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株式会社 日立製作所 フェロー兼未来投資本部ハピネスプロジェクトリーダ 矢野和男 / 精神科医 名越康文氏
精神科医・名越康文氏と日立の矢野和男による対談の第3回。幸福度が高く、事故が少ない組織を作るには、一人ひとりが「心理的安全性」と「心の資本」を高める必要があると矢野は説く。(この対談は2020年3月3日に東京国分寺の日立製作所中央研究所で行ったものです。)

「第1回:幸せとは生理現象である。」はこちら>
「第2回:想像力という、人類の強み。」はこちら>

組織が高めるべき、対話の頻度と「心理的安全性」

矢野
我々が取得してきた加速度データが物語っているのですが、同僚と何時間対面したかよりも、何回対面したかの方が重要です。1週間に1回まとめて1時間会話するよりも、5分でもいいから毎日1回会話がある組織のほうが、幸福度が高いのです。

名越
それは体験的にすごくわかります。じっくり時間をかけるよりも、ちょっとした気さくな会話を繰り返している方が親しみが増します。あと、僕は社会に出た教え子に「師匠を持った方がいい」と言っています。師匠を持ったら、詰めた話をするよりも一緒にお茶するか一緒にメシを食べる。何時間もかけて教えてもらう必要はないと。会うたびに軽くお茶するかご飯を食べて帰ってきたらええと。すると、師匠に会うたびに何かの能力が伸びるんですよ。

矢野
かつ、近年、職場環境という文脈でよく使われている概念に、ハーバードビジネススクールのエイミー・エドモンドソンという教授が提唱する「心理的安全性」があります。要するに、チーム内で率直な発言をしても罰されることがない、安心できる状況。例えば「こんなときに、こんな発言をしたら評価が下がるんじゃないか」と感じる場合は、心理的安全性が低い。

名越
それ、まさに日本や。その場に一番そぐう意見を言ってしまうってヤツですよね。

矢野
実は日本だけではなく、アメリカでもそうなんです。職場には必ず上下関係があり、発言内容によってはほかの部署へ飛ばされてしまうこともある。そういう意味では、日本より厳しい職場環境かもしれない。

名越
そうなんですか。

矢野
その心理的安全性を高めるには、やっぱり仕事中にちょっと疑問が生じたときに、たった5分でもすぐに会って話ができる関係、あるいはすぐに電話できる関係がもともとあるかどうか。それがすごく大事なんですね。

画像: 組織が高めるべき、対話の頻度と「心理的安全性」

事故が少なかった病院の、不都合な真実

矢野
ハピネス研究でわたしが今もう一つ注目しているのは、ネブラスカ大学のフレッド・ルーサンスという方が20年ぐらい前に提唱した「心の資本」という概念です。人の持続的な幸せのうち、訓練や学習によって向上できる要因を測るものなのですが、これが非常に本質を捉えているなと。

ポジティブな心理状態とは、前向きに自分の道を見つける力、行動を起こせる力、物事がうまくいかなくても立ち向かえる力、そして、ポジティブなストーリーを自分で組み立てられる力。これをHope(希望)、Efficacy(効能)、Resilience(回復力)、Optimism(楽観)の4つの頭文字を取って「HERO within」と呼びます。

個人の心理状態が前向きで、なおかつ心理的安全性が高い職場であれば、率直に発言しあえる人間関係が築けます。

名越
耳が痛いことも言ってくれる人が身近にいたほうが、いい結果につながりますよね。

矢野
そうです、そういうことです。率直に発言できない職場ですと、組織の生産性も下がるし、精神的なストレスもかかるし、不正も起きる、事故も起きると。

先ほどのエドモンドソン教授が、医療事故が多い病院ってどういう組織なんだろうということを調べています。それでわかってきたのは、事故が少ない病院は、ヒヤリハットのちょっとした兆候すらとても言えそうな雰囲気にない。ミスやアクシデントが起きても上司に言いにくい環境だったと。ところが事故が多い病院では、どんなに小さな事故であってもしょっちゅう報告しあっている。

つまり、事故が少ない病院というのは、本当に事故が起きていないのではなく、事故が起きているのに報告されていなかったのだと。一見事故が多い病院のほうが、本質的には事故が少なかったということがわかったのです。

