日立のデザイン思考について取り上げる、「デザイン思考×経営」シリーズの第三弾。日立はその歴史の中で、デザイン思考が注目を浴びる前から、システム開発における協創の手法「Exアプローチ」を生み出し、顧客とともに経験価値を重視したデザイン思考を実践してきている。第三弾の最終回となる今回は、顧客と課題やビジョンを共有する手法、ITツール、空間を体系化した顧客協創方法論「NEXPERIENCE(ネクスペリエンス)」の特徴などについて紹介。実践をリードしていく人財に必要な条件や、デザイン思考を「まだ見ぬ価値の探索」に役立て未来創造につなげるための手だてについて、デザイナーとコンサルタントの二人が語った。
画像: 古谷 純 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部 主管デザイナー 兼 地方創生プロジェクトリーダ

古谷 純
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部 主管デザイナー 兼 地方創生プロジェクトリーダ

画像: 枝松 利幸 日立製作所 サービスプラットフォーム事業本部 デジタルソリューション推進本部 Exアプローチ推進センタ シニアコンサルタント 日立認定Exアプローチプロフェッショナル

枝松 利幸
日立製作所 サービスプラットフォーム事業本部 デジタルソリューション推進本部 Exアプローチ推進センタ シニアコンサルタント
日立認定Exアプローチプロフェッショナル

第1回:なぜ、デザイン思考に取り組んできたか >
第2回:対話型のワークショップから得られること >

議論を尽くすことで顧客満足度を高め、成功に導く

ーー 第2回では、デザイン思考をベースとしたExアプローチの具体的な取り組みについてお聞きしました。今回は、その反響、人材、顧客協創方法論「NEXPERIENCE」についてお聞きします。

まず、Exアプローチの反響について聞かせてください。

枝松
おかげさまで、前回ご紹介した富士重工業さまをはじめ、多くの顧客にご満足いただいているという実感があります。例えば、三井不動産さまが推進している「柏の葉スマートシティ」に関して、2018年竣工予定の賃貸住宅で提供すべきサービスについてもExアプローチをご活用いただきましたが、担当者さまから大変満足しているというお言葉を頂戴しています。「議論し尽くし、皆が納得して出した答えだからこそ、我々も社内外の人間に対して、この方針で進めていくと自信を持って言える」とのコメントもございました。

古谷
顧客が自信を持っていただける答えを出せたというのは、成功につながる可能性が高いということだと思います。疑問を持ちながら、疑心暗鬼で進めるプロジェクトはなかなかうまくいきませんからね。

枝松
そう思います。三井不動産さまのケースは、ワークショップのファシリテーションはデザイナーが担当しましたが、一方で、コンサルタントが、市場や業界の動向、統計データなどをタイムリーに提供することで、リアリティと納得感のある結果を出すことができた好例となりました。

そのほか、小売業や流通業、金融や公共のお客さまにもExアプローチを実践していただき、ご好評いただいています。多種多様な業種での活用が広がっています。詳しくは、Exアプローチの事例サイトをご覧いただきたいと思います。

Exアプローチを牽引するスタッフのスキルとチーム

ーー 日立では、長年のデザインへの取り組みを経て、Exアプローチの手法を構築されてきたわけですが、簡単に真似できる取り組みではありませんね。Exアプローチに携わるスタッフにしても、課題抽出におけるエスノグラフィーや、ワークショップのファシリテーション、ロールプレイなど、さまざまな役割を演じなければなりません。スタッフには、どのような能力が必要だと思われますか?

