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※本記事は、2020年8月5日時点で書かれた内容となっています。

僕は競争戦略という分野で仕事をしています。企業や商売の在りようをじっくり見て、自分なりの考えを人さまに提供するという仕事です。私見では、世の中の多くの人は、経営や商売の表層に目を奪われて、その深層にある本質を見過ごしているように思えます。表層にあるものといえば、なんといっても「業績」です。高い業績を上げている注目企業とか、反対に売り上げや利益がガックリと減った企業が「危機的状況に陥っている」とか、ニュースサイトにはそういった情報が毎日のようにアップされます。

他にぱっとみんなが目を向けるものといえば、商品やサービスです。目新しい商品やサービスは、このデジタル社会では瞬く間に注目を集めます。そしてこの表層にある2つが重なると、「すごい商品で高業績!」という話で終わってしまう。

忙しく仕事をしているビジネスパーソンにしてみれば、「そんなことをいちいち考えている時間なんてないよ」ということなのでしょうが、競争戦略を専門にしている僕からすると、これは非常にもったいない。なぜなら、一番おいしいところは「表層」ではなく「深層」にあるからです。なぜそういう競争力のある商品ができたのか、これは深層にある戦略を見ないと理解できません。表層だけしか見ないというのは、僕からすると「てんぷらそばのてんぷらを残してしまう」くらいにもったいないことだと思います。

具体的な例をあげてみましょう。これを書いている時点での注目企業のひとつにワークマンがあります。ご存じのように、ターゲットは工事現場で働くプロ顧客。作業着などを中心にしたワークウェアを製造・販売している会社です。収益力を測る指標として、僕はいまのところROIC(投下資本利益率)がもっとも適切だと思っていますが、ワークマンのそれは15.8%(2020.8.11時点)と高い水準にあります。

表層にあるもうひとつの商品を見てみますと、独自の競争力のあるヒット商品を連発しています。例えば “透湿レインスーツSTRETCH”。現場で作業をする人にとって重要な機能である防水性はもちろん、蒸れない透湿性もあり、かつストレッチが利いていて、上下で4,900円です。こんな高機能商品がこの値段なので、プロ顧客だけではなくアウトドア愛好家やバイクに乗る人たちといった一般の消費者にもよく売れています。いまでは一般消費者の売り上げが全体の15%くらいまで伸びてきています。

ただ、誰もが競争力のある独自の商品を作りたいと思っているわけです。なぜ、ワークマンにはできて、競合他社にはできないのか。ワークマンがこういう強い商品で業績を伸ばしていることは、見ていれば誰でも分かるのです。にもかかわらず、なぜ同じことができないのか。この問いに対する答えは、ヒット商品や業績の裏側にあるワークマンをよくよく見なければわかりません。誌面が足りなくなってしまうので、これ以上の深堀はやめておきます。ご興味のある方は、こちらの記事をお読みください。

僕の場合、深層にある戦略を自分なりに納得するまで考えるということを日常の基本動作にしています。競争戦略という僕の視点からして、面白い業界や企業と、そうではないものがありまして、例えば製薬業界は、個人的な好みでいえば、僕にとってはあまり面白くない。今期待されている新型コロナウイルスのワクチンや特効薬は、いずれ開発されるでしょう。開発に成功した企業は、ほぼ間違いなく業績が伸びるでしょう。ただ、こうした業界では特許を取れるような技術や商品一発で競争力が説明できてしまいます。開発の過程ではさまざまなドラマがあるにせよ、商売としては僕にはあまり面白みがないのです。

その点、ワークマンは実に面白い。成熟したワークウェア業界、しかも主戦場は国内市場です。非常に競争が激しい中で、優れた戦略でがっつり儲けている。つまりは、「しびれる戦略」なんです。「しびれる戦略」なんてただの主観じゃないか、それでも学者か、とお叱りを受けるのですが、僕にはこの「しびれる戦略」という表現がとてもしっくりくるんです。以前にもこのEFOで「しびれる」について触れました。「しびれ」とは全身で反応する嘘偽りのない心の動きです。しびれる戦略に出会い、その戦略の深層にあるロジックを解明する。これが僕にとって一番面白い仕事です。

例えばエレコム。パソコンやスマホの周辺機器を扱っている会社です。スマホのアクセサリーであるとかケーブルとか電源タップであるとか、差別化が難しく利幅も薄く競合も激しい商品です。しかも売り場は家電量販店やAmazon。一見して儲かる要素がなさそうな商売です。そんな業界で、エレコムは断トツの業績を上げています。これはいったいどうしたことか――私的専門用語で「エレコム問題」と呼んでいますが、こうした問題こそ競争戦略が本領を発揮できるところです。「エレコム問題」を解き、その背後にあるロジックを抽出して提供する。ここを僕は仕事の本丸と心得ております。

表層にある商品力は大切なのですが、それ単体で圧倒的な価値を作ることには当然限界があります。だから個別の要素をつなげた「ストーリー」、ここに優れた戦略の本質があるというのが僕の年来の主張です。

戦略ストーリーを構成しているつながりは、ロジックです。こういうことをしているからこうなるとか、これができる。ひとつひとつのロジックでストーリーは成り立っています。「しびれる戦略」の何にしびれているのかといえば、このロジックにしびれているわけです。

ロジックは「突拍子もないこと」ではあり得ません。多くの人が「そうだよね」と思えるのがロジックですから、言われてみれば当たり前のことなんです。しかし、言われるまでなかなか普通の人は思いもよらない。ここに「しびれる戦略」の正体があると僕は考えています。

画像: しびれる戦略-その1
深層にロジックあり。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:一石多鳥。」はこちら>

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