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株式会社日本総合研究所 創発戦略センター エクスパート 村上 芽氏
各界で第一人者と呼ばれる人はどんな本を読み、読書体験から何を学んできたのか。サステナビリティや子どもの参加論の専門家で、日本総合研究所 創発戦略センター エクスパートの村上芽(むらかみ・めぐむ)氏にお話を伺いました。

すぐに効果が出なくても諦めてはならない

気象庁、WMO(世界気象機関)、そしてNASAが、2023年の夏は「観測史上最も暑い夏」と結論づけている。2023年は地球と人類のサステナビリティの危機を感じさせた1年だった。

「ついに多くの人が我が事としてとらえ、『放っておくとまずい』と感じたと思います」と村上芽氏は言う。

村上氏は1997年に京都議定書が採択された COP3 に学生ボランティアとして関わり、新卒で就職した金融機関では環境系のプロジェクトに取り組んだ。現在は日本総合研究所の研究員として、ESGやSDGs、環境と金融についての調査・研究を進めている。

「2005年には京都議定書が発効し、盛り上がっていたところ、リーマン・ショック後に一気にしぼんでしまった。ところがコロナ禍では逆に、先が見えないゆえか、SDGsのようなものにヒントを求める動きがありました。それがこの20年くらいの間の大きな変化です」

村上氏は『図解SDGs入門』(日経BP/日本経済新聞出版本部)、『SDGs入門』(渡辺珠子氏との共著、日経文庫)など一般向けの書籍も執筆してきた。

画像: すぐに効果が出なくても諦めてはならない

「『図解SDGs入門』は、20代の若い編集者とかなり議論しながら執筆しました。身近な疑問をSDGsへ結びつける試みでもあったのですが、SDGsの様々な領域の中でも、編集者のダイバーシティへの関心が非常に高いことに驚きました。企業の経営者やサステナビリティ担当部門ももちろん関心をお持ちですが、それでもギャップがあると感じました」

その村上氏が「辞書代わり」として挙げるのは『小さな地球の大きな世界:プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発』(J・ロックストローム、M・クルム、丸善出版)だ。

著者の一人、ロックストロームは、プラネタリー・バウンダリーに関する研究を主導し、SDGs誕生に大きな影響を及ぼしたスウェーデンの学者だ。

画像: J.ロックストローム、M.クルム著/谷淳也、森秀行ほか訳『小さな地球の大きな世界:プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発』(丸善出版) プラネタリー・バウンダリー研究を主導してきた著者らが、SDGsの基礎となった環境に関する概念を様々な事例や社会現象と紐づけ、データや写真とともに丁寧に説明している。  www.maruzen-publishing.co.jp
J.ロックストローム、M.クルム著/谷淳也、森秀行ほか訳『小さな地球の大きな世界:プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発』(丸善出版)
プラネタリー・バウンダリー研究を主導してきた著者らが、SDGsの基礎となった環境に関する概念を様々な事例や社会現象と紐づけ、データや写真とともに丁寧に説明している。
www.maruzen-publishing.co.jp

「衝撃的なことも書かれており恐怖も感じますが、一方で、サステナビリティへはときには我慢しながら長期的に取り組むことが必要で、すぐに成果が出ないことも多いけれど、諦めてはならないという気持ちにさせられます。社会活動には、将来世代である子どもももっと参加した方がいい、子どもの権利を考えることが未来につながるといったことも、この本や、グレタ・トゥーンベリさんの活躍を通して、強く感じるようになりました」

未来のイノベーターはどう育つのか:子供の可能性を伸ばすもの・つぶすもの』(トニー・ワグナー、英治出版)には、育児休業から仕事に本格的に復帰するタイミングで出合った。

画像: トニー・ワグナー著/藤原朝子訳『未来のイノベーターはどう育つのか:子供の可能性を伸ばすもの・つぶすもの』(英治出版) イノベーターたちやその教育者・親たちを取材し、イノベーターは何に影響を受け、どんな方針で育てられたのかをまとめた書。イノベーションを生みたい企業への示唆にも富む。 eijipress.co.jp
トニー・ワグナー著/藤原朝子訳『未来のイノベーターはどう育つのか:子供の可能性を伸ばすもの・つぶすもの』(英治出版)
イノベーターたちやその教育者・親たちを取材し、イノベーターは何に影響を受け、どんな方針で育てられたのかをまとめた書。イノベーションを生みたい企業への示唆にも富む。
eijipress.co.jp

当時の心境として「落ち着いて仕事に向き合うためにも、子どもには機嫌よく学校や保育園に行ってほしいという気持ち」があったという。「一方で、これでいいのかという迷いもありました。そうしたときに書店でたまたま見かけたのがこの本でした。書いてあるのは、子どもの話をよく聞き、好きなことをとことんやらせましょうということ。面白い大学の事例などもあり、既存のルールにしばられるのでなく、物差しを変えた方がいいと気が付きました」

長期的な視点は、子育てを含む人財育成にも、サステナビリティへの取り組みにも欠かせない。

子どもの権利とビジネスは本当に無関係か

京都議定書の採択から25年以上が経った今、環境問題を解決しなくてもいいと考えるビジネスパーソンはもういないだろう。一方で、村上氏のもう一つの専門分野である子どもの参加や子どもの権利への関心は、環境問題に対するそれに遥かに及ばない。

