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矢野 和男 日立製作所 フェロー / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
予測不能な時代に対処する方法論として、Predict、Perceive、Prioritizeという3つのPを繰り返すことを矢野フェローは提唱する。山口氏はその中でもPerceive、予測と現実を重ね合わせたときのギャップに気づき、受け入れる姿勢がポイントになると指摘する。データとAIによる予測には原理的な限界があるという矢野フェロー。新しい時代の人材育成のあり方も提言する。

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予測不能な時代に対処するための3つのP

山口
新型コロナウイルスの例に象徴されるように、未来はますます予測できないものとなっています。矢野さんはこの予測不能な時代に対処する考え方として、3つのPを挙げておられますね。

矢野
前回の話とつながるのですが、まず、過去のデータを用いて、過去の延長ではどうなるかを予測します(Predict)。次に、過去の延長と現実との乖離、「兆し」と呼びますが、これを特定します(Perceive)。そして、乖離が起きている対象に対し優先的に行動を起こす(Prioritize)という3つのPを継続して繰り返すことが、変化の激しい時代に対応する方法として有効です。昔からよくPDCA(Plan,Do,Check,Action)と言いますが、未知のことが次々に起きるような状況下では、時間をかけて計画をつくったり見直したりする意味がなくなり、PDCAがうまく機能しません。

山口
たしかに、計画している間に次の変化が起きてしまいますね。その3つのPで重要なのは、予測と現実を重ね合わせたときのギャップをPerceiveする、きちんと受け入れるということだと思います。予想外のギャップに気づき、受け入れる姿勢は、イノベーションやセレンディピティにつながり、社会が大きく変化しているときほど必要です。しかし、現実にはギャップをNeglect(無視)してしまうことが多いでしょうし、ギャップがさまざまな場所に見られた場合、どれに優先順位をつけてアクションを起こすべきか、判断が難しいと思いますが。

矢野
そうですね。このような原理で動いている組織はほとんどないでしょう。ただ、こうした考え方のバックボーンがないと、ビッグデータやAIを真の意味で生かすことはできません。

データは常に過去のものです。データを活用した予測モデルの開発では、精度の検証に過去のデータを用いています。つまり、過去のデータを使って、過去の結果を予測できるモデルをつくっていることになるわけです。これでは、いくら正確な予測モデルをつくっても未来を予測するには原理的に無理があるのです。データが大量にあればAIで未来を見通せるのではないかといった期待がありますが、かならず予測通りにいかないことが起きます。

データとAIを使う意味というのは、さきほど言った予測と現実との乖離、すなわち「兆し」を捉えて「変化を機会に変える」ことです。未来が過去の単純な延長ではなく、変化が常態化している予測不能な時代には、それに対応した新しい考え方が必要だと思います。

画像: 予測不能な時代に対処するための3つのP

今だからこそ見直したい「易経」

山口
矢野さんご自身は理論物理の思考法を身につけておられるので、予測と現実のギャップを受け入れて行動につなげることも難しくないと思いますが、それができる人材は多くないと思います。予測不能な時代に対応するための教育、人材育成のあり方については、どのようにお考えですか。

矢野
教育はオーバーホール(Overhaul:分解検査)する必要があるでしょう。読み書きそろばんのようなスキルは、今や人間よりもコンピュータのほうが上手にできます。このような時代に人間がやるべきことは、問題を認識する力です。問題をどのようなフレームワークで、ストーリーで捉えるか。そうした力を養う教育が必要です。そのヒントの一つになるのが、「易経」ではないかと思っているのです。

山口
物理学者には易経に関心のある方が多いですね。

矢野
易経は単なる占いではなく1つの学問体系です。英語で「The Book of Changes」と言うように、「易」というのは、陰と陽を6つずつ組み合わせた64のパターンによって自然と人間の変化の法則を表しています。易経は、予測不能な未来に対し、どのように今の状況を捉えて行動を起こしていくかということを説いているもので、江戸時代には、支配階級である武士が身につけておくべき教養の中核でした。四書五経を中心とした江戸時代の教育は、過去に学ぶだけでなく、自分は、自分たちはいかに生きるべきか、予測不能な未来にいかに臨むべきかを考える力を養うものだったと言えるでしょう。

これに対して明治以降の教育は、過去の知識を憶えて活用することが中心になりました。過去の知識を使って今、何かをすると、未来が変わっていくという因果論的、決定論的な考え方に基づいています。ところが実際には、未来は当然予想通りにはなりません。不確実であることを前提として未来や変化と向き合うという考え方、その方法論を見出そうとした江戸時代の学問を、今のテクノロジーや社会の変化を踏まえた上で、もう一度取り入れてもよいのではないかと思っています。

画像1: ポストコロナ社会における普遍的な価値とは
その4 データとAIで未来を見通すことはできない

矢野 和男(やの かずお)

1959年山形県生まれ。1984年早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学情報理工学院特定教授。文部科学省情報科学技術委員。

画像2: ポストコロナ社会における普遍的な価値とは
その4 データとAIで未来を見通すことはできない

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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