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コロナ後の社会とビジネスにおいてはデジタルに頼る部分も大きいが、便利過ぎることは必ずしも幸せに繋がらない。苦労しなくなった分、便宜性の危機感を感じるので、どこかで一度原点に戻ってみたいと語るヤマザキ氏。対して、企業の価値と人々のQoL(Quality of Life)を高めるためには、人の倫理観をしっかり稼働させ、便利と不便、デジタルと人間の共生にも繋げたいと語る德永。
「便利」と「不便」が共存する社会。それは、デジタルとアナログが共生し、そこに人間が介在することで、かつて江戸時代に「寛容な社会」を営んできた日本人だからこそ築ける「新しいデジタル時代」である。「不便」は「想像力」を、「人間力」を駆り立てる。共通するデジタルへの期待の根底に、「最後は人」の問題であることが語られます。

「第1回:ITの発展には理系の知と文系の知が重要」はこちら>
「第2回:コロナ禍で見えた現実とお国柄」はこちら>
「第3回:パンデミック後の社会を良くするために」はこちら>

ITは人間の想像力を駆使できるものが理想

德永
ヤマザキさんはかなり早い時期からデジタルを駆使して作品を描いていたとお聞きしています。そのきっかけや使い勝手を教えてください。

ヤマザキ
シリアに住んでいた2003年頃までは、紙の原稿用紙に描いて日本に送っていたのですが、締切日を考慮すると一週間前には仕上げて発送しなくてはなりません。面倒だなと感じていた時にデジタル処理とメールによる送信のほうが圧倒的に効率が良いということを知り、すぐにやり方を変えました。今はすべてiPadで描いて、瞬時にデジタル入稿しています。これだと、締切り当日に送ることも可能になります。

ただ、デジタル処理だと、いろいろと便利になり過ぎてしまって、それに対する危機感があります。以前なら消しゴムでいちいち消して描きなおしていたのに、今ではいかようにも調整ができる。楽だけど、どこかで画学生だったころの不便性を求めている自分もいます。漫画はある程度までやったら、昔のように油絵に戻したいと思うこともあります。

德永
ITは、とかく便利な世界を実現するとか、人々のQoLを高めるためには便利であればあるほどいいと思いがちですけど、便利過ぎることは、必ずしも幸せに繋がっていないとのご意見は、大変重要な示唆だと思います。

ヤマザキ
そうなんです、便利が全ての解決にならない。

私はITを、ひとの想像力を手助けしてくれてうまくできるところまでは使いたい。ITを導入する塩梅を調整しつつ、もうこれ以上必要ないかもと感じたら、そこできっぱり食い止める。デジタルとアナログを相互で使いこなしたほうが実は良い結果が出る場合もある。ということを踏まえると、これから先はITをそういうように使って行く人が増えていくんじゃないでしょうか。

德永
意識的に不便なところがあったほうが、逆に言うともしかしたら幸せ度は上がっているかもしれない。そういうことなんですね。

ヤマザキ
はい。人間が本来持っている力を上手に引き出すとでもいいましょうか。ITに全部助けてもらうと脳は当然ながら怠惰になってしまいます。でも場合によっては「自分の出番なの?」と脳が嬉しそうに立ち上がる快楽ってあると思うのです。「よし、じゃあここでは自分の知恵を働かせてみるか!」みたいに持ち前のアナログ機能を優遇してくれる、そんなテクノロジーとの共生があればいいのにと思っています。

幸せ度を上げるには歴史を知ること

画像: 幸せ度を上げるには歴史を知ること

德永
日立は今、ふたつの価値を高めることに取り組んでいます。ひとつはお客さまの企業価値を高めること。もうひとつは人々のQoLを高めることです。利便性の追求やリアルタイム性、完全性を向上させる世界を追い求めることは、まさにデジタルが貢献できることであり、企業価値を高める上では有効だと思います。

しかし、人間はそれらとは違う軸でやらないと便利なことが必ずしもハピネスに繋がらない。意識的に不便なところがあった方が、幸福度は上がるかもしれないということを忘れてはならないと思います。

ヤマザキ
そうですね。知性を稼働させなければならない状況もあったほうが、勉強という努力によって培われた自尊心みたいなものも満足できると思うのです。良質の自尊心は努力という謙虚さがあってこそのものだと思いますから、それにはやはり様々な角度から人間を知る必要があるし、芸術など経済とは直接的に結びつかない文化的な要素を取り込む必要もあるでしょうね。

德永
おっしゃる通り、最後は人ですよね。人は過去どんなことを考えて、どんなふうに生きてきたのか、そういう人の営みを知らない限りにおいては、人の幸せやQoLを上げることには、なかなか繋がりませんね。

人間力が試されている

画像: 人間力が試されている

ヤマザキ
最近、『人新世の「資本論」』(集英社)の著者である齋藤幸平さんと対談をする機会があったのですが、彼はこの著者の中でも生産性や経済が人間にとって絶対的な解決策ではなく、ときには原始的な物事の捉え方も必要であると、『資本論』を記したカール・マルクスを通じて説いていらっしゃいます。確かに今は「テクノロジー=脳など人間の機能の代替」というのが当たり前になっていますが、私はどうしてもそこに危機感を感じてしまう。脳を稼働させられなくなった人間は、自分でものごとを考える能力が衰え、理性も倫理もない野蛮な原始人のようなものと化していくでしょうね。

德永
最終的には私たちの脳みそ、倫理観があってのことですね。AIの判断を倫理的な視点から評価するようにする。そこがきちんと稼働できるようなテクノロジーにしていく。つまり、共生が大事なのです。

ウイズコロナも、コロナとの共生ですから。今の時代はデジタルとどう共生するかという話ですし、全体のバランスをうまく整えることができたら、多分ビジネス的にも成功するし、人にとっても暮らしやすい社会になると思います。環境問題もまさに共生をどう考えるかということだと思うので、すべてはそこですね。

落語に出てくるようなかつての江戸庶民のような、寛容な社会を営んできた日本人だからこそ築ける新しいデジタル時代があるわけで、その人間力が試されているのかもしれませんね。

画像1: <対談>ポストコロナの社会とビジネス
【第4回】デジタルへの期待、その根底にあるもの

ヤマザキマリ Mari Yamazaki

1967年、東京都生まれ。1984年に渡伊。国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵と美術史を専攻。東京造形大学客員教授。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリアと日本で暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞。第14回手塚治虫文化賞短編賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ授章。主な漫画作品に『スティーブ・ジョブズ』、『プリニウス』(とり・みきと共作)、『オリンピア・キュクロス』など。文筆作品に『国境のない生き方』、『仕事にしばられない生き方』、『ヴィオラ母さん』、『パスタぎらい』など。

画像2: <対談>ポストコロナの社会とビジネス
【第4回】デジタルへの期待、その根底にあるもの

德永俊昭 Toshiaki Tokunaga

1990年、株式会社 日立製作所入社、 2021年4月より、日立製作所 代表執行役 執行役副社長 社長補佐(システム&サービス事業、ディフェンス事業担当)、システム&サービスビジネス統括責任者兼システム&サービスビジネス統括本部長兼社会イノベーション事業統括責任者/日立グローバルデジタルホールディングス社取締役会長兼CEO。
2021年4月からは米国駐在から帰国し、国内拠点からグローバルビジネスを指揮している。

「第5回:日本は、日立は、ポストコロナで何ができる」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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