「第1回:COP26と環境ファイナンスの世界潮流」
「第2回:ロードマップを描くための視点」はこちら>
「第3回:トランジションを描くために」はこちら>
サステナブルファイナンスと環境技術
丸山
ナビゲーターの日立製作所 丸山幸伸です。今回は、気候変動対策やサステナブルファイナンスの第一人者でいらっしゃる三菱UFJリサーチ&コンサルティングの吉高まりさんにお越しいただきました。トランジションの実現に向けた課題と金融の役割をテーマに、日立の研究開発グループで環境関連の研究に携わっている鈴木朋子との対談をお送りします。
吉高さんと言えば、環境ビジネスに関する書籍を執筆されているほか、金融庁のサステナブルファイナンス有識者会議など多数の政府の委員会にもお名前を連ねていらっしゃいます。本日は、脱炭素社会に向けたトランジションの実現について、さまざまな見識をいただきながら深く掘り下げていきたいと思います。吉高さん、よろしくお願いします。
吉高
よろしくお願いします。わたしはご紹介いただいた三菱UFJリサーチ&コンサルティングのほか、三菱UFJ銀行サステナブルビジネス部と三菱UFJモルガン・スタンレー証券に兼務し、サステナブルファイナンスを推進しています。多くの方が「サステナブルファイナンスの波が急にやって来た」と感じてらっしゃると思いますが、わたし自身も驚くほど、近年金融機関が変わってきています。今日はそんなお話ができればと思います。
鈴木
わたしは入社以来、水素製造システムや廃棄物発電システムといった環境関連システムの開発をしてきました。直近では、それらをいかに社会に実装していくか、事業化していくかという研究開発戦略の検討に携わっています。どうぞよろしくお願いします。
COP26に見る、世界の問題意識
丸山
本日はいわゆる環境ファイナンスのなかでも、自治体や民間企業のデットファイナンス(※)に焦点を当て、ディスカッションを進めていきたいと思います。1つめのトピックは、2021年11月に英国のグラスゴーで開催されたCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)。お二人とも参加されたそうですが、世界の動向をどうご覧になりましたか。
※ 社債発行や銀行の借り入れによる資金調達。
吉高
過去のCOPでは、カーボンニュートラル(※)をどう推進していくか、石炭火力発電をどう削減していくかといった交渉がメインでした。それに対して今回は、カーボンニュートラルの推進はもはや世界で合意形成されており、次にどんなアクションをとるべきかをディスカッションするシーンが多く見受けられました。まさにそれこそがトランジションだと思いますし、各国の立場の違いがかなり浮き彫りになってきたのを感じました。
※ 2050年までに温室効果ガスの排出を地球全体でゼロにし、脱炭素社会を実現すること。
また、わたし自身は15年くらい前からほぼ毎回COPに参加していますが、COP26は4万人以上と過去最高の参加者が記録されたとのことで、特にユースの方々の参加がとても多かったのが印象的でした。日本からも高校生が20名ぐらい参加していました。
鈴木
日立は初めてプリンシパル・パートナーという立場でCOP26をサポートさせていただきました。また、日立が開発した「政策提言AI」という人工知能やソリューションを、ジャパン・パビリオンにて紹介させていただく機会も得ました。技術の展示をしていたのが日本だけだったこともあり、非常に多くの方が足を運んでくださいました。
吉高
確かにジャパン・パビリオンは例年以上に注目を集めていました。みなさんご存じのとおり、産業革命前からの世界平均気温の上昇を1.5℃で止めるには、今世紀半ば(2050年)の二酸化炭素排出を実質ゼロにする必要があると言われています(※)。それを達成するためには技術が重要だということで、参加者のみなさんが高い関心を示されたのだと思います。
※ 2021年8月に公表された「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第6次評価報告書によると、世界の平均気温は産業革命前(1850-1900年の平均で近似)から近年(2010-2019年の平均)の間に、すでに1.06℃上昇したとされている。
「有志連合」という新たな流れ
丸山
聞くところによるとCOP26では、共通の気候変動対策を掲げる有志国・地域の連合が次々と発足したそうですね。どんな経緯だったのでしょうか。
吉高
温暖化防止を目的に採択された気候変動枠組条約のもと、1997年採択の京都議定書では、国連においてトップダウンで各国の温室効果ガスの排出削減目標が決まりました。それが2015年採択のパリ協定では、各国が自国の排出量削減目標を国連に提出し、具体的な取り組みを明言するようになりました。それに沿って、国だけでなく企業も参加した、さまざまなイニシアチブ(有志連合)が生まれています。
