術」レベルでIoTをとらえるのか、自社の生き残りをかけた「戦略」としてIoT活用に取り組み、標準なり、プラットフォームなりを積極的に取りに行こうとしているのかでは、大きく違います。

これまで、携帯電話にしろ、スマートフォンやウェアラブルにしろ、日本の企業もいち早く取り組んでいたはずです。ところが結局、いつの間にか欧米企業に追い越されて、撤退を余儀なくされてきたという苦い経験があります。つまり、単に取り組んでいる/取り組んでいない、という問題ではなく、会社の経営や意思決定のしくみも含めて、本気で変わろうとしているのかどうか、ということだと思います。そういう意味では、成功例はまだないと言わざるを得ないのですが、楽観的な言い方をすれば、10年後の成功に向けて、まさにいま仕込み中の段階といったところでしょうか。

戦略的に取り組むためには、経営者やマネジメント層の意識を改革する必要があるかもしれませんね。

西岡
そう思いますが、大企業が現状の組織やしくみを維持したままで取り組めるかというと、そこには課題があるのではないでしょうか。とくに重要なのが、リスクを取る姿勢です。米国がいい例ですが、やはり新しい仕掛けをしてきたのは、失敗を恐れないベンチャー企業ですよね。

もちろん、日本でも、オープンイノベーションにしろ、IoTにしろ、それなりに取り組んでいる企業はあると思いますが、小手先の取り組みをしているにすぎないのか、経営層がしっかりコミットして、自社の将来を左右するものとして本気で取り組んでいるかどうかというのは、下で働く人たちも肌で感じるものです。その違いは大きいでしょう。

いずれにせよ、現状の延長線上に未来はなく日本の企業は危機的な状況にあるという意識を持つ必要があります。今はあまり実感できないかもしれませんが、あと数年もすればIoT活用に戦略的に取り組んできた企業とそうでない企業の差が如実に出てくると思います。

最後に日本企業に向けた助言をお聞かせください。

西岡
前例を意識することなく、新しいブルーオーシャンに向かって、知恵と勇気と度胸を携えて、とにかく実践することだと思います。「いいな」と思ったら、躊躇せずに取り組む姿勢が大切でしょう。とくに、IoTに関しては、ベンチャー企業から新しいものが生まれてくることが多い。そういう意味では、買収に対しても積極的に取り組むべきだと思います。後になって、あのベンチャーを買収しておけばよかったなんてことがないように、目利きになる必要はあるでしょうね。

また、大企業からなかなか面白い研究やビジネスのしくみが生まれないのは、新しいことに挑戦することへの抑止力が働いているせいではないでしょうか。むしろ、少し外れたような取り組みに対しても、面白いと思えば思い切って取り組んでみる勇気が必要だと思います。オープン化にしても、自分の企業の慣れ親しんだ環境から一歩踏み出す勇気が大事です。IVIがその一助になればと思っています。

画像: 戦略的にIoT活用を推し進めなければならない理由

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)


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