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※本記事は、2020年8月5日時点で書かれた内容となっています。

今回はしびれる戦略のロジックの例を3つほどご紹介したいと思います。まず最初は、スティーブ・バルマーの若いころのエピソード。バルマーさんは2000年から2014年までマイクロソフトのCEOだった人で、ビル・ゲイツの大学の同級生です。ビル・ゲイツは、今では世界を代表する慈善家ですけれども、マイクロソフトでばりばりやっていた頃はものすごい競争的で攻撃的で野心家の経営者として知られていました。いかにも友達が少ないタイプ。一方のバルマーは大学でも人気者で、ビル・ゲイツは彼を自分の会社に誘ったそうですが、バルマーは断り、P&G(ザ・プロクター・アンド・ギャンブル・カンパニー)に就職します。

バルマーはP&Gに入社する前に、ケロッグ社で学生インターンを経験しています。その時の仕事が、スーパーマーケットでケロッグのコーンフレークをもっと売るための販促を考えなさい、というものだったそうです。ただし、予算はごくわずか。その仕事で、バルマーはコーンフレークの売り上げを本当に伸ばしました。彼はいったい何をやったのか。

スーパーマーケットの売り場では、割り当てられた棚にコーンフレークが置いてあるだけです。そこには、本屋さんの本のように背表紙に当たる面をお客さまの方へ向けて、コーンフレークが並べてありました。売り場のバイトの補充要員にとっては、その方が何個売れていてどれだけ補充が必要かすぐにわかるし、補充する作業も楽なわけです。だから当時の棚は、そうやって商品を並べていた。

バルマーは、その店の品出し担当に交渉して、ケロッグのコーンフレークは面積の広い表の面をお客の方に向けるように話をつけます。今本屋さんに行くと、売れ筋の本は背表紙ではなく表紙面をお客側に向けてディスプレイしていますが、あれをやったわけです。そうすると、お客から見た時のパッケージの認知が上がる。ケロッグのコーンフレークに自然と手が伸びて、売上も上がるという成り行きです。

この話のどこにしびれるのか。まず、バルマーは何のコストもかけていません。また、ほとんどの人が見逃していた顧客や従業員の心理や行動を洞察した上で、パッケージの向きを変えさせた。言われてみれば当たり前のことですが、誰も気づいていなかった。しかもそれで商品が確実に売れる。このロジックが実に太い。非常に単純だけど効果的。ロジックに蓋然性がある。ここに僕はしびれるわけです。

次の例は吹野博志さんという僕の大先輩で、日本のデル(現:デル・テクノロジーズ株式会社)を立ち上げた方から聞いた話です。デルは直販で顧客とダイレクトにつながっているという「ダイレクト戦略」で当時注目されていました。パソコン市場が立ち上がる頃ですから、ほとんどのお客さまは初心者です。そうすると、電源の切り方が分からないとか、初歩的な操作でつまずいた多くの人がカスタマーサポートに電話をかけてくるわけです。当時は日本の多くのメーカーもパソコンを販売していましたが、どのメーカーのカスタマーサポートも電話が込み合ってつながらない。顧客の多くはサポートに不満を持っていたといいます。

そんな時にデルは、「99%つながります」「しかもつながったその場で、必ず問題を解決します」という約束をしていた。メーカー直販だけでなく、顧客サービスでもダイレクトにつながっているというわけです。パソコンメーカーにとって最大の問題だったカスタマーサポートを、デルは自社のセールスポイントにしていました。これは、なぜなのか。

デルがそれだけカスタマーサポートのスタッフを大量に雇用していたとしたら、それは単にコストをかけているだけ。ロジックとして面白くありません。デルに99%電話がつながる理由は同社のターゲット顧客の絞り込みにありました。当時のデルのターゲットは、大規模法人です。もちろん個人も買えるわけですが、そちらへのプロモーションは一切なし。大きな会社がデルのウェブサイトにアカウントを開いて、そこから大量に繰り返し買ってもらう。それがデルの戦略でした。

大規模な会社であれば、パソコンの電源の切り方がわからない、調子が悪い、フリーズした、そういうことが起きれば、大体自分の周りにいる一番詳しい人に聞きます。そこで、問題の9割は解決する。それでも解決がつかない問題が発生した場合には、その会社のITシステム部門に行くわけです。そこには専門家がいる。当然大体の問題は解決します。それでも解決しない特殊な問題だけが、ITシステム部門の担当者からデルのカスタマーサポートに問い合わせとして来る。つまり、そもそもカスタマーサポートにかかってくる電話の数が、比較にならないほど少ないということなんです。しかも、カスタマーごとにデルにはアカウントがあり、顧客企業の事情をよく知っている担当者が対応します。当然、問題解決が迅速に進みます。この話を吹野さんから聞いた時には、しびれました。「なるほどね……」の余韻強度が大きいわけです。

3つ目の例は、その1でも触れたワークマンです。 “透湿レインパーカーSTRETCH”はもちろん、高機能の超軽量スニーカーが900円とか、ワークマンのユニークな商品が話題として取り上げられます。もちろんそれはすごいことですが、商売は“作る”ことと同等に“売る”ことも重要です。正確にいえば、作るよりも売るほうが何倍も大切です。ワークマンの戦略には、この売り方、店舗の運営にしびれるポイントがあります。

ワークマンの店舗は46都道府県、868店舗(2020年3月現在)に広がっています。ターゲットは現場のプロ顧客ですから、彼らはいつも使っている地下足袋や作業着、作業用の手袋などを補充するためにワークマンに来るわけです。しかも、現場への行き帰りに必要なものを買いに来る。目的買いですから、お店は幹線道路沿いの一等地である必要はない。土地のコストが安い場所で問題はありません。したがって、出店コストを抑えられる。

ワークマンは、フランチャイズ方式で店舗展開をしています。さまざまなフランチャイズチェーンがありますが、ワークマンはその中でオーナー(フランチャイジ―)の負担が圧倒的に少ないのだそうです。つまり、毎日の仕事が楽。お客が来る時間というのは、現場の行き帰りなので朝と夕方に集中します。しかもその大半は、いつも使っているものの補充なので、値札すら見ない。お客の方が商品知識を持っているので、お店側が商品に精通している必要もない。開店5分前に出勤して、閉店5分後には退社できる。老夫婦2人で、お店をちゃんと回していける。

6年ごとにフランチャイズの契約を更改するそうですが、高齢で引退する人を除いて契約更改率は100%に近いといいます。しかも、皆さん子どもにお店を継がせたいと思っていて、3世代連続でオーナーをされているお店もあります。

面白いことに、ワークマンは工具を売りません。値段が高くて利幅が大きいのに、工具は取り扱わない。なぜかといえば、お店の仕事が大変になるからです。専門の工具というのは、お客に説明ができる商品知識が必要です。しかもメンテナンスなどアフターサービスで手間隙がかかります。これは店長や従業員に負担をかけることになるので、工具には手を出さない。

ワークマンのように、商品の企画や開発から顧客に売るところまで、ひとつひとつが明快で頑健なロジックでつながっている。実に首尾一貫した戦略ストーリーで、知れば知るほど余韻強度が増す。これぞまさにしびれる戦略です。

画像: しびれる戦略-その3
「しびれるロジック」の3つの例。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第4回:ブックオフの『出し切り』戦略。」はこちら>

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