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※本記事は、2021年2月4日時点で書かれた内容となっています。

「ゴーイングコンサーン」という言葉がスキな経営者がよくいます。やたらと「企業がゴーイングコンサーンである以上、経営には長期的視点が必要だ」とか言うのですが、言うだけなら簡単です。問題は、「長期的な視点に立った経営」というものが何を意味しているかです。「長期的な視点に立った経営」とは本当のところ何が違うのか。

四半期は短期で、3年は中期で、5年以上は長期といった分類もあるようですが、これは物理的な時間に注目しています。四半期単位の目先のことに明け暮れていて、それを10年間40四半期続けても、結局のところ「短期的な視点に立った経営」の繰り返しに過ぎません。

人間はだれしも目先の日常や生活に翻弄されます。そんなに先のことは分からないので、放っておくといつの間にか短期に流されていく。これはもう人間の性(さが)だと思います。みんなが短期に流れていく中で、それを長期視点に立った行動に引き戻していく。ここに経営者の一つの重要な役割があると思います。視点が長期か短期か。ここに「普通の人」とリーダーの分かれ目がある。

以前ブランディング対ブランデッドという話をしました。「ブランディング」というと、しばしば広告代理店とプロジェクトを組んで何かSNSでバズらせるとか、話題になるプロモーションを仕掛けるという話になります。しかしブランディングがめざす本筋は、長期視点から振り返ったときに「ブランデッド」という状態をつくることです。

例えばDX(デジタルトランスフォーメーション)の担当者は、その仕事の結果を出すことで頭がいっぱいになり、すぐに手段が目的化して、DX推進という至上命題に短期的に取り組みがちです。これを引き戻すのが、長期的な視点を持つ経営者の役割です。

経営者にとっての「長期」というのは、「物理的な時間の長さ」ではなく、「論理的な時間の奥行き」だというのが私の見解です。長期的視点に立って5年先を考えようとか、いやもっと長期で10年先まで考えようというのは、物理的な時間の長短を言っているだけです。仮に物理的な時間で3年先のことでも、時間的な奥行きをもって考える。まずはこういうことをすると、こういうことができるようになって、次にこういう道が開けるので、ああなって、こうなるともっと商売がうまくいくはずだ――論理のつながりを先へ先へと伸ばしていく。これが経営者の持つべき長期的な視点ということです。

私が仕事をしている競争戦略の分野で言いますと、戦略のストーリーというのはゴールから逆算してつなげていくものです。誰もがそうだよねと思える論理でつながっている。そこが大切です。本は最初から順に読んでいきますが、戦略ストーリーはエンディングから読んでいく。エンディングから逆算して、そのためにはここに到達しなければならない、そのためにはこういうことができなければならない、そのためには――というように論理をつなげていくわけです。それが実際そうなるかどうかは、やってみなければわかりません。しかし、事前に時間的奥行きのある戦略ストーリーの構想があるのとないのとでは大きく違ってきます。

論理は必ず時間を背負っています。XがYをもたらすということは、XがYに時間的に先行して起きているということです。そこには必ず時間軸が入っている。優れた戦略は定義からして「長期」になる。極論すれば、「短期の戦略」というのは語義矛盾だと思います。

画像: 経営における「長期」の意味-その1
物理的時間と論理的時間。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:トレードオフをトレードオンに転化する。」はこちら>

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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楠木健の頭の中

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

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経営戦略としての「働き方改革」

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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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