今、日本経済を賑わせているホットワード「働き方改革」。長時間労働の削減ばかりに目が行きがちだが、それはあくまで手段であり、改革の本質とは言えない。『「好き嫌い」と才能』『好きなようにしてください』などの著書で知られる経営学者・楠木建氏は、個人が自分の「好き」にしたがう働き方こそ高い生産性をもたらすと説く。一方、2014年に『データの見えざる手』を著した日立製作所の矢野和男は、働き方改革の目的のひとつである「ハピネス度」の向上をめざし、人工知能を活用したヒューマンビッグデータ研究を進めている。幸せな働き方を実現するために、必要なことは何か。暑い日差しが照りつける7月下旬、東京・国分寺にある日立製作所中央研究所で対談を行った。

1種類のデータを取り続けて見えてきたこと

楠木
本日はよろしくお願いします。僕の専門は経営学の中の競争戦略という分野でして、競争の中で、ある企業がなぜ儲けているか、また、ある企業がなぜ儲からないのかを説明する論理を考えるという、至って世俗的なことを研究しています。とにかく、なぜ利益が生まれるのかということに強い関心を持っています。

矢野
わたしの仕事と通じるところがありますね。わたしは世の中をハッピーにする、さらに労働生産性を高めることをめざして、人工知能を活用した技術を開発しています。それを世の中に広く持続的に提供するためには、同時に利益も生み出さなきゃいけない。それを日々考え、行動しています。

楠木
素晴らしいですね。儲けを生み出す本質的なロジックにはいくつかありますが、そのひとつはあっさり言えば「人が知らないことを知っている」。矢野さんが開発なさっている技術は、おそらくこのロジックで儲けに結びつくものだと思います。具体的にはどんな技術なのでしょうか?

矢野
まず、この図をご覧ください。

画像: 身体運動の計測結果(4人分)

身体運動の計測結果(4人分)

わたしは10年以上前から人間に関するデータをたくさん取ってきまして、この図は4人の被験者の体の動きを、リストバンド型のウェアラブルセンサで計測した結果です。図の赤いところが活発に動いている時間帯で、青いところが止まっている時間帯です。

定規を当てたように色が真っ直ぐに分かれている人は、平日毎朝同じ時間に起きて規則正しい生活を送っていると言えます。ときどき青い部分が長くなっているのは、休日に寝だめをしているからでしょう。逆に、毎日不規則な生活を送っている人もいますね。もっと細かく見ていくと、この人はおそらく毎朝このタイミングで電車を乗り換えているんだな、ということまで見えてきます。

楠木
そういうこともわかるんですね。

矢野
取得しているデータ自体はごみのような情報かもしれません。でも、それを集めてパターンを見ていくと、元のデータとは全然違うレベルの意味を持つようになるんです。

楠木
何カ所もセンサを取り付けて「あれも取ろう」「これも取ろう」ではなくて、こうした腕の動きひとつだけでも、データを取得し続けることで意味を持つと。着目点とシンプルさが素晴らしいですね。

体の動きとハピネスの意外な関係

矢野
あるとき会社も業務も異なる10組織の従業員に対して行ったウエアラブルセンサの計測結果と、幸福感つまり「ハピネス」に関するアンケート調査の結果を突き合わせてみたところ、従業員の実感と非常に相関の高い、体の動きの特徴を見つけました。

画像: 株式会社日立製作所 矢野和男

株式会社日立製作所 矢野和男

人間って一見ただ座っているように見える状態でも、実は微妙に動いたり止まったりしています。自分で「ハッピーだ」と感じている人は、一度動き出してから止まるまでの時間が短かったり長かったりとバラつきがある。ところが「アンハッピーだ」と感じている人って、それが一定なんです。

楠木
つまり、無意識な身体運動の多様性と、被験者本人が認知しているハピネスとが相関していると。面白いですね。矢野さんは初めから、その2つが相関するはずだという仮説をお持ちだったんですか?

