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多摩大学大学院 経営情報学研究科 教授 紺野 登氏/日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 統括本部長 森 正勝
2021年6月8日に開催した、日立の研究開発グループによる定期イベント「協創の森ウェビナー 問いからはじめるイノベーション」の様子をお伝えする4回連載。その2では、「社会イノベーションは、“ソーシャル”と“ソサイエタル”から成る」と説くゲストの多摩大学大学院教授 紺野登氏に、ご自身が専門とする目的工学の視点から、社会イノベーションとは何かを解説していただいた。

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「第1回:社会イノベーションとは何か?(前篇)」はこちら>

成功した世界的プロジェクトには、大・中・小の目的がある

紺野
ここで、わたしが一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)で研究している「目的工学」について簡単に紹介させてください。冒頭でも少し触れましたが、今、世界の経営者は「目的」を重視しています。では、目的を掲げるだけでなく、それを媒介にしてプロジェクトで成功するにはどうすればよいのでしょうか。過去に成功した世界的なプロジェクトを分析したところ、あるパターンが見えてきました。次の図をご覧ください。

画像: 提供:紺野登氏

提供:紺野登氏

成功したプロジェクトには、共通して大・中・小の目的があります。例えばかつてのアポロ計画の場合、おそらく大目的としては、人類のための宇宙の地の探索であったり、当時のソ連との宇宙開発競争に勝つことで冷戦を終結させるというアメリカの狙いもあったでしょう。それから小目的としては、ロケット開発の指導者フォン・ブラウンの「ロケットを打ち上げたい」という個人的な思いもありました。

重要なのが中目的です。大目的と小目的を束ねてプロジェクトを具現化する、いわば「へそ」に当たるもので、駆動目標やミッションなどと呼ばれることもあります。アポロ計画の場合、世界平和という大目的とフォン・ブラウン個人が抱く小目的をつなぐのが、「1960年代中に3人の飛行士を乗せて月を周回し、月面に着陸し、無事帰還すること」という中目的でした。

プロジェクトでは、この中目的をはっきりさせる必要があります。かつ、非常にクリエイティブな目的を設定しなくてはいけません。そのときに大きな役割を果たすのが、デザインの“綜合する能力”です。また、大目的を細分化して中目的、小目的に分けていくというヒエラルキー構造ではなく、これら一つひとつの目的がインタラクティブに作用することも肝要です。


我々は、お客さまが抱える課題をお客さまと一緒に解く「協創」に取り組んでいますが、目的工学の観点で振り返ってみると、確かにそれぞれのプロジェクトには大・中・小の目的があったように思います。

日立は今、環境価値、社会価値、経済価値の3つの価値を生み出すという大きな目標を掲げています。その一方で、たくさんのソリューションや技術を持っています。つまり、どんなプロジェクトを遂行するにも、いろいろな大目的や小目的、そして中目的を設定することができる。大事なのは、お客さまとのプロジェクトにおいて日立がきちんと価値を発揮できるかどうかです。

お客さまが抱える課題は実に複雑で、どうしてもトレードオフが生じてしまう場合が少なくありません。そういった難しい局面に立ったときに我々は、大目的、すなわち先ほど申し上げた3つの価値の創出という目標に照らし合わせて、自分たちがどう行動すべきかを考えます。

あるいは、お客さまの目的達成に向けて適切なテクノロジーを選び、活用する。「日立にはこんなテクノロジーがあるから、このプロジェクトにはこんなふうに活用してはいかがでしょうか」というご提案もできる。そういったイテレーション(iteration:短い間隔で反復して行われる開発サイクル)を通じ、お客さまの課題解決に取り組んできました。このように、振り返れば目的工学の考え方に近い経験を積んできたわけですが、それらをきちんと整理し、プロジェクトに活かしていきたいと考えています。

3段階の目的に応じた「場」づくり

紺野
森さんが冒頭におっしゃっていたように、技術そのものには、機能はあっても目的を持っていません。つまり、技術の良し悪しを決めるのは人間や社会の側です。今後はますます、技術と社会との関係を密にしていかないと、社会イノベーションを起こすことはできません。言い換えると、社会の側と科学や技術の側の人たちとが対話していく必要があって、そのための開かれた場が非常に大事になってきます。例えばこの「協創の森」がそうだと思います。


我々としても、お客さまに対してきちんと価値をお届けすることを意識しながら一つひとつのプロジェクトを進めたいという考えから、目的工学のフレームワークを使わせていただきながら、先生が代表理事を務めてらっしゃるFCAJ(※1)の活動と照らし合わせて、日立の研究活動の整理を始めています。それがこの図です。

