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※本記事は、2020年5月12日時点で書かれた内容となっています。

今回は、新型コロナウイルスの流行についての僕の考えをお話ししたいと思います。今後どうなるか、まだ分からないことが多いのですが、これを書いているのは2020年5月12日です。このことを念頭に置いてお読みください。

今年の2月頃にコロナの話が出てきてからというもの、どうやって対処するかという話題にすぐになりがちなのですが、こういう時には「これは要するに何なのか」というwhatを先に考えた方がいい。コロナに対する僕の基本的な認識と視点は、今年の3月ぐらいの初期から変わっていません。それは、少なくとも日本では、新型コロナウイルスの流行は「危機」というよりも「騒動」というものです。

騒動という言葉を使うのは、1918年の「米騒動」からの連想です。歴史で習ったのを覚えている人も多いと思います。「米騒動」というのは、米が枯渇して食糧危機が発生したという本当の危機ではありませんでした。

この頃になると、市場メカニズムが日本中にかなり行き渡っていて、一部の経済主体が投機的な行動を取ったことで、米の価格が急速に上昇した。それによって、普通の人々が「これでは生きていけない、どうしてくれるんだ」という危機感を募らせて、各地で暴動が起き、一時的に社会が混乱したというものです。「米騒動」の真因は、本当に米の絶対量が不足したことではなく、人間社会のメカニズムにあります。ですから、「米危機」ではなく「米騒動」というわけです。

コロナにはこれと似ている面があります。「コロナ危機」というほど疫病それ自体の殺傷力は強くありません。スペイン風邪のパンデミックのときのように世界中で何千万人もの人が死んでいるわけではない。3月ぐらいには、「もはや戦争だ」と言う人もいましたが、それはちょっと言い過ぎだと思います。

コロナは目で見ることができないし、ワクチンや特効薬もまだない。「見えない、手がない、だから怖い」というのが、新たな疫病の特徴です。そういう状況に直面したとき、そのリスクを過大に受け止めて、ある種の過剰反応が起きるのは人間社会の常です。こうなると、株価の大幅な値下がりとか、失業者の増大、中小企業への経済的な影響といった恐ろしい話がどんどん出てきます。そういう意味で、コロナという疾病それ自体がもたらす危機ではなくて、人間社会がある意味勝手に増幅させた「コロナ騒動」だと理解した方が実態に近い。

こういうことになると、「100年に1度の危機」という話に必ずなるのですが、21世紀に入ってからの20年だけでも、「100年に1度の危機」はもう8回ぐらい起きています。人間の世の中というものはそういうものです。

危機ではなく騒動。この前提でコロナに対してどう構えるか。僕が打ち立てた3原則は、第1に「死ななければいい」。第2に「何がコントロールできて何ができないのかを自分の頭で線引きする」。第3に「コントロールできないことについては一切じたばたしない」です。コントロールできないものをコントロールしようとするところに、いろいろな問題と不幸が生まれる。コントロールできないものをコントロールしようとするところから騒動が増幅します。起こったことは仕方がない。とりあえず死ななければ何とかなる。まずはジタバタしないで冷静に実態を見極めることが大事です。

一番重要な指標は、いうまでもなくコロナの殺傷力です。例えば人口10万人当たり何人が死亡するのか。国や地域によって死亡のリスクは大きく異なりますが、感染者数と比べるとサンプルバイアスを受けにくいので、今の時点ではもっとも信頼でき、しかも比較可能なリスク指標です。死亡者がいちばん多いのは、現時点ではアメリカです。死亡者数は約8万人(5月12日現在)と発表されています。ただし、です。2017年のアメリカのインフルエンザによる死者は6万人以上出ています。つまりコロナとインフルエンザに、それほど大きな違いはない。

この殺傷力の相対比較というものに関して、いろいろ調べてみました。人口10万人当たりで見ると、100年前のスペイン風邪で676人が日本で死亡しています。これは確かに大きな数字です。1957年のアジア風邪では、10万人当たり5.7人です。2018年の日本でのインフルエンザの死者数は、10万人当たり2.63人。2019年もインフルエンザは流行し、1月には平均して1日54人が亡くなったんですね。それでも、「本日のインフルエンザ死者数」が棒グラフで毎日メディアで報道されるということはありませんでした。

仮にコロナウイルスによる日本の死者が6月末までに1,000人ぐらいになったとして、人口10万人当たり0.79人。2018年のインフルエンザの方が、死者の数は多いのです。これが2017年のアメリカのインフルエンザになると、10万人当たり18.64人ですから、かなり殺傷力は高い。

志村けんさんが亡くなった、岡本行夫さんが亡くなったという出来事があると、あんなに元気だった方が突然に……というインパクトがあります。急死は実に恐ろしいものです。

インフルエンザ以外の急死をもたらす疾病と比較してみます。よく言われるのは急性心筋梗塞ですが、日本における人口10万人当たりの死者数は約30人です。脳内出血では、約25人。クモ膜下出血では約10人です。しつこいようですが、コロナで1,000人が亡くなったとしても、この数字は0.79人。突然死のリスクとしてはこうした疾病の方がはるかに怖いはずですが、普通の人は脳内出血やクモ膜下出血というリスクにおびえて暮らしてはいません。

疾病以外の突然死と比較した場合、どうなるのか。たとえば自殺者は、少し前のデータですが10万人当たり18.5人で、日本は世界平均を上回っています。その一方で他殺、日本は10万人当たり0.24人なんですね。調べていてすごいなと思ったのは、日本より他殺リスクの低い国というのは世界で5つしかないんです。それがどこなのかというと、モナコ、バチカン、リヒテンシュタイン、アンドラ、シンガポール。つまり都市国家のような国しか下にはいないわけで、日本は本当に治安がいい国なのだと改めて痛感しました。これは大いに誇るべき数字で、日本は外国に向けてこの数字をもっと積極的に発信するべきだと思います。

マニアックなところでは落雷。さすがにこれで亡くなる人は年間3人ぐらいで、人口10万人当たり0.002人なんです。僕が調べた数字で、コロナよりリスクが小さい突然死は水難事故(0.54人)、他殺と落雷ぐらいです。交通事故は2.51人、熱中症は1.25人ですから、コロナは現実の殺傷力より過剰に怖れられている。ただ感染症で、見えない、手がないから怖く見える。他殺や落雷のように(事前には)完全に見えなければ恐れて暮らすということもないのですが、少し見えるというか、影がちらついている。こういうのが主観的にはいちばんリスクを感じさせ、したがって大きな騒動になるわけです。

コロナに限らず、自分なりに考えて、一体それが何なのかを規定した上で、だとしたらどうするか、大きな出来事が起こったときはこの順番が大切だというのが僕の考えです。これが「冷静に受け止める」ということだと思います。

画像: コロナ雑感-その1
コロナは「危機」というより「騒動」。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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