丸山
国や企業が横断的に同じ目標を掲げて、その達成に取り組んでいくということですね。
吉高
そうです。特にCOP26では、数多くのイニシアチブが生まれました。
丸山
日立にはエネルギー関連企業という顔がありますが、鈴木さんはこの流れをどう捉えていますか。
鈴木
資源が少ない日本の企業は、非常に難しい状況に置かれています。COP26では石炭火力発電の廃止をめざす有志連合も発足したのですが、日本は賛同しませんでした。温室効果ガスのさらなる削減をなんとかテクノロジーで実現できないかと、日立を含めた日系企業が模索しています。
ネットゼロ達成のための金融の役割
鈴木
ところで今回発足した有志連合の1つにGFANZ(※)があります。例えば日立が開発したソリューションを、企業や自治体が導入して環境対策を講じようとする際に、GFANZをはじめとする金融のイニシアチブがどう作用するのか、ぜひ吉高さんの見解を伺いたいです。
※ Glasgow Financial Alliance for Net Zero:ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟
吉高
GFANZは銀行、保険会社、資産運用会社、資産オーナー、ESG投資の情報のプロバイダーなどが集まり、金融機関だけでなくその顧客や投融資先も含めて2050年までにネットゼロを達成することをめざして発足しました。ネットゼロの達成には当然ながら技術が不可欠であり、何百兆円という資金が必要になる。その資金提供のために金融機関も動いていこうという枠組みがGFANZなのです。
丸山
つまり、世界の大きな変化に応じるためには、金融と産業が一緒になって動いていくことが求められるということですね。
吉高
そうです。日本の企業ではメガバンクや大手保険会社、資産運用会社がGFANZに加盟しており、GFANZで取り決められた方針は最終的に各金融機関に波及していきます。また、TCFD(※)が提言する情報開示フレームワークに沿って、気候変動に関する財務インパクトの開示が世界的に義務化される動きも出てきています。要するに、きちんと情報開示をしてネットゼロの実現をめざしていることを明らかにしたお客さまに対して、金融機関が投融資をする。そういうしくみが構築されつつあるのです。
※ Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)。G20の要請により、気候関連の情報開示および金融機関の対応をどのように行うかを検討するため設立された。
関連リンク Linking Society
■プログラム1
「トランジション実現に向けた課題と金融の役割」
■プログラム2
「Cyber-Proof of Conceptを活用したロードマップ策定支援」「政策提言のためのAI技術」
■プログラム3
「ロードマップ、どう描く?」
吉高まり(よしたか まり)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト。米国ミシガン大学環境・サステナビリティ大学院 科学修士。慶應義塾大学大学院政策・メディア科非常勤講師。博士(学術)。IT企業、米投資銀行、世界銀行グループ国際金融公社(IFC)環境技術部などを経て、2000年、三菱UFJモルガン・スタンレー証券に入社。クリーン・エネルギー・ファイナンス部を立ち上げる。気候変動分野を中心とした環境金融コンサルティング業務に長年従事し、政府、機関投資家、事業会社などに向けて気候変動、SDGsビジネスやESG投資の領域についてアドバイスなどを提供。2020年に三菱UFJリサーチ&コンサルティングに入社し現在に至る。三菱UFJ銀行、三菱UFJモルガン・スタンレー証券を兼務。
鈴木朋子(すずき ともこ)
日立製作所 研究開発グループ 技師長。1992年、日立製作所に入社。以来、水素製造システム、廃棄物発電システム、バラスト水浄化システムなど、一貫して脱炭素・高度循環・自然共生社会の実現に向けたシステム開発に従事。2018 年、顧客課題を起点とした協創型事業開発において事業拡大シナリオを描くビジネスエンジニアリング領域を立ち上げ、現在は社会課題を起点とした研究開発戦略の策定と事業化を推進する環境プロジェクトをリードしている。
ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。
Linking Society
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。