IoT、ビッグデータ、人工知能(AI)といった先端技術が、さまざまな分野で世界のあり方を大きく変えようとしている。可視化された膨大なデータから新たな気づきを得られるようになった今、そこにさまざまなアイデアを加え、イノベーションを起こしていくことが求められているのである。アイデアを紡ぎ、未来を描くためには、人々の多様な想いを価値化していくデザインが大切だ。デジタルとデザインのかけ算がなぜ必要なのか、具体的な事例を通して紹介する。

日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット Senior Technology Evangelist
渡邉 友範

なぜデジタル×デザインが必要なのか?

IoTやビッグデータ、人工知能といった革新的なデジタル技術の進化により、あらゆるビジネスや社会が大きな変革の兆しを見せ始めています。グローバルに進展するデジタルシフトの潮流は、もはや止めようがありません。

ただし、デジタル技術の進化だけでは世の中にインパクトを与えるイノベーションは起こせません。膨大なデータを集めて分析すれば、何かしらの結果は見えてきます。しかし、同じデータを同じ手法で分析した結果に大きな違いはありません。そのデータや結果が示唆する意味を考え、今までにないアイデアを加えることで、初めて新たな価値が生まれ、イノベーションが起こせます。

そこで重要な役割を果たすのが「デザイン」です。なぜ、デジタルにデザインが関係あるのか。まずはそこからお話ししたいと思います。

常識を覆すために必要な「デザイン」のチカラ

今から約20年前の1996年。この年に日立の冷蔵庫「野菜中心蔵(やさいちゅうしんぐら)」がヒットしました。

実はそれまでの冷蔵庫は、上から室温が低い順に配置するのが技術的にもベストとされており、一番上がフリーザー、真ん中が冷蔵室、一番下が野菜室というレイアウトで固定化されていました。しかし、「野菜中心蔵」はその常識を問い直し、業界で初めて野菜室を中心に配置する大胆な設計変更でヒット商品になったのです。

本製品の開発に先立ち、開発チームはモニターのご家庭にご協力をお願いし、台所にビデオカメラを設置して冷蔵庫の使用状況調査を実施。アンケートでは「野菜室はこれまで通り下段でいい」という奥様が半数でしたが、映像から、野菜室が下にあるため、毎日腰をかがめてキャベツなどの重い野菜を取り出さなければならないという苦労がわかり、本質的な使い勝手の課題が見えてきたのです。

アンケートだけではなかなか見えてこない隠れたニーズ――。これを現場観察で捉えるこの手法は「エスノグラフィー調査」というデザインの手法の1つです。1日あたりの冷蔵庫の扉の平均開閉回数はフリーザー7回、冷蔵室35回、野菜室12回と、フリーザーより野菜室の方が多いこともわかりました。こうした調査結果から、生活者ニーズと人間工学の両面で、野菜室の配置を抜本的に見直すことができたのです。

画像: 常識を覆すために必要な「デザイン」のチカラ

ここでいう「デザイン」とは、製品などの色や形を造形するデザインとは異なります。人が使うモノやインターフェースが絡むことはありますが、本質は「利用者の心地よさや驚き」など主観的な部分で製品やサービスに価値を生み出していく、デザイン思考(Design Thinking)の手法やプロセスのことを指します。

1996年当時は、アイデアをカタチにして成果を出していくことは決して容易ではありませんでした。ところが現在は、IoTの力で現場の状況をリアルなデータとして簡単に把握できる時代になりました。そこに人々の潜在的なニーズを汲み取るデザインの手法を掛け合わせれば、今までにない発想が、より出やすくなります。

つまり「デジタルとデザインのかけ算がイノベーションを起こす」――。日立はそう考えているのです。

アイデアを次々に実行できるデジタルのスピード

20年前と現在を比べて、最も大きく変わったこと。それは、デジタルをベースとしたネットワークの広がりです。ネットサービスやSNSの普及によって、さまざまな生活シーンで消費者の声やニーズがデータで把握できるようになりました。ショッピングはもちろん、ホテル予約やチケット手配、タクシー配車など、魅力あるサービスが次々と登場し、利用者層を一気に広げています。しかもIoTがこうした流れを加速して、現実世界もサービス競争に突入しています。デジタルでデータを活用しながら、魅力あるサービスを次々に提供していく、そんなネットサービスのスピード感が、現実世界にも持ち込まれつつあるのです。

