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株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長 八尋俊英/東京大学 総長特別参与/工学系研究科教授 坂田一郎氏
データ解析は今や、政策決定に欠かせない手法の一つだ。研究開発の動向を予測してイノベーションの創出につなげたり、データから国民の意向を汲み、合意形成を促したりするのにも役立つ。しかしコロナ禍の接触確認アプリで露呈したように、その運用には「トラスト」が欠かせない。トラストの醸成には、より小さなローカルなコミュニティから始めることが成功の秘訣だと、坂田教授は語る。

「第1回:ネットワーク解析を戦略へ」はこちら>
「第2回:トラストの肝はローカルコモンズにあり」
「第3回:説明とプライバシー・ガバナンス体制の構築を」はこちら>
「第4回:既存のやり方を壊すことから」はこちら>
「第5回:社会実装のために必要なこと」はこちら>

データから方向性を占い、政策につなげる

八尋
前回、ネットワーク解析のご研究のなかで、有用なのに眠っている研究をいかに見出し、それをイノベーションにつなげていくのかというお話がありました。米国なら、例えばDARPA(国防高等研究計画局)が軍事利用できそうなものを抽出して予算をつけ、その資金を通じて、非営利の技術研究機関であるSRI Internationalなどのコンサルティング組織が研究開発を推し進め、社会実装につなげています。こうしたなかから、iPhoneに搭載されている音声アシスタント機能であるSiriのような画期的な製品サービスが生まれていますね。日本の場合、どのようなイノベーションスキームが期待されるでしょうか?

坂田
日本には、トップダウンのイノベーションを推進するしくみが欠けていると私は思っています。一方、ボトムアップのイノベーションについては、何かをきっかけに、脚光を浴びそうなテーマに乗る人が出てくる、つまり「バンドワゴン」に乗る人が増える、という自然な流れがあります。

我々は、この学術のバンドワゴンについても研究しています。論文の引用ネットワーク情報を文章における言葉のつながりのように捉えて学習させ、多次元のベクトル空間に対応させると、そこに時間の情報も含まれるので、その分野が内容面でどの方向に成長していったのかがわかります。つまり、今どのようなテーマの研究が伸びていて、そのなかでどの研究者が最先端を走っているのかがわかる。これによって、バンドワゴンがどちらに向かおうとしているのかという、傾向を定量的に探ることができるのです。

そう考えると、政策としては、米国のDARPAのような組織が研究開発を牽引するトップダウン型と、もう一つ、バンドワゴンの外側で取り組むべき方向性を示し、そちらへ誘導することで研究に多様性を生み出すような活動が求められるのだと思います。バンドワゴンそのものは自然な流れなので、これ自体に国が注力しても意味はありませんからね。

八尋
日本は進むべき方向性を示すストーリーテラーが弱いと感じていますが、ここにもデータ解析が活用できるわけですね。ただし、そういったことに携わる人財をどう育てればいいのかというのが、我々コンサル会社においても最大の課題となっています。

画像: データから方向性を占い、政策につなげる

「両方の谷」に落ちないために

八尋
もう一つの課題が、データ利活用をいかに進めるのかということですが、その際にDFFT(Data Free Flow with Trust=信頼ある自由なデータ流通)とガバナンスが欠かせないと感じています。

坂田
最重要の課題だと思います。今、データ利活用については、GAFA型の寡占モデルと、中国のような国家主導型のアプローチの両極の姿が見られます。日本はどちらにも行きたくないという気持ちだけは確かで、我々はそれを「両方の谷」と呼んでいます。いずれの谷にも落ちないように狭い尾根の上を歩く道を考えなければなりません。そのなかで、政府がルールづくりと情報仲介の役割を担っている欧州の姿は一つの参考になると思っています。

八尋
欧州の場合は、それが経済で勝つための戦略になっていて、法律家や役人が連携してGAFAに対抗しているわけですが、日本の場合は、産業界でDFFTを唱える声も国のリーダーシップも弱いと感じます。しかも、「トラスト」の概念が欧州とは異なっているように思います。日本の言うトラストは、どちらかというと、安心・安全に近い概念ですよね。日本の捉え方は観念的であり、もしかしたら世界のなかで孤独の道を歩むことになってしまうかもしれません。

坂田
そうですね。今のところは明確な戦略があるとは言えないでしょう。やはりインテリジェンスを持って政府が前に出ないと谷に落ちるのを防ぐのは難しいと思います。そのためにも、自国の産業の強みとデータの利活用の在り方に関する国民の受容性を、データなどから探って政策につなげていくことが不可欠だと思います。

