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「第2回:カラフルな人。」はこちら>
「第3回:「圧」がある人。」はこちら>
「オーラ」「カラフル」「圧」と話をしてきましたが、ようするにその人に感じる「凄み」です。第一印象の「オーラ」とは違って、何度お会いしても「凄み」を感じさせる人がいます。「畏怖」という方が近いのかもしれません。
僕の古い知り合いに、中竹竜二さんというラグビーの指導者がいます。彼はU-20の元代表監督で、現在は日本ラグビー協会のコーチングディレクターとして、日本代表チームの“コーチをコーチする”という仕事をされている人です。
中竹さんは早稲田大学ラグビー部の現役の時にはキャプテンでしたが、社会人になってからはラグビーを離れていました。その後、早稲田大学のラグビー部の監督になるのですが、その前任監督が清宮克幸というラグビー界のスーパースター。選手としても監督としてもものすごい実績です。中竹さんが後任の監督になって、「日本一オーラのない監督」と選手から言われたそうです。それほど「オーラ」とか「カラフル」とか「圧」を感じさせない人です。
彼は早稲田大学の監督を務めた4年の間に2回日本一になっています。実際の指導力は尋常ではありません。知れば知るほど、そのコーチングに「凄み」を感じます。「オーラ」はないのに、「凄み」が後から来る。こういう人を僕は何人か知っています。
元ライフネット生命保険の創業者で、現在は立命館アジア太平洋大学(APU)学長である出口治明さんも、お会いすると普通過ぎるくらい普通の人で、まったく「オーラ」は感じません。ところが、少し話しているだけでその知性と教養が「凄み」としてあふれ出してきます。何か底なし沼を上からのぞいているようで、ある種の畏れを感じました。星野リゾートの星野佳路さんも「オーラ」を感じさせない人ですが、知れば知るほど「凄み」のある経営者です。
脱力系の「凄み」にはひときわ味わい深いものがあります。その代表がユナイテッドアローズ創業者の重松理さんです。相手に対する威圧感は皆無。肩に力が入っていないというのはこういうことなのかと思います。そこに「凄み」のある人です。
重松さんはシャンパンが大好きで、夜の食事でお目にかかるときはいつもシャンパンを飲んでいらっしゃいます。「お休みのときは何をなさっているのですか」と尋ねると、「何もせずにシャンパンを飲んでいます」。経営の第一線もお退きになったので、「昼間は何をされているのですか」と聞くと、「シャンパン飲むために体調を整えています」。この脱力感、抜け感がたまりません。
「凄み」は“目”に宿るものだと思います。脱力系の重松さんも、普通の人とは“目”が違います。「目は口ほどにものを言い」とはよく言ったもので、目に不思議な力があるんです。ちょっと言語化しにくいのですが、“目力(メジカラ)”という威圧的なものではなく、「まなざしが深い」のです。
この“目”の違いについてはっきりと意識させられたのは、約20年前のことです。僕は2000年に国立キャンパスから千代田キャンパスに異動しました。この年から新たにインターナショナルMBAプログラムを開講したのですが、1期生にスレイ・ブース(Srey Vuth)さんという人がいました。MBAの学生の多くは海外から来ています。スレイ君はカンボジアの人でした。
その時僕は35歳で、スレイ君も僕と同じくらいの年齢に見えました。「いま何歳なんですか」と聞くと、笑いながら「正確には僕もわからないのです」。なぜかというと、彼が子どもの頃にカンボジアのポル・ポト政権による大量虐殺があったからなんです。スレイ君も一族郎党が皆殺しにされている。妹と二人で田んぼの中を隠れて逃げるという、映画「キリング・フィールド」(※)そのままの世界を生き抜いてきた人です。その時代のカンボジアでは、公的な戸籍が一度全部破棄されてしまい、公式の年齢はポル・ポト政権が終わった後から起算されたそうで、スレイ君もパスポート上は23歳だったんです。
(※)キリング・フィールド:1984年制作の英国映画。ニューヨーク・タイムズ記者としてカンボジア内戦を取材し、後にピューリッツァー賞を受賞したシドニー・シャンバーグの体験に基づく実話を映画化。1984年のアカデミー賞において、助演男優賞・編集賞・撮影賞の3部門を受賞。
スレイ君は当時カンボジアの財務省の官僚で、政府から派遣されて一橋のMBAに来ていました。とても穏やかな人でしたが、スレイ君の“目”には、僕がこれまでに見たことのない「何か」がありました。後で生い立ちの話を聞いて、第一印象で強烈に残った彼の“目”は、ものすごい経験をした人だけが持つ「凄み」だということに気づかされました。
彼は単身で日本に来ていましたが、途中で奥さまが一度日本にいらっしゃるということで、せっかくだからディズニーランドに行ってもらうのがいいだろうと思いまして、ペアのチケットをプレゼントしました。奥さまが日本にいるうちに一度食事でもしようということになり、新宿のパークハイアットのレストランでスレイ君夫妻と食事をしました。
レストランに来ると、スレイ君夫妻は「ちょっとお手洗いに行ってきます」。なかなか帰ってこないので、どうしたのかなと思っていたら、二人はカンボジアの正式な衣装に着替えて現れたんです。それは見事なものでした。
その時、僕は、彼が国を背負って日本に来ているということに改めて気づかされました。いろいろなものを失って、それがうえに祖国に貢献しようと覚悟を決めた人間の “目”。これこそ、人のいちばん深い所にあるものなのではないか。おそらく明治維新を支えた日本人も、こういう“目”をしていたのではないかと想像します。僕は、スレイ君の“目”から、「凄み」の根源を教わりました。
お会いしたことはありませんが、僕にとってのディーペスト・インパクトである高峰秀子さんの書かれたものを読んでも、同じことを感じます。動じない、求めない、期待しない、振り返らないという彼女の生き方には、何かを捨て去った人だけが持つ「凄み」を感じます。きっと深いまなざしをしていらした方だったのだろうと思います。
反対に、一生懸命「オーラ」を自分から発しようとしている人をまれに見かけます。「俺は凄いんだ」と気張るのですが、これでは単に「オラオラ」の人。「凄み」のかけらも感じません。そんなものはすぐに見抜かれます。「オーラ」と「オラオラ」ほど似て非なるものはありません。両者はある次元での対極にあります。自分から「オーラ」を出そうとしている人ほど「オーラ」がないという皮肉なことになる。「凄み」がある人は、自分が他人からどう思われるかなんてことにはまったく興味がないものです。
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
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ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。