デジタルの世界では、アイデアを市場に出すタイミングが従来とまったく違います。これまでの製品開発では、最初にアイデアを練り、試作品を作り、何度も検討を重ね、完成度を高めてから初めて市場に出します。一般的な製品なら、1年サイクルで新製品を出すのが精一杯でした。

ところがネット企業は、そんな慎重なプロセスは踏みません。「こんなアイデアで大丈夫か?関心が集まるだろうか?」などと悩む前に市場に出してみるのです。

野球に例えて言うなら、ネット企業は「打席」に立つのが早いのです。たとえアウトになっても、つまり、アイデアがウケなくても、すぐに気持ちを切り替えて次の勝負に出ていきます。従来型の企業が第1打席に立つまでの間で、ネット企業は100打席目を迎えているかもしれません。

画像: アイデアを次々に実行できるデジタルのスピード

こうした違いには、いくつかの理由があります。まず、ネット企業は利用者と直接ネットワークでつながっていますから、そのアイデアがあっという間に広がり、すぐに反応が返ってきます。

もう1つは、デリバリーコストの安さです。リアルな製品を利用者に届けるには、それなりの時間とコストがかかります。しかし、ネットサービスではスマートフォンなどを介して、ネットワークで利用者と直接つながっているので、安く、ダイレクトに届けることができます。アイデアを実行に移すスピードとコストが圧倒的に違う。これがデジタルを武器にビジネスを展開するネット企業の大きな強みです。

このままではネット企業に勝てない

IoTによって、リアルとデジタルがつながる時代になりました。ネット企業は、強みとする速いスピード感のままリアルの世界に参入してきます。アイデアをすぐ実行し、利用者からフィードバックを受け、急速な改善を図っていくでしょう。リアル企業が従来の仕事のやり方のまま、IoTに取り組んで勝てるでしょうか。もちろん、すべてのビジネスがこうした視点で語れるわけではありません。とはいえ、少なくともネット企業と競合する領域では、仕事のやり方を見直す必要があると思いませんか。そこで、こうした取り組みに役立つ手法をいくつかご紹介したいと思います。

イノベーションを起こす「かけ算」とは?

まず重要なのは、デジタルで、データを活用しながら、アイデアを早く実行することです。例えばシミュレーションもその1つ。製品開発でもリアルな試作品を作る代わりに、コンピュータ・シミュレーションで動作を確認する方法が以前からあります。また、アイデアを実行する際には人工知能やロボットなどを活用して、多くの利用者に、早く、効率よく展開することもできます。デジタルでは、センサーやビッグデータを活用し現実世界を客観的かつ迅速に把握することができますし、利用者の反応もビッグデータで確認しながら完成度を高めていくことも可能です。

もう1つ大切なことがあります。それは「価値を生み出す」ことです。「すごい!」「便利!」「安心!」と感じてもらえる価値を生み出すアイデアが大切です。

イノベーションを起こすには、“画期的”なアイデアももちろん重要です。しかしそのアイデアに多くの利用者が価値を感じなければ、決して広がってはいきません。アイデアを考えた自分と利用者では、その感じ方が違っているかもしれないからです。

利用者の心に響き、「こんなサービスが欲しかった!」と感じさせるアイデアは、データ分析の結果のみでは、なかなか導き出すことができません。個々の利用者の潜在的なニーズやウォンツは、そのほとんどがデータ化されていないからです。だからこそ、利用者の本質的な課題やニーズを見極め、その解決を支援していく取り組みが必要です。

ここで、先程の「デジタルとデザインのかけ算」の意味が出てきます。

データで現実世界を理解し、早く実行する「デジタル」の力。これまでの延長にない、新しい価値や発想を生み出す「デザイン」の力。この2つをかけ合わせて利用者の価値を追求し、イノベーションを起こしていくことが大切なのです。

画像: イノベーションを起こす「かけ算」とは?

