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一橋ビジネススクール教授 楠木建氏/法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授 米倉誠一郎氏
気心の知れたお二人による、2022年冒頭を飾るイノベーション対談。饒舌なお二人が大好きな音楽について語り合えば、話が途切れるはずもなく、ここでしか読むことのできないエピソードが続々と披露されます。

「第1回:ビートルズというイノベーション。」
「第2回:世界共通語。」はこちら>
「第3回:バルマーの部下が見つけた宝物。」はこちら>
「第4回:イノベーターのオーラ。」はこちら>
「第5回:クラシック界のイノベーター。」はこちら>

※本記事は、2021年10月28日時点で書かれた内容となっています。

楠木
今日は「音楽とイノベーション」というテーマで、“ウマは合うけどソリは合わない”米倉さんとの対談、楽しみにしてきました。世の中に与えるインパクトが大きいこと、ここにイノベーションの条件のひとつがあるわけですが、米倉さんが甚大なインパクトを受けたアーティストというと…

米倉
(テーブルの自身のマグカップの向きを変えると、そこにはビートルズのロゴがある)それはもう、こういう感じでね。(ニヤリ)

楠木
あ、マグカップからしてビートルズ。やっぱりね。僕にとっても最大の音楽的イノベーションはビートルズですね。

米倉
あれは今でも一体何だったのかと思いますよ。別に一人ひとりを見ると、そんなにアイドル顔しているわけではないし、ジョンなんてその時はもう結婚していた。しかし、世界中が男女含めて熱狂した。その奥深さを知らない人にとっては別に演奏も上手くない(実はコピーしてみるととんでもなくすごいんですが)。

楠木
見た目のカッコよさではないですね。

米倉
それまで僕は反戦少年で、ピーター・ポール&マリーやピート・シーガー、ボブ・ディラン、ジョーン・バエズといった反戦フォークを聴いていました。

楠木
「ウィ・シャル・オーバーカム」(※)の世界。そこは今の米倉さんと完全に連続してますね。今でもしょっちゅう「ウィ・シャル・オーバーカム」って言ってるでしょ。

※ We Shall Over Come:アメリカ合衆国のプロテストソング。反戦運動や平和運動で歌われた。

米倉
まあね。そして中学校1年生のときに友達がこれ面白いからと言って貸してくれたのが、『ミート・ザ・ビートルズ』。それまで、僕はアコースティックギターをつま弾いて歌うのが音楽だと思っていたのですが、ビートルズを聞いた瞬間、そんな反戦少年の頭のドアをいきなり開けられて、土足で頭の中を歩き回られたような衝撃を覚えました。

楠木
最初に聞いた曲は何でした?

画像1: 2022年新春放談 “音楽とイノベーション”-その1
ビートルズというイノベーション。

米倉
それは一曲目の『抱きしめたい』か『She loves you』で、もうストレートにガツンとやられました。以前に読んだ本の中で、「友達が持ってきてくれたビートルズのEP盤(シングルレコード)を聴いたとたんにとんでもない衝撃を覚えて、それから、もう一回かけて、かけて、かけて、を繰り返しているうちに、外が真っ暗になっていた」というオックスフォード大の教授の話があって、僕と同じ体験をした人間が世界中にたくさんいたんだなあと思いました。

楠木君はスピルバーグの『未知との遭遇』を見たことある?

楠木
あります。

米倉
あの映画で、別々のところにいる人たちが、なぜか突然の啓示を受けて同じような山の絵を描いたり、粘土で作ったりするシーンがあるでしょう、あれと同じことが起きた。それが僕の最初のビートルズ体験で、まさに「未知との遭遇」でした。

楠木
それは言語とか文化といった背景なんて全部すっ飛ばして、世界中の人にインパクトを与えたということですから、まさにイノベーションそのものだったわけですね。イノベーションはインパクトが大きいだけでなく、そのスコープが広い。一部の人だけに強いインパクトをあたえても、それはイノベーションとは言えない。

米倉
まさしくそうだね。

楠木
でもビートルズの当人たちは、「イノベーションを起こそう」なんていうつもりはなかったわけで。

米倉
ないでしょう。でも、音楽で食べられるようになりたいとは思っていたかもしれない。なぜなら、彼らは3年くらいハンブルグで下積み生活をやっていたわけです。ストリップ劇場のようなところで一日何ステージも繰り返していて、「体力では負けない」と言っていますからね、歌がうまいとか演奏がうまいではなくて。(笑)