矢野
いや、いろいろと試行錯誤した末にそこまでたどり着きました。ただ、うつ病にかかっている方とそうでない方とで身体運動に違いが表れるなど、いくつかの先行研究からヒントは得ました。また、我々がいろいろな職場を対象に行った調査で、休み時間に同僚との雑談が弾むと生産性が上がるという結果も出ていたので、体の動きとの相関がありそうだなという狙いはつけていました。

人工知能が見つけ出した、新しいブランコの漕ぎ方

矢野
次に我々は、人工知能を使ったらもっと高精度にハピネスを測れるはずだと考えました。この動画は、人工知能ロボットにブランコの漕ぎ方を学習させるという実験です。

画像: Executive Foresight Online www.facebook.com
Executive Foresight Onlineさんの投稿 2016年2月25日木曜日

Executive Foresight Online

www.facebook.com

ロボットには「振れ幅が大きいほど良い」という「アウトカム(成果指標)」を与えています。そこに向かってひたすらブランコを漕ぎ続け、より良い漕ぎ方を学んでいくんです。

楠木
泣き言も言わずに。

矢野
まさにそうですね。3分も経つとだんだんコツをつかみ始みて、人間と同じように膝を曲げ伸ばしする漕ぎ方を見つけるのですが、大事なのはそこでやめないことです。人間だと、だんだん失敗するのが怖くなってやめてしまう。ところがこのロボットの場合、そこからさらに1分ほど漕ぎ続けた結果、振れ幅がもっと大きくなっていきます。

楠木
本当だ。おお、ガンガン行きますね。

画像: 経営学者 楠木建氏

経営学者 楠木建氏

矢野
最終的にこのロボットは、1周期の中で2回膝を曲げ伸ばしするという技を見出しました。つまり、ブランコが前方に揺れるときだけでなく、後方に揺れるタイミングでも膝を曲げ伸ばしする。我々人間なら恐怖心が先立ってしまい、思いついたとしても到底できない漕ぎ方ですよね。

楠木
なるほど。この例は、人間にない人工知能ならではの力を如実に示していますね。

人工知能は人間の代替物ではない

矢野
3年前にプロ棋士に勝って話題になった人工知能「AlphaGo(アルファ碁)」でも、これと同じような現象が起きました。通常、上級者は碁盤の縁から打って攻めるそうですが、AlphaGoは序盤から真ん中に打っていった。定石に反する手を、学習で編み出したわけです。要するに人類は、基盤の縁から打つとうまく行くということを過去に一度確認できたことで、それ以上の実験をやめちゃったわけです。

我々は先ほどのロボットを使って、ブランコの次に鉄棒で逆上がりの実験をしました。そうすると、また愚直に実験と学習を繰り返して、どんどん上手になる。「ブランコなら得意だったのに」なんて泣き言も言わないし、一度いい結果が出てもそこでやめようとしない。

楠木
そこが人間には難しいところですよね。

今のお話からも明らかなのは、人工知能というと「いかに人間に近づけるか」みたいな話になりがちです。ところが本質はそうではない。そもそも人間と全然違うからこそ、人工知能の意味があるわけですね。

矢野
そのとおりです。人間が制約を設けてしまっていることに対して、その殻を破る要素を人工知能はいっぱい持っているんです。

わたしは、人工知能の活用で一番重要なのはアウトカム(成果指標)だと考えています。

これまでは人間が仮説を作り、機械に実装し自動化してきました。でも、人工知能が格段に進歩した今、実験と学習を得意とする人工知能のほうが、経験と勘に頼ってきた我々人間よりも正しく実験を推進できます。人間がアウトカムを設定し、そこに向かって人工知能を使って人が的確に実験と学習を繰り返していくことで、よりよい状況に近づいていく。

楠木
それが、本来の人工知能の使い方だと思います。

画像1: 対談 「好き嫌い」とハピネス
【第1回】「ハピネス」は、体の動きで測れる

楠木 建
1964年、東京都生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。著書に『「好き嫌い」と才能』、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』、『「好き嫌い」と経営』、『戦略読書日記』、『経営センスの論理』、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』など。

画像2: 対談 「好き嫌い」とハピネス
【第1回】「ハピネス」は、体の動きで測れる

矢野 和男
1959年、山形県生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学大学院連携教授。文部科学省情報科学技術委員。

『第2回:「ハピネス」は、競いあわせて伸ばす』はこちら>

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