利用者のうれしさをサービスに

デジタルにデザインのアプローチを取り入れてイノベーションを起こした事例を2つご紹介します。

まずは東京急行電鉄株式会社(以下、東急電鉄)さまの事例です。“東急沿線が「選ばれる沿線」であり続ける”というビジョンを掲げ、さまざまな施策に取り組まれている東急電鉄さまは、駅の混雑状況を到着前に知りたいというお客さまの声に応えて新しいサービスを開発されました。それが「駅視-vision(エキシビション)」※です。

駅視-visionは、駅構内カメラを活用し、駅の混雑状況をスマートフォンアプリから確認できるサービスです。アプリ開発で一番の課題となったのは、プライバシーの侵害リスクでした。監視カメラの映像をそのまま表示すると、個人情報の漏えいやプライバシーの侵害につながりかねません。そこで開発に先立ち、日立を含むベンダー3社の提案手法を使った実証実験を行い、駅を利用するお客さまの意見をSNSから確認したり、モニター約7,000名へのアンケートを2回実施されました。その結果、多くのお客さまから高い評価を頂くことができました。最終的に、お客さまの評価も高かった日立のシステムを採用いただき、実運用が開始されました。

両社で協創したアプリでは日立の人流分析技術を採用し、カメラに映る駅の利用者をアイコンのような抽象化したマークで置き換えます。人が動いている場合は移動方向がわかる青色のマークを風景画像に重ね、立ち止まっている場合は黄色のアイコンで表示するなど、人の流れや混み具合がわかるよう工夫しました。知りたいことが一目でわかるユーザビリティデザインの手法を使いつつ、人流分析の結果をマークで置き換えることでプライバシーの侵害リスクも解決。人流分析というデジタル技術に、デザイン手法を組み合わせたアイデアが、イノベーティブな新サービスを実現したのです。

画像: 利用者のうれしさをサービスに

※「駅視-vision」は東京急行電鉄株式会社の登録商標です。

在庫を増やしていた「お客さま第一」の想い

もう1つは、ある小売業のお客さまと協創した在庫最適化の事例です。

このお客さまは、店舗での過剰在庫が長年の悩みでした。経営層は新しい管理システムを導入すれば在庫を減らせるのではと考えられました。しかし、システムの導入で逆に現場の負担が大きくなっては困るため、まずは現場の実情を深く知る必要があると判断しました。ここで適用されたのが、先にもご紹介した「エスノグラフィー調査」です。

専門知識を持った日立のデザイナーが、店舗の現場を観察し、従業員にも丹念にインタビューすることで、「何を大事に仕事をしているのか」を探りました。すると、接客からバックオフィスまで「お客さま第一」の理念が浸透している素晴らしい職場であることがわかりました。しかも、接客係だけでなく、忙しい時はバックヤードの商品補充係もお客さま対応をしており、「期待した商品がなかったとがっかりされたくない」との想いから過剰在庫につながっていたのです。この調査結果に経営層はたいへん驚き、「どうすれば『お客さま第一』の理念を大事にしつつ、過剰在庫を減らすことができるだろう」という想いを持たれました。

そこで日立は、経営層、企画部門、IT部門、そして現場の従業員にも集まってもらい、新システムのアイデアを募りました。多様なステークホルダーが一堂に会して議論することで、全員が「必要なとき必要なだけ在庫を確保することが大切」と理解し、新システムでは在庫だけでなく商品の販売動向も見れるようにしてはどうか、といったアイデアが次々と出てきました。

こうしたアイデアに基づいた新しい業務プロセスをモデル店舗で試行した結果、バックヤード在庫量を1/2以上削減できたのです。一口に「お客さま」といっても、それぞれの立場で見ている姿は違います。それをすり合わせ、さまざまな視点から「あるべき姿」を考え、皆で納得する形で具現化していく。これが大きな成果を導きました。

デジタルでイノベーションを起こすには、優れた現場と課題を抱える経営層、それぞれの想いを持った「人」同士をつなぐことが重要です。ここでもデザインの力が大きな役割を果たしました。

画像: 在庫を増やしていた「お客さま第一」の想い

日本企業にとっては大きなチャンスに?

これらの事例について、どう感じられましたか?現場に横たわる課題を地道にコツコツ改善していく作業。お客さまに喜んでいただけるなら、と笑顔でサービス向上をめざしていく姿。そして従業員同士が互いを思いやる気遣い――これらはまさに日本企業の得意分野なのです。製造業の「カイゼン」活動、サービス業を中心とした「おもてなしの心」がその代表例です。

ともすればデジタルシフトは先端技術ありきと思われがちですが、そこに地道な現場力、人を起点としたデザイン思考を掛け合わせれば、より的確にビジネスやサービスを進化させることができます。デジタル技術やデータの活用でも、現場の課題や想いを理解できるパートナーと組めば、そのスピードと精度はさらに高まります。グローバル企業にも対抗できる日本企業ならではのデジタルシフトは、まさにデジタルとデザインのシナジーによって実現されるのです。

「後編:イノベーションを創出しやすくする組織や人財、そして仕事の進め方とは?」に続く >


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