「第1回:サステナビリティ推進活動の担当者は、コロナ禍をどう乗り越えたのか」はこちら>
「第2回:NPOと向き合った、日立社員の2カ月半」はこちら>
「第3回:プロボノ支援が、NPOにもたらすもの」
「第4回:プロボノに伴走する理由」はこちら>
難病を抱える子どもと「きょうだい児」
横浜市にある「リラのいえ」は、神奈川県立こども医療センターに入院するために遠方からやってくる患者の家族のための宿泊施設として、同センターから徒歩5分のところに位置している。2008年からリラのいえを運営している認定NPO法人スマイルオブキッズは、難病や障害を持つ子どもの兄弟姉妹を指す「きょうだい児」の保育も行っている。
「創設メンバーが難病のお子さんを抱えていたこと、あるいは病院の職員だったこともあり、病院に通う本人だけでなくきょうだい児のサポートも必要だという思いから、保育事業を始めました。難病のお子さんがいると、どうしてもその子が家族の中心になってしまいます。そのためきょうだい児が疎外感を抱いたり、自分だけが元気なことに罪悪感を覚えたりしてしまい、不登校や自傷行為につながるケースもあります。きょうだい児の心にしっかり向き合ってケアすることを大切にしています」
そう語るのは、団体の事務局長を務め、理事を兼任する谷畑育子氏。スマイルオブキッズでは理事や監事、非常勤の保育士、ボランティアを含めて総勢約100名のスタッフが活動している。その中で、団体の内外における調整や連絡、助成金申請をはじめとするさまざまな書類作成、さらには経理といった日々の事務を、谷畑氏を含むわずか2名の事務局スタッフが担当している。
「どうしてデータ化しないといけないの?」
第2回でも触れたように、それまでスマイルオブキッズでは、リラのいえや保育の利用者に関する情報を紙に記載して管理していた。
「ご利用の予約があったときに、初めての方なのか、それとも過去に利用されたことがあるのかが、紙の記録を紐解かないとわからない状態でした。さらには、10年以上活動を続ける中で、感謝の声をいただくことはありますし、大切な施設だと認めていただいてはいるのですが、それを外部に説明できる資料がなかったのです。より支援を集めて事業を広げていくためにも、もっと多くの方にわたしたちの活動を知っていただきたい。そのための根拠を整理するために必要だったのが、利用者情報のオンラインデータベース化でした」
日立による企業プロボノでは、まず支援チームが谷畑氏にヒアリングを行い、課題を整理。その後、利用者情報の管理の実態を谷畑氏がまとめた。それをもとに支援チームが作成した提案内容について、実際に利用者情報の記録をしているボランティアスタッフも交え、団体内部で話し合った。こうしてプロジェクトは進んだが、「スタッフ間での議論は何度も“そもそも論“に戻ってしまいました」と谷畑氏は明かす。
「わたしのようにオンライン化を推進するスタッフがいる一方で、『紙に記録するやり方で困っていないのに、どうしてデータ化しないといけないの?』と言うスタッフもいました。ボランティアスタッフは年齢層がさまざまで、なかにはパソコン作業に苦手意識のある方もいます。また、リラのいえのように利用者がデリケートな問題を抱えている施設では、セキュリティへの不安から利用者情報をデータ化してはいけないという不文律がずっとありました」
しかし近年、クラウドサービスのセキュリティは進化している。
「オンライン化しても問題なく運用できることを日立の皆さんにご説明いただくと同時に、わたしからも『データ化しないと、利用者さんにこれからもずっと何度も同じことを書いていただくことになりますよ』『利用者さんのメールアドレスがわからないと、宿泊や保育の感想を聞くことができないので、事業を改善できないですよ』と、内部で説得を続けました」(谷畑氏)
薄らいだ抵抗感、明らかになった改善点
