「第1回:二次流通のマーケットをデザインする」はこちら>
「第2回:二次流通の新コンセプト“Selloop(セループ)”」はこちら>
「第3回:中古オフィス家具のマーケットプレイス」
「第4回:リユースへの意識の変化」はこちら>
※ 本記事は、2024年4月8日時点で書かれた内容となっています。
“Selloop”でオフィス家具を循環させる
楠木
二次流通をマーケティングやブランディングのプラットフォームにする“Selloop”は、多様なビジネスのさまざまなサービスに適用できると思います。もし現在進行中の取り組みがあれば、教えていただけますか。
藤崎
千趣会様は流通の事業ですが、直近でPoCに入ろうとしているのはメーカーさんで、具体的にはオフィス家具メーカーのイトーキ様の子会社で、イトーキシェアードバリュー様との取り組みになります。オフィス家具というのは、ビジネスの大きなタイミングが引っ越しです。オフィスを移転する時に新しい椅子や机などのオフィス家具を購入されるわけですが、その時かなりの量の家具が不要になります。従来であれば廃棄されるものが多かったオフィス家具を、しっかりとリサイクルやリユースする仕組みを入れることで、サーキュラーエコノミーへの取り組みをブランディングにつなげていく。そんなお話を進めています。
楠木
これも、リユースという二次流通のサービスを一次流通のブランディングに生かすということですね。
藤崎
はい、おっしゃる通りです。このお話をいただいた時に私たちがこれまでの経験から課題だと思ったのは、家具の移動です。オフィス家具はモノが大きいので、何度も移動させたり長期間保管したりするとおそらくコスト負けになって、ビジネスにならない。移動の回数を極力減らすような、売り手と買い手のマッチング方法をデザインする必要があると考えました。
中古車の世界のマッチングで、当社は先取りオークションというサービスを提供しています。レンタカーやカーリースをしている会社さんに提供しているサービスなのですが、レンタアップやリースアップした車をモータープール(駐車場)まで運んで買いたい人を探していると、場所も取りますし資産を寝かしてしまうことにもなります。そこでレンタアップやリースアップの日程が決まっているのであれば、先に車の情報でオークションを行って買い手を見つけておく。それが先取りオークションです。
オフィス家具の場合も、引っ越しの日程は決まっているし、どれだけの家具が不要になるのかもある程度はわかるので、先取り型のマッチングができれば移動という最大の課題が解決できる。そう考えて、まさに今取り組んでいます。
楠木
これまでは不要になったオフィス家具はどうしていたのですか。
藤崎
オフィス家具を納入する会社がお付き合いしている業者さんに買い取ってもらうのですが、実際には売れそうな家具だけを買い取ってあとは廃棄するというパターンが多かったようです。私たちは、そんな中古のオフィス家具をネット上で売買できるマーケットプレイスを作り、そこでオークションを行って売り手と買い手をマッチングしようと考えています。
楠木
スマートフォンを秋葉原の1店舗が個人から買い取って売るのと、オープンなマーケットプレイスのオークションとでは、取引の数の桁が違ってくる。それと同じことですね。
藤崎
まさにそういうことです。
楠木
イトーキグループの場合も、先ほどの千趣会のケースと同じように、裏のオペレーションはオークネットが行うけれども表に出るのはあくまでイトーキグループで、彼らがサステナビリティ施策のひとつとしてプロモ―ションやブランディングに活用していくということですね。
藤崎
もちろんイトーキグループ様は対外的にそういったアピールができます。さらに言うと、実際にオークションにかけるのでリサイクルやリセールの価格競争力も強化されることになると思います。
楠木
もし、イトーキグループのケースがうまくいったら、他のオフィス家具メーカーもそのマーケットプレイスに参加する可能性はありますか。
藤崎
可能性はあると思います。サステナビリティで考えれば、その方が社会課題の解決に貢献できるスケールははるかに大きくなりますから。
可能性のある市場
楠木
通販の千趣会とオフィス家具メーカーのイトーキグループの取り組みを事例として紹介していただきましたが、他にも適用できそうなマーケットはいろいろありそうですね。
藤崎
これまでは高価格帯の商品を基軸としてきましたが、“Selloop”ならもっと低い価格帯の商品にも取り組めます。例えば家電や電動工具などは、検討してみたい商材です。
楠木
その場合でも、オークネットはプラットフォームやケイパビリティを提供するだけで表には出ないことになりますか。
藤崎
はい、私たちはあくまで裏方で支えるという役割に特化して、競争力を磨いていきたいと思っています。二次流通は、実際に取り組もうとするとノウハウが複雑に交錯する世界で、その工程をきれいな1本のラインにまとめることは容易ではありません。リユースで言うと、さまざまなメーカーの商品がさまざまな品質や状態のまま集められたものをきちんと仕分けし、品質を数値化するなど整理して売り手にお届けするというのはかなりハードルが高いので、そこは私たちのような専門家がお手伝いさせていただく方が効率的だし確実だと思います。
楠木
リユースの仕組みがないから廃棄せざるを得ない、あるいはタンスや倉庫で眠らせるしかない商品がまだまだたくさんある。それをまた使ってもらえるようにするということは、サステナビリティそのものですからね。
藤崎
これまでは、儲からないということがリユースに踏み切れない最大の理由でした。しかしサステナビリティという視点から見ると、売買益としてはギリギリのものでも企業のブランディングやプロモーションという役割を担うことができ、新しい価値を生むことができます。
楠木
これまで単価が安くてビジネスにできなかった商材でも、“Selloop”というロジックに乗せることによって、無理なくリユースが可能になる。とても面白い戦略ストーリーの横展開の事例です。(第4回へつづく)
藤崎 慎一郎(ふじさき しんいちろう)
株式会社オークネット 代表取締役社長CEO
1975年東京都出身。オークランド工科大学(ニュージーランド)経営学修士。2011年オークネット入社。2019年専務執行役員、2020年代表取締役社長COOを経て、2023年3月より現任。「循環型マーケットデザインカンパニー」をビジョンに掲げ、さまざまな業界で一次流通×二次流通の事業を推進する「サーキュラーコマース」を構築。事業成長はもちろん、サステナビリティや人的資本の投資にも注力。
楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
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