「しかし、少子化を問題だと感じている方は多いはずです。そこで英・独・仏といった人口規模が近い先進国と比較してわかったのですが、少なくとも英語では少子化対策という言葉がありません。政策を見ても、子育てのための施策はあっても、やはり少子化対策は存在しません。これらの国も日本と同様に出生率は低下傾向にあるものの、子どもの数自体は1975年頃から横ばいで、日本だけが6割減です。理由の1つとして、これらの国では移民が子どもを産んでいる。新たに暮らし始めた人が将来に希望を持ち、子どもへの支援も得られるから安心して子どもを産めるのです」

子どもの権利については、環境問題同様にスウェーデンが先進国だ。同国には子どもの虐待防止に積極的に取り組んだアストリッド・リンドグレーンがいる。『長くつ下のピッピ』『やかまし村の子どもたち』などの児童書で知られる作家だ。

そのリンドグレーンが作家デビューをする前の第二次世界大戦中に書き溜めていた日記が本になっている。『リンドグレーンの戦争日記 1939-1945』(岩波書店)だ。

画像: アストリッド・リンドグレーン著/石井登志子訳『リンドグレーンの戦争日記 1939-1945』(岩波書店) 『長くつ下のピッピ』で知られる著者が日記に遺した、北欧から見た第二次世界大戦の記録。2人の子どもとの日々の暮らしと戦争が縦糸と横糸となって一冊を織り上げている。 www.iwanami.co.jp
アストリッド・リンドグレーン著/石井登志子訳『リンドグレーンの戦争日記 1939-1945』(岩波書店)
『長くつ下のピッピ』で知られる著者が日記に遺した、北欧から見た第二次世界大戦の記録。2人の子どもとの日々の暮らしと戦争が縦糸と横糸となって一冊を織り上げている。
www.iwanami.co.jp

「戦時中に仕事をしながら子育てをしていた彼女が、日々、新聞を読んで感じたことを綴っています。ヨーロッパ戦線の状況に加え、北欧に暮らしながら遠い日本で起きたことについても記すなど、関心の幅が広く、視点も豊かです」

捨てていいことは捨ててサステナブルであり続ける

自らがサステナブルであり、サステナブルな社会の維持・発展に貢献するためにも、日本企業はどのように変わるべきなのか。

「時間軸を長く持ち、長期的な取り組みやそれに取り組む人を評価するようになってほしいと思っています」

同じくESG投資に関する仕事に取り組む同僚と『サステナビリティ人材育成の教科書』(中央経済社)を執筆したのも、そうした思いがあったからだという。共著者と開発した企業向けのワークショップでは、参加者に性別や役職、勤務地といった垣根を設けない。

「すると、だれもがそれぞれの立場で仕事のことを考えていて、視野も多彩であることがわかります。経営者の方にとっては、まずそれが驚きのようです」

捨てる勇気も必要だ。サステナブルというのは、「=変わらないこと」ではない。

「日本企業は『変化を恐れる』と批判されます。一方で、100年以上続いている企業も多くあり、こうした企業は称賛されます」

老舗企業はなぜ持続しているのか。村上氏は言う。

「多くの老舗企業は、変わり続けることで持続してきました。続けることを目的としてきたわけではなく、何によって世の中の役に立つかを考えてそこを突き詰め、一方で捨てていいことは捨ててきた結果として、長く続いてきたのでしょう。やめるのは簡単なことではありませんが、今の社会に不要になったものを閉じていける企業が、サステナブルな先進企業になっていくのではないかと感じています」

(取材・文=片瀬京子、写真=佐藤祐介)

画像1: 長期的な視点を育み、サステナブルな社会をつくる

村上芽(むらかみ・めぐむ)

株式会社日本総合研究所 創発戦略センター エクスパート。京都大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)を経て2003年に株式会社日本総合研究所入社。2010年より創発戦略センター所属。2回の育児休業を挟む。企業のESG(環境・社会・ガバナンス)調査やSDGs、子どもの参加論などが専門。
著書に『少子化する世界』(日経プレミアシリーズ、2019年)、『SDGs入門』(渡辺珠子氏との共著、日経文庫)、『図解SDGs入門』(日経BP/日本経済新聞出版本部、2021年)、『サステナビリティ人材育成の教科書』(加藤彰氏、渡辺珠子氏との共著、中央経済社)など。

画像2: 長期的な視点を育み、サステナブルな社会をつくる

著書
『図解SDGs入門』(日経BP/日本経済新聞出版本部)

「日本がESG・SDGsでパッとしない理由」「自然からの補助金をもらっている」など、わかりやすい切り口と豊富な図表から、持続可能な経済社会をつくるためのヒントを探る。

画像3: 長期的な視点を育み、サステナブルな社会をつくる

著書(共著)
『SDGs入門』(渡辺珠子氏との共著、日経文庫)

SDGsとは何か、SDGs前史、ESGとの違い、企業がどう取り組むべきかなど、基礎から実践までを手ほどき。SDGsやサステナビリティに関心のある人にとっての格好の入門書。

画像4: 長期的な視点を育み、サステナブルな社会をつくる

著書(共著)
『サステナビリティ人材育成の教科書』(加藤彰氏、渡辺珠子氏との共著、中央経済社)

サステナビリティ人材の定義に始まり、育成プログラムの設計方法、社内での研修やワークショップの進め方までが丁寧に解説されている。リンク集や文献紹介も役立つ。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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