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特定非営利活動法人地域再生機構 副理事長 平野彰秀氏 / 株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長 八尋俊英
2011年に郡上市の石徹白に移住し、マイクロ水力発電を導入して、地域の電源を賄うことをめざしてきた平野さん。その活動を通じて、現代の私たちが失いつつある、さまざまな価値に気づかされたという。自律分散型の豊かな社会の実現にテクノロジーは有用だが、はたしてどのようにつきあい、用いるべきなのか。

「第1回:もはやグローバルとローカルの境界はない」はこちら>
「第2回:土地や自然の持つ力に個が引き出される」はこちら>
「第3回:改革のカギを握るのはミッション」はこちら>

マイクロ水力発電を導入してみて感じたこと

八尋
平野さんは、郡上市の石徹白という250人ほどの小さな集落にマイクロ水力発電を導入するなどして、持続可能な農村のあり方を模索して来られました。自律分散型のマイクロ設備については、マイクロエナジーに限らず、アメリカなどのマイクロホスピタルのように、ICTを利用して、オンラインで医療機関を結び、小中規模の医療機関をネットワークさせることで、地域全体として医療サービスの質を向上させるような取り組みもあります。

実際にマイクロ水力発電を導入されてみて、その可能性についてどのように感じていらっしゃいますか?

画像: マイクロ水力発電を導入してみて感じたこと
画像: ©片岡和志

©片岡和志

平野
マイクロ水力発電導入の活動をはじめて10年が経ち、売電事業としての水力発電事業は順調ですが、自律分散という意味では、現実的には難しい面もあると感じています。当初は、自律分散型のマイクロエナジーを導入することで、環境負荷を下げていきたいと考えていたわけですが、すでに日本にこれだけきちんとした電力網がある中で、既存のインフラを活用することなく新しいものを導入しても、コスト的に合いません。まったく何もないところで一から導入するのであれば、独立電源としてのマイクロ水力発電は、非常に有用なしくみだと思いますが、石徹白だけが独立するわけにはいきませんからね。

もちろん、スマートメーターを使って省エネを進めるなど、ICTの導入で負荷を下げられる部分はまだまだあるとは思っています。一方で、テクノロジーありきの発想だと、テクノロジーを使うこと自体が目的になってしまい、本来の目的を見失うことになりかねないとも思っています。

郡上でも都会と同じように働いたり、ネット通販でいろんな物を買ったりできるのはICTのおかげです。テクノロジーの恩恵により、どんどん暮らしは便利になっていきますが、一方で失われていく豊かさもあるかもしれません。過密な都市空間の中で、身体をほとんど使うことなく、バーチャルな世界に生きるというのが、私たちが望む未来なのでしょうか? 自然の豊かさを享受しながら暮らしたり、身近な大切な人と過ごす時間を大切にしながら、信頼できるコミュニティの中で暮らしていくなど、それぞれが望む未来の暮らしの姿があると思います。テクノロジーの進歩に溺れるのではなく、ありたい社会を実現するためにテクノロジーを使うという姿が望ましいと思っています。

田舎暮らしで心のありようを伝えたい

八尋
実際にマイクロエナジーを導入してみたからこそ、既存のよくできたしくみとの両立や、テクノロジーの持つ意味について気づかされたわけですね。

平野
そうですね。というわけで技術的になにか革新的なことを実践しているわけではないのですが、一方で、私のように田舎の小さな村で暮らすことによって、心のありようを伝えてくことはできるとは思っています。

画像: 田舎暮らしで心のありようを伝えたい

たとえば、うちには3人の息子がいますが、気軽に買い物に行けない場所に住んでいますから、息子たちは欲しいものを自分で工夫してつくります。この前は、持ち手が伸びる網が欲しいと言い出して、釣竿に網をくっつけて自作していました。近くにはコンビニもありませんから、出かけるときは、おにぎりを握って、水筒にお茶を淹れて持っていく。夕ご飯は必ず家族一緒に食べる。子どもたちがその辺で遊んでいても、近隣の人たちが見守ってくれる。そんな我が家の暮らしぶりを見た人は、「昭和の家族みたいだね」なんて言ったりします(笑)。

でも、そういう日常を送っていると、少し前の日本に当たり前にあったけれど、便利になることと引き換えになくしてしまったものの価値に気づかされます。それは、食べ物やエネルギーがどこから来ているのかが見える暮らしでもある。当初は、マイクログリッドでローカルで完結するシステムをつくろうとしていたわけですが、その難しさに直面するなかで、改めてここで暮らす意義を考えたときに得たものは、心のありようであり、家族やコミュニティのあり方を見つめ直すことでした。いまは、それこそが、私が移住してきた意義だと思っています。