枝松
「人に興味を持てる」ということが一番大切だと思います。顧客の発言を単に受け止めるだけでなく、「この方はなぜここを重視されるのだろう?」と疑問や興味を持って、会話をしながら気持ちや理由、価値観を理解していく能力が欠かせません。もちろん、ある程度はトレーニングで習得できると思いますが、人に興味が持てないと難しいかな、と思います。

古谷
もう一つ重要なのが、「共感をつくる」能力だと思います。共感というのは、シナリオに沿って、予定調和的に先導するやり方では決して生まれません。事前にイメージしたアウトプットに対して、ともに考え、悩み、その中で腑に落ちたり、納得したりという経験を共有することで、初めて共感が醸成される。こうしたアプローチは必ずしも論理的、合理的ではない面がありますが、それこそがデザイン思考の本質だと思います。

画像: Exアプローチを牽引するスタッフのスキルとチーム

枝松
納得というのは、極めて重要なポイントですね。明快な正解がないビジネスの世界では、“正解かはわからないけれど、できる限り正解に近い答え“を考え出し、皆が納得できる状態をつくらなければなりません。もちろんそれは通常のコンサルタントの仕事も同じですが、プロセスにデザイン思考を取り入れることで、より顧客の納得の度合いを高めることができると実感しています。

古谷
皆が納得して出した答えだからこそ、その後の下流工程を皆が自信を持ってスムーズに進めることができる。それこそがExアプローチがもっとも大切にしている点です。

ーー どのようなスタッフで構成されているのですか?

枝松
現在、Exアプローチ推進センタでは、プロパーの社員に加え、さまざまなビジネスユニットのメンバーが参加していて、スタッフは多種多様な専門性を持ち合わせています。その中で中核を担うのが、SEとデザイナー、コンサルタントです。もっとも、一口にデザイナーと言っても、プロダクトデザインの出身者もいれば、画面インターフェースを手がけてきたデザイナーなど、さまざまですし、コンサルタントも、戦略系やIT系など実に多様です。

ワークショップのファシリテーション一つとっても、デザイナーが行う場合と、コンサルタントが行う場合で違いがあります。デザイナーは徹底的にユーザー視点に立って進めていく印象がありますね。

古谷
デザイナーは、発言を引き出したり、発想を促すのに長けています。一方、コンサルタントは論点を整理して、体系づけるのが得意なんですね。

枝松
例えば、課題抽出を専門とするエスノグラファーのワークショップでは、現場の課題を抽出するために、象徴的な写真を一枚選び出し、その写真に対する言葉を一言書き添えるといった具合に、写真を見ただけで直感的に理解できるような仕掛けをします。その写真をきっかけに対話が弾み、顧客にそのときの気持ちや印象を語っていただく中で、次第にロジカルな話へ展開していきます。そこで今度は、私が顧客の発言を付せん紙に書き出して整理し、課題を明確にしていく、といった具合です。こうした取り組みを一人のファシリテーターで行うのは大変ですが、我々の場合は、それぞれの得意分野を生かしながらチームで進めています。

より複雑な社会課題に応える「NEXPERIENCE」と東京社会イノベーション協創センタ

ーー 顧客協創の方法論「NEXPERIENCE」について聞かせてください。

古谷
「NEXPERIENCE」とは、日立が現在進めている、社会課題の解決をめざす社会イノベーション事業を念頭に、より広く複雑な課題解決に資する方法論であり、ツールの集合体のことです。言うなれば、Exアプローチで積み上げてきた取り組みをより進化させようという試みです。

例えば、スマートシティの開発では、日立の顧客だけでなく、自治体、地域の交通機関、住民の方々など、多種多様なステークホルダーと協創しなければなりません。しかし、従来のデザイン思考のやり方だけでは、多種多様なステークホルダー間の合意形成を得るのは難しい。デザイン思考では直感に基づく気づきや発想を大切にしていますが、通常、直感が働くのは我々の目に見える範囲のことで、だからこそ観察を重要なプロセスの一つとして組み入れているのです。ところが、広域にわたる人の流れなどの都市のダイナミックな動き全体を、直感が働くようなかたちでぱっと捉えるというのは難しいですよね。そこで、直感を補うためのデータ解析やシミュレーション、そしてそれを可視化する技術などを組み合わせることで、社会課題や企業経営課題の解決につなげていこうというのがNEXPERIENCEの狙いです。