データ利活用はローカルコモンズから始めよ

八尋
データ利活用に関して、コロナ禍において変わった面はあるのでしょうか。

坂田
コロナ禍は一つの実験になっていると思います。実験の結果、日本はまだパブリックセクターが国民から十分に信頼が得られていないことがわかりました。新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」が典型ですが、ダウンロードする人も、罹患したときにインプットする人も十分な数にはなっていません。システム上はプライバシーを確保する設計になっているにもかかわらず、トラストが駆動していないことが露呈しました。

そうしたなかで、東大は「MOCHA」(Mobile Check-in Application=モカ)という接触確認アプリを独自に開発していて、開発者(大学院工学系研究科の川原圭博教授を中心とする教員・学生の有志グループ)の所属する工学部では、ほぼ全面的に利用されています。工学部の建物内にある全88教室と各研究室にビーコンをつけて、構内の人の位置情報や行動履歴をトレーシングしているのです。数字を見る限り、本郷の工学部に登校している学生の大半がこのアプリをダウンロードしています。

画像: データ利活用はローカルコモンズから始めよ

なお、ダウンロードを呼びかけるために、2021年4月に、吉本興業と提携して、芸人のジャルジャルさんが出演するコント仕立てのビデオを公開し、学生の行動変容を促しました。このアプリを使えば、接触情報だけでなく、図書館や食堂などの混雑情報も知ることができ、学生からも好評を得ています。

MOCHAの例が示すように、国の単位よりも、限られた地域のなかでコミュニティが共同で管理する「ローカルコモンズ」のほうが、信頼を得る際にハードルが低く、実現しやすいと思います。これは合意形成もまったく同じです。コミュニティが大きくなると、多様性がありすぎて合意形成が難しくなる。つまり東大工学部が優れているということではなく、小さい単位に切り分けることでデータ利活用が可能になるという一つの事例です。

八尋
今のお話は、自治体レベルか、それより小さい駅や路線、病院、学校などのコミュニティの単位であれば、トラストの仕組みが機能しやすいことを示唆していますね。スマートファクトリーなど、メーカーに加えて、協力企業も含めたコミュニティ、エコシステムでの取り組みにも応用できそうです。共通のゴールやビジョンを持っている人同士であれば、データ利活用におけるトラストが成立しやすいということなのかもしれません。

坂田
そのとおりです。日本人は、人と協力することは良いことだと教えられていて、積極的に協力しますし、その協力の意欲をうまく刺激して、流れをつくることが非常に重要です。協力・協調によりボトムアップで目標を達成できるのは、データ利活用における日本の大きな強みになると思っています。(第3回へつづく)

(取材・文=田井中麻都佳/写真=佐藤祐介)

「第3回:説明とプライバシー・ガバナンス体制の構築を」はこちら>

画像1: データ駆動型社会への道筋を探る
【第2回】トラストの肝はローカルコモンズにあり

坂田一郎
東京大学 総長特別参与/工学系研究科教授(技術経営戦略学専攻)/未来社会協創推進本部ビジョン形成分科会長/未来ビジョン研究センター副センター長。
1989年東京大学経済学部卒。1989年通商産業省(現・経済産業省)入省。主に経済成長戦略、大学技術移転促進法(TLO法)、地域クラスター政策等の産業技術政策の企画立案に携わる。この間、ブランダイス大学より国際経済・金融学修士号、東京大学より博士(工学)取得。
2008年より東京大学教授。その後、2013年より同工学系研究科教授(技術経営)。同総長特任補佐、同政策ビジョン研究センター長、同副学長・経営企画室長などを歴任。
専門は、大規模データを用いた意思決定支援、知識の構造化、計算社会科学、地域クラスター論など。「テクノロジー・インフォマティックス」を提唱している。共著に『都市経済と産業再生』(岩波書店)、『クラスター戦略』(有斐閣選書)、『クラスター組織の経営学』(中央経済社)、『地域新生のデザイン』(東大総研)、『知の構造化の技法と応用』(俯瞰工学研究所)、『東北地方開発の系譜』(明石書店)など。

画像2: データ駆動型社会への道筋を探る
【第2回】トラストの肝はローカルコモンズにあり

八尋俊英
株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、2021年より東京工業大学 環境・社会理工学院イノベーション科学系 特定教授兼務、現在に至る。

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