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「オーラを出している人」というのは現実には存在しない、という話を前回しました。本人が意識してオーラを出す、などということはあり得ないと思います。こっちが勝手に「オーラ」を感じているわけです。

僕は30歳を過ぎた頃に、ソニーの出井社長(※1)のお手伝いをさせていただく機会がありました。

(※1)出井伸之(いでい のぶゆき):1937年11月22日~ 日本の実業家。ソニー株式会社社長、会長を経て、クオンタムリープ株式会社代表取締役。

スティーブ・ジョブズさんが「アップルをソニーのような会社にしたい」と言っていた頃です。当時の出井さんは世界一のスター経営者でした。そんな先入観が頭にありましたから、はじめてお会いした時には強烈な「オーラ」を感じました。何より、見た目からしてものすごくかっこいいわけです。ミーティングの最中にもガンガン電話がかかってくる。その中には当時の小渕首相からの「ブッチホン」もありました。

ソニー時代の出井さんとの仕事は毎回心底疲れました。こちらが感じているだけなのに、「オーラ」にやられてしまうわけです。出井さんの手伝いは当時の僕にとっては大仕事でした。今から思えば、明らかに当時の僕のキャパシティーを超えていたと思います。

お手伝いをするようになって2年ほどで出井さんも退任され、その後しばらくはお目にかかる機会もありませんでした。率直にいって、出井さんに会いたいとは思いませんでした。

出井さんはソニーを辞めた後、ご自身の会社『クオンタムリープ』をつくり、自由な立場で活動を始めました。『クオンタムリープ』が当時「アジアイノベーションフォーラム」という国際会議を毎年開催していて、ちょっと手伝ってくれと言われて、数年ぶりに出井さんとの仕事が始まりました。

そのときの出井さんの印象は全くの別人でした。当たり前なのですが、出井さんがはじめて「人間」に見えました。一気に距離が縮まった気がして、ようやく出井さんとの仕事を楽しむことができました。以来現在まで、いろいろな場で出井さんとご一緒する機会が続いています。今では僕にとっての出井さんは「身近な大先輩」です。「この人がいなければ、いまの自分はない」と思える人が何人かいるのですが、出井さんは間違いなくその一人です。

若い頃からお世話になっている大先輩の大前研一さんとはじめてお会いした時にも、かなりの「オーラ」にやられました。何度もお会いしているうちに大前さんのオーラは消えていきました。こっちが勝手に感じているだけなので、当たり前の成り行きです。すさまじく頭が切れるのですが、大前さんも一人の人間です。結局、「オーラ」は、最初に体感するだけ、一過性のものなのだと思います。それがずっと続くとしたら、本当にその人から「オーラ」なるものが出ているわけで、それはもはや超人の範疇になってしまう。

もちろんお会いしたことはありませんが、高倉健さんの「オーラ」は、会った瞬間に背筋が伸びるほどすごかったという話を読んだり聞いたりします。これにしても、人々が勝手に「健さん」というイメージを膨らませているからで、ずっと通っていたホテルパシフィックの床屋さんとか仲のいい人にとっては、高倉健もまた“普通の人”だったのではないでしょうか。

『007』の全盛期のショーン・コネリー。この世のものとは思えないぐらいかっこよかったそうです。『007は二度死ぬ』で来日したときに彼を見た人の書き残したものを読むと、あまりのかっこよさに“腰を抜かした”って書いてあるんです。そんな人でも、日常的に接している人から見ると、間違いなく“普通の人”なのだと思います。

もっと身近な話でいうと、僕は一橋大学で教えるようになったのが27歳の時なのですが、そのタイミングで“教わる側”から“教える側”に立場が変わりました。教授会に出席すると、そこにいるほぼ全員が、僕が講義を受けていた先生なんです。これまで教わっていたそれぞれの分野の大家と、同僚として顔を合わせることになり、最初は若干緊張しました。ところが、これまた当たり前なのですが、一緒に働いてみると全員“普通の人”なんですね。

「オーラ」とは異なる属人的な特質として、「カラフルな人」というのがいます。例えば、僕が仕事でお会いした人で言うと、玉塚元一さん(※2)。彼がいるところだけに陽が差して見えるんですね。見た目もかっこいいのですが、実際に接しているとその爽やかさがもう半端じゃない。一緒にいるだけで気分がよくなる。

(※2)玉塚 元一(たまつか げんいち):1962年5月23日~ 日本の実業家。デジタルハーツホールディングス代表取締役社長CEO。

半年ほど前、僕は東京ミッドタウンの地下1階にあるユニクロのお店に入りました。そのお店の前で、偶然玉塚さんに遭遇したんです。久しぶりだったので、僕が「今日はどうしたんですか」と聞くと、「ちょっとユニクロの服を買いに来た。ユニクロ最高!」と言っていました。過去にはいろいろあったと思うんですが、これが玉塚さんのチャーミングなところで、この辺が実に「カラフル」なんですね。

僕の仕事の先輩である米倉誠一郎さん(※3)も「カラフル」としか言いようがない。この人は、僕が大学院生の頃から助手か講師かですでに大学にいたんです。僕が在籍していた榊原先生の研究室で、一人で何かお手伝いをしている時に、米倉さんがいきなりドアを開けて入ってきました。顔立ちからして僕は中東の人だと思いました。「榊原さん、いる?」と流暢な日本語で聞かれたので、びっくりしました。「先生はいません」と答えると、「あ、そう。じゃあまた来るわ」と言って出て行ったのが最初の出会いです。

(※3)米倉 誠一郎(よねくら せいいちろう) 1953年5月7日~ 日本の経営学者。専門は経営史。一橋大学特任教授、同名誉教授、法政大学教授、ハーバード大学Ph.D.。

その後、米倉さんとも一緒に働くようになりました。僕にとっては職場で一番親しい人になりました。最初のうちから「この人と一緒にいると、何かいいことがありそうだ」という気がしました。で、実際にいろいろなことを一緒にやってみると、いいことも悪いこともあったのですが、いまだに僕は米倉さんとやる仕事がいちばん楽しく、いちばん調子が出ます。それは、やはり米倉さん独特の「カラフル」によるところが大きい。自分がストレートにいつも出ていて、屈託がないんです。彼とはしばしば意見が合わないのですが「ソリは合わないけどノリは合う」。米倉さんの主張に賛同しなくても、米倉誠一郎という人間が嫌いな人はあまりいないと思います。

「オーラ」は一過性のものですが、「カラフル」はその人自身が持つ特質です。変わることはありません。

画像: オーラの向こう側-その2
カラフルな人。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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