その協創の場として、2015年4月に赤坂に「東京社会イノベーション協創センタ」を開設し、これまでのデザイナー集団に加えて多様な専門領域を持つ研究者が合流しました。すでにたくさんの顧客に来ていただき、協創に向けた多様な取り組みが始まっています。

画像1: より複雑な社会課題に応える「NEXPERIENCE」と東京社会イノベーション協創センタ

枝松
例えばここでは、壁面の画面に街中の車や人の動きのシミュレーションを映しながら、どこに鉄道を敷設するのが最適か、複数のステークホルダーで議論するといったことが可能です。通常なら目に見えないものを、数値やデータ、シミュレーションなどを活用して目に見えるようにし、直感を働きやすくしているんですね。

古谷
さらに、経営の長期ビジョンのように、時間軸の長いプロジェクトも対象としています。それこそ20〜30年後の未来に直感を働かせることは難しいので、経済性のシミュレーションや将来予測データなど、定量的な裏付けを示すことで、将来の経営状況の予測に役立てられると考えています。

もっとも、NEXPERIENCEもExアプローチと同様に、何か自動的に答えを出すことが目的ではなく、見えにくいものを可視化し、議論を重ねることで、そこに関わる人が共通の理解と納得感を持てることを重要視しています。

ーー 東京社会イノベーション協創センタにはどのような特徴があるのですか?

古谷
空間としては非日常性を演出しています。デザイン思考で重要なのは、従来とは異なる柔軟なアイデア発想をすることにありますが、普段使っている会議室では、どうしても既存の枠の中での発想になりがちです。そこで、ここでは従来とは違うやり方をするのだということを、場のメッセージとして明確に打ち出しました。インテリア一つとっても、通常のオフィスにあるものとは、随分雰囲気が違います。部屋ごとにそれぞれソファを置いたり、明るさを抑えた柔らかな光の照明を採用したり、思考を限定しないように壁一面がホワイトボードとして使えたり、参加者の気持ちを切り替えていただく工夫が随所に散りばめられています。場、方法論、ツールを駆使して、知的な活動に広がりを持たせることがCSI東京のコンセプトです。

枝松
私も場づくりは、柔軟な思考を促していくにはとても大切だと考えています。終日ワークショップを行う場合には、参加者が疲れないようにお菓子や飲み物を用意したり、休憩時間に音楽を流したりすることもあります。そうしたリラックスした雰囲気の中で議論を進めることで、率直な意見が出てきて、具体的な問題点を共有できるようになるのです。場の力は大きいですね。

画像: 東京社会イノベーション協創センタのフロアの一つ

東京社会イノベーション協創センタのフロアの一つ

ーー 最後に今後の展望をお聞かせください。

古谷
今後は、NEXPERIENCEは日立の社会イノベーション事業の注力領域である、エネルギー、交通、産業、健康などの分野に幅広く適用されていくことになります。

さらに私自身は、地方創生のデザインも担当しており、例えばIoTを活用した観光産業の振興や、高齢者が元気に暮らせる地域づくりなどにもNEXPERENCEおよび、これまで積み上げてきたデザインの方法を活用していきたいと思っています。日立のこうした取り組みは、現在、政府が進めているサイバー空間とフィジカル空間(現実社会)が高度に融合した超スマート社会「Society5.0」に資する、先進的な取り組みになると確信しています。

枝松
今後、世の中にIoT(Internet of Things)が浸透していく中で、新たな価値を探し出し、デジタルソリューションへつなげていく際にも、ExアプローチやNEXPERIENCEといった、日立のデザイン思考の取り組みが大いに役立つはずです。まさに、まだ見ぬ価値の探索こそが我々の使命だと思っています。

画像2: より複雑な社会課題に応える「NEXPERIENCE」と東京社会イノベーション協創センタ

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹/撮影場所=東京社会イノベーション協創センタ)

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