実際に現在、石徹白は集落の2割くらいが移住者で、子どもの数も増えて、高齢化率も下がってきています。

日本の可能性とフロンティアとしてのローカル

八尋
平野さんも親交のある京都大学の広井良典先生が日立京大ラボとの共同研究として、AIを活用した持続可能な2050年に向けたシミュレーションと、その結果をもとにした政策提言をされたのですが、その際の最良のシナリオとされたのが、都市への一極集中ではなく、地方分散型のモデルでした。平野さんの石徹白での暮らしは、その一つの実践でもあるわけですが、既存の強固なしくみがすでにある中では厳しい面もあるということですね。

ただ、ドイツの「シュタットベルケ」のように、地方自治体が主体となる都市公社が、地域に特化した公共サービスを担い、自律分散的な社会をうまく実現している地域もあります。はたして、これからの日本はどのような道を選ぶべきなのかと考えています。

画像: 日本の可能性とフロンティアとしてのローカル

平野
ドイツと日本では、政策的な意思決定の仕方に大きな違いがあります。ドイツは連邦制で地方自治が進んでいることが自律分散的な社会の後押しをしているわけですね。

もう一つの違いは、EUではとくに、小さな町や村に、世界に通用するような優れたメーカーが存在していて、たとえば、私のよく知ってる分野では、個人や小さな自治体が購入できるような量産型の木質バイオマスボイラーやマイクロ水力発電、農業機械などを製造・販売しています。日本は応用技術は優れていて、用途に特化したカスタマイズ製品をつくるのは得意ですが、流体力学や燃焼科学などの基礎科学まで立ち返って汎用的に役立つものをつくる力が弱いと感じています。こうしたところも、ローカルの自律的な活動のしやすさの日欧の違いにつながっているのではないでしょうか。

一方で、日本にもチャンスはある。せっかく優れた応用技術があるのだから、それを地域課題の解決や教育に役立てることができるはずです。たとえば、2012年から2018年まで7回にわたり、東海・北陸エリアの高専の学生を対象に「小水力発電アイデアコンテスト」が開催されていたのですが、そこには、株式会社デンソーの技術者の方たちがアドバイザーとして入っていて、自分たちが培ってきた技術を高専生たちに教えていました。

日本の企業が持っている優れた技術力は社会課題解決に役立てることができるし、人生100年時代と言われるいま、定年後の技術者の方たちが活躍できる場として、ローカルにはさまざまな可能性があると思っています。

八尋
確かに、企業活動が取引関係の中だけに閉じているのはもったいないことです。ローカルは、企業が培ってきた技術を活かせるフロンティアになり得るわけですね。

平野
さきほどのデンソーの技術者の方は現在、私の仲間と一緒に、国産薪ボイラーの開発をしています。技術者の方でなくとも、自分の得意なことを活かして、社会課題解決に役立てていくことはできます。ぜひ、自分の持てる力がどう社会に活かせるか、一度、考えていただきたいと思います。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=佐藤祐介)

画像1: 地方からソーシャルイノベーションを
その4 ローカルで必要なテクノロジーは何か

八尋俊英

株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、現在に至る。

画像2: 地方からソーシャルイノベーションを
その4 ローカルで必要なテクノロジーは何か

平野彰秀

特定非営利活動法人地域再生機構 副理事長。特定非営利活動法人HUB GUJO 理事。1975年岐阜市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同大学院環境学修士。北山創造研究所で商業施設プロデュースに携わった後、ブーズ・アレン・ハミルトン(現PwCコンサルティング合同会社)にて、大企業の経営戦略コンサルティングに従事。2008年春、ブーズ・アレン・ハミルトンを退職し、岐阜にUターン。2009年秋より、地域再生機構理事に就任。2011年秋より、郡上市白鳥町石徹白在住。2014年春、石徹白農業用水農業協同組合を設立し、集落ほぼ全戸出資による小水力発電所建設に携わる。2016年、石徹白番場清流発電所稼働開始。現在、特定非営利活動法人やすらぎの里いとしろ 理事長、石徹白農業用水農業協同組合 参事、石徹白地区地域づくり協議会 事務局、石徹白洋品店株式会社 取締役、郡上カンパニー ディレクターなども務める。

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