楠木
日々の仕事ですよね。

米倉
アメリカの有名女優ウーピー・ゴールドバーグもあるインタビューに答えていて、彼女は自分たちのバックボーンには黒人の音楽というものがあるので、「白人の音楽なんて」という空気があった。でもビートルズをはじめて聴いたとき、逆に「自分たちも自由にやっていいんだ」という衝撃を受けた話をしていました。

音楽を通じて、自由とか愛とかを叫んでいいんだと若者の心を解放した。しかも、それが世界中で国や人種や宗教を超えて、ヒートウェーブのように起こった。本当にビートルズというのは、とんでもないイノベーションを起こしたことは間違いないでしょう。

画像2: 2022年新春放談 “音楽とイノベーション”-その1
ビートルズというイノベーション。

楠木
僕は米倉さんより10歳下なので、最初のビートルズ体験は、「赤盤」「青盤」といわれるベスト盤でした。確かに僕も『抱きしめたい』は問答無用でガツンときて、しびれました。ただ、僕の最初の音楽イノベーション体験は、南アフリカの幼少期に聴いたエルビス・プレスリーだったので、その耳でビートルズを聴いた時には、プレスリーっぽい楽しさを感じました。南アフリカで過ごした子ども時代、周囲に黒人の方々がいたので、日常生活の中で始終モータウンのヒット曲が流れていたのですが、ビートルズはモータウンからの影響も強く受けていますね。

米倉
そうだね。カバーも多いし、ジョンもポールもエルビスの影響を大いに受けていますから。

楠木
ビートルズの音楽も当然、先行者に影響を受けている。しかし、彼らはそれをまったく新しいものにしてしまった。

米倉
確かに。

楠木
まったく新しいインパクト、非連続な現象なのだけれども、実は連続している。連続しているけど非連続というのはイノベーションの重要な側面ですよね。

米倉
その通りです。ビートルズはエルビスやモータウン、ブルースやさまざまな音楽の影響を受けているけれど、ビートルズの音楽は唯一無二で、世界中に衝撃を与える力を持っていた。それは、結局彼らが本当のポップ、すなわち大衆のものだったからだと僕は思う。しかも、自分たちを固定化しないで次々に新しい境地を開拓していった。それも7年くらいの間ですからね、すごい。

楠木
ビートルズとローリングストーンズの違いもそこにありますね。ビートルズはとにかくポップ。ローリングストーンズはもう少し狭い意味でのロック。

少し話は変わりますが、コロナ騒動が始まって家に一人でいることが多いので、インターネットで楽譜を見ながらビートルズその他のスキな曲をアコースティックギターで弾いて歌っているんです。そのときに気づいたんですけど、ビートルズの『ロッキー・ラクーン』と『ゴールデン・スランバー』は、どちらも同じコード進行なんです。

米倉
え、そうなの。全然違う曲想だけどね。

楠木
確かに聴いた感じは、まるで違いますよね。でも、歌い出しからAm7→Dm7→G7→Cというところまでは同じ。これを知ったときに、きっと彼らはコード進行がどうとか、メロディラインがこうとかいうことにとらわれることなしに、ごく自然体で曲をつくっていたんだろうと思いました。自然にやって、コードもメロディも新しい、そんな曲がどんどん湧き出してくる。これが天才、イノベーターなのだと思います。

米倉
確かに「おれはイノベーターだ」とか、「おれはイノベーションを起こすぞ」とかいう人間が、イノベーターになれたためしがない。

楠木
「イノベーションを起こすぞ」とか頑張っている時点でおそらくアウト。だって、不自然なのですから。(第2回へつづく)

「第2回:世界共通語。」はこちら>

画像3: 2022年新春放談 “音楽とイノベーション”-その1
ビートルズというイノベーション。

米倉 誠一郎(よねくら・せいいちろう)
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授、一橋大学 名誉教授。
1953年東京生まれ。一橋大学社会学部および経済学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学Ph.D.(歴史学)。2008年より2012年まで同センター長。2012年よりプレトリア大学ビジネススクール(GIBS)日本研究センター所長を兼務。2017年より一橋大学名誉教授・『一橋ビジネスレビュー』編集長、法政大学大学院教授。2020年よりソーシャル・イノベーション・スクール(CR-SIS)学長。

画像4: 2022年新春放談 “音楽とイノベーション”-その1
ビートルズというイノベーション。

楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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