名越
それは意外な……しかし、目も当てられない現実ですね。

矢野
一人ひとりには、常に見えない組織の力が働いているということです。だから、それを乗り越えることをシステマチックにやらないと、プレッシャーに負けて、ミスが起きても黙ってしまう。黙っていたほうが、「上司に怒られる」という危険がないので。

画像: 事故が少なかった病院の、不都合な真実

そういうことがこの20年の間に、生産性と心という観点から明らかになってきました。生産性を扱う経営学と心を扱う心理学、この2つの領域が融合して「幸せ」という1つのアウトカムに向かって融合され始めています。さらに経済学からのアプローチもこの10年ぐらいで始まっていますし、先ほどの人と人とのつながりを見る社会学的なアプローチもあるので、本当に今「幸せ」の研究はエキサイティングな時期に来ています。

でも結局、昔から言われてきたことがデータで裏打ちされたみたいなことも実は多いんですよね。例えば、わたしが子どもの頃、よく母に「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も」って事あるごとに言い聞かされてきたんですが、それってさっきの「心の資本」、すなわちHEROのことじゃないかなって。

名越
長く言い伝えられてきたことを科学の眼で確認する、その繰り返しで人類は進化していくんでしょうね。

それにしても、先ほどの病院のお話はほんまに衝撃的でした。人間が動物とは一線を画すこれだけの繁栄を手に入れたのは、多くの人と連帯できるからじゃないですか。その1つの完成形が会社であったり、チームであったりするわけでしょう。ところが、それが実は腐りやすいと。

矢野
一人ひとりが黙っているとダークサイドに落ちていくっていう。

名越
しかも、黙るという行為が最も安全な選択肢としてあるってことですよね。すごい、強烈な話や。

空海はデータを取っていた。

名越
先ほど仏教の話をしましたけど、僕は以前、1日に4時間以上の瞑想を4カ月間続けたことがあります。初期仏教(釈迦が生きていた時代を含む初期の約150年~200年間の仏教)で言うところの、1人になって自分を見つめることがこの瞑想の目的だったんですが、僕には向かなかったと思うんです。なぜなら、コミュニケーションがないから。

一方で、空海が日本にもたらした密教の瞑想は、簡潔にいうと心の中に仏さまを描いて、それと自分とが一体になるという考え方。「入我我入(にゅうががにゅう)」というのですが、それはやっぱりコミュニケーションなんですよね。矢野さんが言われた「いつでもすぐに話せる関係」もそうですけど、大きな安心感を得るためには、できるだけ自由自在に他者とコミュニケーションがとれる環境がいいんでしょうね。

画像: 空海はデータを取っていた。

矢野
それも、身体の動きのデータを取ると非常によくわかります。

名越
僕、空海もデータを取っていたんやと思うんですよ。人並外れて信心深かったとか、スーパースターやから悟りを開けたということではなくて。

空海は20代の頃に7年も行方知れずになったんですね。その間さまざまな山を巡って修行したと言われています。そのときに、まさに自分の身体の変化をモニタリングしたんですよね。何をすると死にそうになるのか、どこまでは生きられるのかから始まって、どういう意識のときに自分の能力が発揮されるのか、それを全部自身の身体を通じて確かめて、さらに人がやっていること、言っていることを文献で調べて、できるだけ客観的に捉えた物事を文章として残した――と僕は理解しているんです。それは哲学というよりも、「観察」なんじゃないかと。

矢野
なるほど。その当時の人は今のようにデータを記録できなかったでしょうから、一つひとつの出来事に対する記憶力は我々なんかとは比較できないくらい優れていたはずです。観察を誠実に取り組み続けたことで、真実を見つけることができたのでしょうね。

画像1: 対談 心とデータで読み解く「ハピネス」
【第3回】言いたいことを言える組織とは。

名越康文(なこしやすふみ)

1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療センター)にて精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析などさまざまな分野で活躍中。著書に『自分を支える心の技法』(小学館新書,2017年)、『「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』(夜間飛行,2017年)、『生きるのが“ふっと”楽になる13のことば』(朝日新聞出版,2018年)、『精神科医が教える 良質読書』(かんき出版,2018年)など多数。名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」

画像2: 対談 心とデータで読み解く「ハピネス」
【第3回】言いたいことを言える組織とは。

矢野和男(やのかずお)

1959年、山形県生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学 情報理工学院 特定教授。

「第4回:環境と組織活性化の関係」はこちら>

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