日立の支援チームは、谷畑氏だけでなく宿泊事業の担当者や保育事業の担当者、さらにはボランティアスタッフに対し、個別にヒアリングを実施。それぞれのニーズやオンラインデータベース化にともなう不安といった本音を引き出した。さらに、利用者情報をデータ化した場合・しなかった場合のメリット・デメリットを比較表にして説明を重ね、オンラインデータベース化の意義を納得していただくとともに、データ化によって業務のどの部分がどう変わるかといった細かい部分にまで踏み込み、オンラインデータベース導入後のイメージを共有。プロジェクトが終盤に向かうにつれ、オンラインデータベース化に反対していたスタッフも次第に納得していったという。
「拒絶反応がなくなっただけでなく、『むしろよいことなんだね』という認識に変わっていきました。例えば、利用者さんの人となりや、寄付金や備品のご支援の状況などもデータとして可視化できることで、それを次の世代のスタッフも引き継いで行ける。例えば、過去の利用者さんから寄付をいただいたときに、データベースを見れば何年前に利用された方なのかすぐにわかるので、その方と関わりのあったスタッフが礼状を書くといったこともできる。そんなシーンもスタッフの間でイメージできるようになりました」
利用状況を把握するため、支援チームはWebのアンケートフォームを活用した利用者アンケートも行った。この意義も大きかったと谷畑氏は言う。
「利用者さんに感想を書いていただくノートがあるのですが、それまでは感謝の声やお褒めの言葉しか書かれませんでした。とてもありがたいことなのですが、それ故に改善すべき点を把握できていませんでした。今回アンケートを行っていただいたおかげで、例えば『マットレスがちょっと薄いので厚くしてほしい』『家族だけで食事をとれる場所があるとありがたい』といった一歩踏み込んだ具体的な意見をいただくことができました。利用者アンケートの大切さを改めて感じましたし、これからは自分たちの手で継続的にアンケートを実施していこうと思います」
NPOがプロボノ支援を受け入れる意義
2カ月半に及んだ日立の企業プロボノで、特に谷畑氏の印象に残っているのが、プロジェクト後半の11月に支援チームがリラのいえを訪れたことだ。
「施設や事務局のIT環境などをじっくり見学していただいたほか、支援者さんから寄付された物品をご覧になったメンバーの方から『1カ月でこれだけの寄付があったということを、PR資料に載せたらどうですか』というアイデアもいただきました。わたしたちの思いに寄り添っていただいたからこそのご提案でした」
実は、プロボノ支援を受け入れるにあたり、谷畑氏が危惧していたことがあったという。
「利用者情報のオンラインデータベース化は時代の流れからも避けて通れないので、スタッフに納得してもらえる自信もありました。一方、無理矢理データ化を進めてしまうと、創設時からスタッフ間をつないできた何かが壊れてしまうのではないか。リラのいえならではの温かい雰囲気を踏みにじるような事態は絶対に避けたい。そう思っていました。
しかし、最初のミーティングで、日立の皆さんがわたしたちの活動を深く理解しようとしてくださっているのを感じました。第三者のおっしゃることだからこそ提案を受け入れやすいという面もありましたが、それだけでなく、わたしたちに寄り添いながら客観的に『ここは改善したほうがいいですよ』と言っていただけた。プロボノ支援を依頼した甲斐がありました」
無事、2カ月半のプロジェクトが終了した。プロボノの真価が問われるのはこれからだ。
「ご提案いただいたデータや運用フローをわたしたち自身の手でしっかりと活用し、団体の活動を発展させること。それこそが、支援チームのみなさんへの恩返しになると思います」
次回、最終回。日立の企業プロボノを運営している認定NPO法人サービスグラントに話を聞く。(第4回へつづく)
谷畑育子(たにはた・いくこ)
認定NPO法人スマイルオブキッズ 事務局長/准認定ファンドレイザー。自身の経験から病児の家族支援の重要性を実感し、2015年にスマイルオブキッズ入職。2020年、非営利団体の資金調達を専門に行う准認定ファンドレイザー資格を取得した。入職以来、スマイルオブキッズの事務全般を担当している。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。