※1 一般社団法人フューチャーセンター・アライアンス・ジャパン。イノベーションの実践に取り組む企業、自治体、官公庁、大学、NPOなどが相互連携するアライアンス組織。

画像: ※2 トポス会議:2012年、経営学者の野中郁次郎氏と紺野登氏により発足した国際会議。国内外の賢者が日本に集まり、対話を通じて将来にわたり重要となるテーマをともに発見し、パースペクティブを得る会議。「トポス」はギリシャ語で「場」を意味し、トピックの語源でもある。

※2 トポス会議:2012年、経営学者の野中郁次郎氏と紺野登氏により発足した国際会議。国内外の賢者が日本に集まり、対話を通じて将来にわたり重要となるテーマをともに発見し、パースペクティブを得る会議。「トポス」はギリシャ語で「場」を意味し、トピックの語源でもある。

紺野
2つ、わたしの知見を付け加えさせてください。

ソーシャルイノベーションに取り組む方々がよく使う言葉に、「セオリー・オブ・チェンジ」があります。社会課題の解決を目的としたNPOやソーシャルビジネスにおける事業経営の軸となる考え方のことです。このセオリー・オブ・チェンジにのっとると、プロジェクトを通じてどんなアウトプットを生むべきかが小目的にあたり、世の中にどんなコレクティブインパクト(※3)を生むべきかが大目的に、そしてアウトカムが中目的に相当します。このように、大・中・小の目的の設定がセオリー・オブ・チェンジとシンクロしているのです。

※3 行政や企業、NPOなど、さまざまなセクターの組織が協働して社会課題の解決に取り組み、インパクトを創出すること。

もう1つ、実際にプロジェクトを動かしていく際に大事なのが、先ほども申し上げた「場」の設定です。

大目的を考えるための場は、行政や企業、大学がセクターの壁を越えて意見を出し合い、未来を構想して仮説を立てる「フューチャーセンター」です。そして、個別の小目的の達成に必要な場が「リビングラボ」です。いわば社会の中にある研究機関、まさに「生きる研究所」として、市民や大学、行政が社会実験を重ね、仮説検証を行う場です。おそらく「協創の森」もかつては、あくまで会社という閉じた世界の研究機関という位置づけだったのだと思いますが、今や社会の中の研究機関としてポジショニングを変えられています。さらに、この図に付け加えさせていただきたいのが、中目的を具現化するための場「イノベーションセンター」です。企業の技術者の方々がいろいろなプロトタイプをつくる場です。

フューチャーセンターで仮説を立て、リビングラボでそれを検証し、イノベーションセンターでプロトタイプとして具現化する。これらが社会イノベーションのエンジンになると捉えると、大・中・小の目的と「協創の森」のような場がうまくシンクロするのではないでしょうか。

画像1: 問いからはじめるイノベーション-Vol.1 パーパスと社会イノベーション事業
【その2】社会イノベーションとは何か?(後篇)

紺野 登(こんの のぼる)
多摩大学大学院 経営情報学研究科 教授。一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)Chairperson理事、一般社団法人フューチャーセンター・アライアンス・ジャパン(FCAJ)代表理事、エコシスラボ株式会社代表。早稲田大学理工学部建築学科卒業、博士(経営情報学)。デザイン経営や知識創造経営、目的工学、イノベーション経営などのコンセプトを広めたほか、組織や社会の知識生態学をテーマにリーダーシップ教育や組織変革、ワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務にかかわる。また、FCAJやトポス会議などを通じてイノベーションの場や世界の識者のネットワーキング活動を行っている。2004年〜2012年グッドデザイン賞審査員(デザインマネジメント領域)。著書に『ビジネスのためのデザイン思考』、『知識デザイン企業』、『知識創造経営のプリンシプル』(野中郁次郎氏との共著)など多数。

画像2: 問いからはじめるイノベーション-Vol.1 パーパスと社会イノベーション事業
【その2】社会イノベーションとは何か?(後篇)

森 正勝(もり まさかつ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 統括本部長。1994年、京都大学大学院工学研究科修士課程を修了後、日立製作所に入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事した。2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取りまとめたのち、日立ヨーロッパ社CTO 兼欧州R&Dセンタ長を経て、2020年より現職。博士(情報工学)。

画像3: 問いからはじめるイノベーション-Vol.1 パーパスと社会イノベーション事業
【その2】社会イノベーションとは何か?(後篇)

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーションセンタ 主管デザイン長。日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。

「第3回:パーパスとは何か?」はこちら>

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