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仕事の選び方についての質問に、「ダメそうなほうを選ぶ」と話す荒俣氏。生い立ちやドラマの影響でそうしたルールを作ってしまったと話すが、結果としてそれが今につながっている。荒俣氏は「人生どちらに転んだとしてもおもしろい方を選ぶのがいい」と説く。

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仮の世なのだから負けてもいい

山口
先生は人と争わず好きなものを追求してきたことで、『世界大博物図鑑』の編纂から、『帝都物語』のような小説の執筆、ミュージアムのプロデュースなど、ワイドレンジなお仕事をされるようになったわけですが、仕事の選び方、優先順位のつけ方といった仕事の目利きについては、どのような基準をお持ちなのでしょうか。

荒俣
きれいな言い方をすれば、好きなものをやる、ということなんでしょうけれど、実際に自分がこれまで生きてきた中で、仕事を選ぶ判断を迫られたときの原理原則は一つしかありません。「ダメそうな方を選ぶ」ということです。

山口
雪男やネッシーを探しに行くということですね。

荒俣
はい。その話題の中でも言いましたけれど、ダメそうなものというのは、万一当たるとえらいことになる可能性があるわけです。そういうことをおもしろいなと思ってしまうんですね。つまりは「物好き」ということです。

そうした考え方の源は、やはり子どもの頃の環境にあるのかもしれません。僕は東京の下町の生まれで、両親には学歴もないし、本なんか一冊もないような暮らしでした。周囲の家も似たような暮らしぶりで、戦争に敗れて心が折れたお父さん方が昼間から酒を飲んでいるような家が多かったので、どうせこの世はろくなものではない、と思いながら育ちました。

そんな中で何が心の支えだったかといえば、たった一つですよ、「この世の中は仮の世だ」というふうに考えること。仮の世なのだから、ダメなこともダメじゃないこともそれほど変わりはないという世界観がまず前提として植えつけられた。

さらに高校3年生の頃、受験勉強を頑張らなければいけないときに、たまたま見始めて受験勉強よりも優先してしまった二つのテレビドラマがありました。一つは先日亡くなった田中邦衛さんが主人公を務めた『若者たち』。社会の現実を見せつけられたというか、社会に出て生きるというのは大変なことで、どう転んでもろくな結果にはならないだろうと思ってしまったんですね。

山口
当時はかなり話題になったそうですね。

荒俣
もう一つは『新撰組血風録』。原作は司馬遼太郎の同名の短編小説集で、彼の代表作の一つですね。歴史的に見れば新撰組というのは負け組なわけですけれど、司馬遼太郎は局長の近藤勇ではなく土方歳三をメインに据えて、あの激動の時代に時流と反対の流れに乗り、一か八かで自分の人生を変えてみようとする志士たちの姿を描いた。

これは江戸っ子特有の判官贔屓とも関係がありそうですが、そのドラマを見て、そういう「天邪鬼精神」のようなものを貫いたらかっこいいんじゃないかと思ってしまったわけです。それで、土方歳三的な生き方をめざそうと。つまり強い方よりも最後にひっくり返せそうなほうに与するという選択のルールのようなものが、自分の中にできてしまったんです。

画像: 仮の世なのだから負けてもいい

無駄だった社員が会社のPRを依頼される

荒俣
実際わが家は貧乏で、すでに負け組でした。しかも好きなことは幻想怪奇文学という、ニッチなものでした。そこへさらに一つや二つ負け要素が加わってもたいした違いはないだろうと思ったわけです。このことがさらに、隙間産業に傾注していく内的なモチベーションになったと思うんですね。

山口
なるほど。『新選組血風録』は、何というか切ない物語でしたけれど、そこから人生訓を得たというのが荒俣先生らしさですね。

荒俣
サラリーマンの頃には、作家稼業も並行してやっていたので、会社からは胡散臭く見られていたようです。だから会社が左前になって人員整理をしなければならない状況になったとき、真っ先に肩を叩かれた。「君は原稿も書いているらしいし、もうサラリーマンはいいんじゃないの」と。そう言われてしまうと天邪鬼精神で、危なくなった会社を捨てるようなことはどうもかっこよくないと思ってしまったんですね。それで、「いや、私は書く方を捨てて、ここにいます」と宣言をして(笑)。

山口
人事担当者としてはヤブヘビだったわけですか。

荒俣
ええ。けれどもおもしろいことに、この何度もクビにされかけた無駄な社員が、退社して20年ほど経ってテレビで知られるようになったら、会社のPRに協力してほしいと頼まれた。

山口
「アラマタ鮭缶」がつくられたのですね。

荒俣
そうなんです。皆さんあまりご存知ないでしょうけれど、今のサケ缶は沖で捕ったサケを冷凍して陸まで運んでから工場で加工していますが、昔のサケ缶は捕ったらすぐ洋上で缶詰に加工していました。冷凍していないので味がよかったのですよ。それを復活させるプロジェクトで「アラマタ鮭缶」を限定発売したんです。

僕ね、それを見て、やっぱり好きな道を選ぶべきだと実感しました。人生いつどこでどう引っくり返るかわからないですから。

山口
そうやってひっくり返せるのは、やはり先生が好きでないことでも楽しんで好きにしてしまう力、逆境や乱気流をプラスに転換してしまう力をお持ちだからでしょう。われわれはせめてそうしたモチベーションの保ち方だけでも見習いたいと思います。

荒俣
やっぱり、人生どちらに転んだとしてもおもしろい方を選ぶのがいいと思います。勝ち馬に乗るだけが成功の秘訣ではありませんから。

画像: 無駄だった社員が会社のPRを依頼される

(取材・撮影協力:角川武蔵野ミュージアム)

画像1: 好きなことを学び、無駄を楽しむ
知の巨人が伝える、人と争わずおもしろく生きる知恵
【第5回】仕事の目利きは「ダメそうなほうを選ぶ」

荒俣 宏(あらまた・ひろし)

1947年東京都生まれ。博物学者、小説家、翻訳家、妖怪研究家、タレント。慶應義塾大学法学部卒業後、日魯漁業に入社。コンピュータ・プログラマーとして働きながら英米の怪奇幻想文学の翻訳・評論活動を始める。1987年『帝都物語』で日本SF大賞を受賞。1989年『世界大博物図鑑第2巻・魚類』でサントリー学芸賞受賞。テレビのコメンテーターとしても活躍中。神秘学、博物学、風水等多分野にわたり精力的に執筆活動を続け、その著書、訳書は350冊以上。稀覯書のコレクターとしても有名である。

画像2: 好きなことを学び、無駄を楽しむ
知の巨人が伝える、人と争わずおもしろく生きる知恵
【第5回】仕事の目利きは「ダメそうなほうを選ぶ」

山口 周(やまぐち・しゅう)

1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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