経営学者・楠木建氏と日立製作所・矢野和男による対談の第2回。センサ技術と人工知能を駆使して「ハピネス度」の計測に成功した矢野は、スマートフォン用アプリケーション「Happiness Planet」を開発した。それは、組織同士が競いあってハピネス度を向上させるという画期的な仕掛けだ。実証実験と公開イベントを通じて見えてきたHappiness Planetの可能性とは。そして、楠木氏が最もハピネスを感じる意外な作業とは。

『第1回:「ハピネス」は、体の動きで測れる』はこちら>

チーム対抗「ハピネス運動会」

矢野
第1回では、人工知能を活用して人間の「ハピネス」を向上させていくという、これまでのわたしの研究について紹介させていただきました。第2回では、その研究結果をもとに開発した、働き方改革のためのアプリケーションについて紹介させてください。

従来の働き方改革というと、従業員は一人ひとり、仕事の状況や強みが違うにもかかわらず、適用される施策は従業員全員一律、しかも効果が定量化できないという課題がありました。それに対して我々は「現場の成長」を改革の目的に据え、<従業員が自律的な意思で実行できる><一人ひとり異なることにチャレンジできる><効果検証を定量的に毎日小さく行う>というアプリケーションのコンセプトを立てました。

アプリケーションの開発に先立ち、コンセプトの有効性を確認するため、日立の研究開発グループ内の11チームを対象に「ハピネス運動会」と称した実証実験を行いました。実施期間は3週間で、1週目は通常どおり業務を行ってもらい、2週目・3週目に1件ずつ各チームに「働き方チャレンジ」といって組織を活性化するためのアクションを設定・実行してもらいました。期間中、名札型のセンサで参加者のハピネス度を計測し、1週目からの変化量が一番大きいチームが優勝するというルールです。

画像: 「ハピネス運動会」で使用された、オレンジ色の名札型センサ

「ハピネス運動会」で使用された、オレンジ色の名札型センサ

なぜこういうしくみにしたかというと、例えば陸上のスプリント競技のようにアウトカム(成果指標)が数字として表れるスポーツの場合、記録を更新するために世界中のアスリートがルールの範囲内でいろいろな工夫を試みるわけです。この「数字」に当たるものを職場における「ハピネス度」に置き換えたら、スプリント競技と同じ原理でみんながいろいろな工夫をすることで、ハピネス度を無限に上げていけるんじゃないかという仮説を立てたからです。

楠木
なるほど、スプリント競技って極めてアウトカム志向な活動ですからね。ここで計測されるハピネス度というのは、第1回でお話しされた、体の動きの多様性のことですか。

矢野
そうです。客観的に測れますからね。

楠木
しかもシンプルに測れる。大発見たる所以(ゆえん)です。ちなみにハピネス運動会で優秀だったチームって、どんなアクションで組織を活性化させたんですか。

矢野
優勝チームがとったアクションは、「毎日10分程度、軽い運動をする」。2位は「好きな時間に自席以外の場所で作業する」。3位のチームは、毎朝出勤したときに、挨拶に加えて「同僚とハイタッチする」でした。

これらのアクションは各チームが自分たちで考えたものです。実施後に参加者に話を聞いたところ、ほとんどのチームから「楽しく主体的にチャレンジできた」という反応が返ってきましたので、コンセプトは有効だという手応えを得ました。

62組織・117チームが競いあった「Happiness Planet」

矢野
実証実験の結果を踏まえて、スマートフォン用のアプリケーション「Happiness Planet」を開発しました。

画像: Happiness Planetの画面例

Happiness Planetの画面例

アプリはゲーム仕立てで、チームは新しい惑星を開拓するために降り立った宇宙船の乗組員という設定です。使い方としてはまず、毎朝「今日の働き方チャレンジ」として「会議を時間どおりに開始する」「特定の時刻までに退社する」「最近話していない人をランチに誘う」などの選択肢から、その日の業務に応じたチャレンジを決定します。次に、午後の3時間スマートフォンをポケットに入れて行動することにより、加速度センサで体の動きを計測する。それから、1日3回ランダムな時刻に届く「今何してる?」という質問に回答する。これは、業務ごとの時間比率を調査するためです。そして夜に、今日の働き方チャレンジを実行できたかどうか入力します。

今年の2月、2週間にわたってこのアプリの公開実験を行いました。展示会やニュースリリースを通じて62の組織から1,475名・117チームにご参加いただき、職場対抗のハピネス競争をするというイベントです。社内で行ったハピネス運動会と同様に、各チームをハピネス度でランキングしました。

楠木
いずれその中から「ハピネス界のボルト」みたいな、人並外れてハピネス度が高い人が出てくるかもしれない。

矢野
そういう人が出てきたらすごいことですよね。ただ、ハピネスってやっぱり人と人との関係にも影響されるので、今のところ10名前後のチーム対抗戦で行っています。

楠木建氏が大好きな、だれもが嫌がる“あの作業”

楠木
僕が思うに、「好き」と「嫌い」って個人によってだいぶ違いますね。同じ仕事でも、きつさ、楽しさっていうのは各人の認知の問題だと思うんです。

例えば僕の場合、何よりも好きな活動はゲラ(出版前の書籍の試し刷り見本)の修正なんですよ。

矢野
えーっ! そうなんですか。

画像: 楠木建氏が大好きな、だれもが嫌がる“あの作業”

楠木
多くの人にとっては、この作業はアンハッピーのようですけど。僕はとにかく文章を書くのがものすごく好きなのと、文章をより自分のスタイル、好みに合わせて練り上げていくっていう行為に、もう最大の喜びを感じてまして。おそらく、無人島に行くときに何を持っていくかといったら、自分が書いた本のゲラだと思います。いつまでも直していられる。

そういうときに矢野さんの開発なさったHappiness Planetで僕を測ったら、おそらくハッピーな状態にあると思うんです。でも逆に、「ゲラだけでは勘弁してくれ」と感じる人もいるわけですよね。Happiness Planetの活用が進めば、そういった個人個人の好き嫌いの違いも明確になりそうですね。

矢野
我々がこれまでいろいろな職場を対象にハピネス度の測定をしてわかってきたのは、ハピネスと相関する要因って、人によっても職場によっても、さらには仕事のフェーズによっても全然違ってくるということです。今おっしゃったゲラ修正のように具体的な作業レベルで見ると、極めて千差万別。だからこそ、データによってそれを見出していくことに意味があると思うんですよね。

画像1: 対談 「好き嫌い」とハピネス
【第2回】「ハピネス」は、競いあわせて伸ばす

楠木 建
1964年、東京都生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。著書に『「好き嫌い」と才能』、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』、『「好き嫌い」と経営』、『戦略読書日記』、『経営センスの論理』、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』など。

画像2: 対談 「好き嫌い」とハピネス
【第2回】「ハピネス」は、競いあわせて伸ばす

矢野 和男
1959年、山形県生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学大学院連携教授。文部科学省情報科学技術委員。

『第3回:「好き」が生産性を上げる』はこちら>

関連リンク

矢野が紹介したスマートフォン用アプリケーション「Happiness Planet」

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