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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
「読み終わった本は処分する」という楠木氏が手放さなかった本を、その理由別にご紹介いただく。1冊目は、任天堂の経営者だった故・岩田聡氏の肉声をつづった『岩田さん』という本だ。

「第1回:読書のルーティン。」はこちら>
「第2回:『岩田さん』。」
「第3回:『会社という迷宮』。」はこちら>
「第4回:『ふつう』。」はこちら>

※本記事は、2023年2月3日時点で書かれた内容となっています。

1冊目は『岩田さん』。任天堂の代表取締役社長だった岩田聡さんがほぼ日の取材でお話しになったことを中心に編集されたものです。

画像: ほぼ日刊イトイ新聞・編『岩田さん』(ほぼ日,2019年)

ほぼ日刊イトイ新聞・編『岩田さん』(ほぼ日,2019年)

もう、書いてあること全部が本当に勉強になる深い話、イイ話ばかりで、全部メモを取らなくてはいけない。だったら処分せずに残しておいたほうがイイという、ストレートな理由で処分できなかった本です。

岩田さんは2015年に55歳にしてお亡くなりになりました。そのお考えがご自身の肉声で残されている。本書を読むと、究極的に優れた経営者というものがどういうものかがわかります。僕がとりわけしびれた箇所をいくつか紹介します。

――仕事をするとき、同じくらいのエネルギーを注いでいるはずなのに、お客さまに妙に喜んでもらえるときと、あまり喜んでもらえないときがある。同じくらい手間や苦労をかけているのに、なぜ、こちらのお客さまは100喜び、こちらのお客さまは500喜ぶのか――。

岩田さんの考察はこうです。――自分たちが「すごく苦労した」と思っていないのに妙に評価してもらえるときというのは、どんどんいい結果が出て、いい循環になって、どんどん力が出てくる状態。それが自分たちに向いている得意なことである。その状態にならないことは、向いていない――。

僕の仕事の実感にも合致しますし、非常に実効性の高い判断基準です。岩田さんがどういう経営者だったのかを的確に示している。

岩田さんはこうも言っています。――何かと何かを比べて「こっちのほうが得じゃん」という選び方ばかりしていると、どんどん安易な道に流れていってしまう。任天堂がそうなっていないのは、自分たちの目的がはっきりしているからだ――。任天堂の目的、最近の言葉で言うパーパスを岩田さんは「いい意味で、人を驚かすこと」と定義しています。多くの経営者が言う「お客さまのために」とは言葉の解像度が違う。

岩田さんは初めて会う同僚と話をするときに必ず、「どうして任天堂に入ろうと思ったの?」という質問から始めていたそうです。「少子高齢化についてどう思う?」だったら答えられないかもしれないけれど、入社理由なら何かしらあるはずだと。もう1つ、必ず聞くのが「今までやってきた仕事の中で、一番面白かったことって何? 一番つらかったことって何?」。一人ひとりみな違う。一人ひとりときちんと向き合うという、岩田さんの構えを象徴しています。

「人が喜んでくれることが好き」。これも岩田さんの核となる考え方であり、優れた経営者に共通する特性です。――「正しいこと」よりも「人が喜んでくれること」が好き。仮に、ある人が間違っているとする。その人が理解して共感できるように伝えないと、いくら正しいことを言っても意味がない。正しいことを言う人はたくさんいるので、すぐに衝突する。お互いに、善意で正義。後ろめたさがないからタチが悪い。相手を認めることが自分の価値基準の否定になるので、いつまでたっても相手に理解されない――慧眼です。

「自分が得意かもしれないこと」を見極める。お客さまが「なんかやっちゃうんだよね」と思えるゲームをつくる。この2つは似ていると岩田さんは指摘します。

――習慣が継続しているとき、人はその対象に時間、労力、お金といったエネルギーを注ぎ込む。すると、何かしらの反応が返ってきて、それが自分へのご褒美になる。注ぎ込んだエネルギーよりもご褒美のほうが大きいと感じたら、人はそれをやめない。逆に、見返りが合わないと感じるとやめてしまう。

「自分が得意かもしれないこと」の見極めにも、この条件は成り立つ。得意なことなら放っておいてもどんどん上手くなる。才能とは、そのためのご褒美を見つけられる能力を意味する。成し遂げたことに対して快感を得られる「ご褒美発見回路」が開いている人を指すのだ――こういう思考の展開が、読んでいてそれこそ快感になるくらい面白い。

この本には、任天堂の伝説的なクリエイターだった宮本茂さんのインタビューも併録されています。宮本さんは、人間の生理や心理を突き詰めて「こういうことを人は面白がる」という、抽象的なところから企画をスタートさせるタイプでした。

対照的に、岩田さんは具体から入るタイプ。岩田さんが企画・開発した『脳トレ』というゲームの出発点は「脳が衰えているって言われたら、不安になるよね。衰えないように自分でなんとか手を打とうとするよね」――企画のきっかけになるような人間の具体的な思考、行動を、岩田さんはつねに探していた。発想の仕方が真逆だからと言って2人が対立することは一度もなかったと宮本さんは振り返ります。異なる視点を擦り合わせて新しい価値を生み出すという、創造的なチームの理想形です。

「自分たちがめざすのは、お客さまがゲームで遊ぶというよりも、お客さまの日常にゲームが溶け込んでいるような姿だ」と岩田さんは言います。刺激的な内容でユーザー獲得をめざす「億ゲー」とは一線を画し、「日常の中に溶け込んでいくゲーム」に集中する――岩田さんがお亡くなりになって久しいですが、任天堂のパーパスは今もってまったくぶれていません。

人間に人格があるように、会社にも社格がある。任天堂は社格が非常に高いと思います。人格がそうそう変わらないように、社格もそうそう変わらない。究極的には、社格をつくるのが経営者の役割だと思います。

本当の経営とは何なのかを、言葉を尽くして教えてくれる『岩田さん』。全部が全部メモしておきたいところばかりなので、僕はこの本を処分できませんでした。(第3回へつづく)

「第3回:『会社という迷宮』。」はこちら>

画像: 僕が処分しなかった本―その2
『岩田さん』。

楠木 建
一橋ビジネススクール特任教授(PDS寄付講座・競争戦略)。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

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この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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