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特定非営利活動法人地域再生機構 副理事長 平野彰秀氏 / 株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長 八尋俊英
平野さんが地方再生の拠点としている郡上には、ベンチャー企業のサテライトオフィスに通う人だけでなく、グローバル企業のプロボノ活動や地域再生のワークショップなどを通じて、都市で働く人が多く訪れる。なぜ、この地で人的交流が盛んに行われてきたのか。その背景には郡上踊りの伝統など、古くから他者を受け入れてきた土地の歴史があるという。

「第1回:もはやグローバルとローカルの境界はない」はこちら>

なぜ郡上は他者を受け入れるのか

八尋
前回、場の力のことをお話しになっていましたが、同じように自然豊かな場所であっても、どこでもいいというわけではないですよね? 郡上に人が集い、さまざまな情報が集まってくるのは、市が施策として都市との交流を打ち出しているからだけではないように思います。何が魅力になっているのでしょうか?

平野
たとえば、徳島県神山町のように、郡上よりもさらに都会から離れた地域であっても、特定非営利活動法人グリーンバレーの理事長として、神山町の町おこしを牽引されてきた大南信也さんのような仕掛け人がいて、人が人を呼ぶという形で、次々に人が集まるということもあると思います。場の持つ魅力はそれぞれでしょうね。

画像: なぜ郡上は他者を受け入れるのか

郡上の場合は、郡上踊りがあることが大きいと思っています。これは7月中旬から9月上旬まで、1カ月以上にわたって開催される郡上の伝統的な踊りで、特徴的なのは、踊る人と見る人が分かれていないこと。つまり、観光客も一緒に踊れる珍しい盆踊りなんですね。郡上の人々のマインドとして、観光客や移住してきた人をコミュニティの輪に加えることを厭わない寛容さがありますが、その精神性は郡上踊りにあらわれているように思います。

それはおそらく、徳島も似ていて、よそ者を受け入れてきた背景には四国八十八箇所の札所めぐりがある。私が移住した郡上市の石徹白も、白山信仰の拠点として、昔からさまざまな人が出入りをしてきた歴史があります。そうした土地の持つ素地があったうえで、さまざまな施策を施してきたことが、他者を寛容に受け入れる土地柄を醸成してきたのではないでしょうか。

異物を受け入れるために効果的なインパクト

八尋
地方でも、場所によっては非常に閉鎖的なところがありますし、東京は東京で、働きすぎで思考が硬直化しているのか、古い考えにとらわれている人が多いように感じています。新しいことにチャレンジする若者に対して先輩や上司が、「俺がそうしてきたように、まず10年は同じことをやってみろ」と、自分のやり方を強く押し付けたりする。その重圧に押しつぶされてしまう若い人もいます。このような傾向をどうやったら変えられるのかと思っています。

画像: 異物を受け入れるために効果的なインパクト

平野
先ほどの神山町の大南さんは、神山町の成功の背景には、アーティスト・イン・レジデンスに長年取り組んできたことが影響しているとおっしゃっていました。神山に2カ月半ほどアーティストが移り住んで、住民と一緒にアート作品をつくり上げるという取り組みをされたのですが、アーティストたちが住民たちに途方もない要求をするので、最初は戸惑ったり、拒絶したりといったことがあったそうです。

その後、サテライトオフィスが進出したところ、「アーティストたちよりよほど常識的な人たちが移り住んできた」と住民の方は捉えたようです(笑)。こうして一気に受け入れが進みました。徳島にはお遍路の場としてよそ者を受け入れる素地があり、さらにアーティストを受け入れたことで間口がゆるみ、異質な人々を受け入れられる寛容さが根づいたとのことでした。やはり、新しい人やしくみを受容するためには、知らず知らずのうちに囚われている枠を外す仕掛けが必要なのかもしれませんね。

八尋
なるほど。最初にドカーンと衝撃的なインパクトがあったほうが、うまくいくのかもしれません。

自然の中でこそ個が際立つ

八尋
若い人に昔ながらの働き方を押し付けるような人というのは、変化の激しい社会の中で、自分の生き方を否定されるような恐怖心を感じているのだろうと思っています。

画像: 自然の中でこそ個が際立つ

平野
そういう恐怖心やこだわりを打ち破る際にも、場を変えることが役立つように思います。

郡上市は都市の人との交流を促すさまざまな取り組みをしていますが、その一つに、都心で働く人が郡上に3カ月ほど通いながら、地元の人とともに地域で新たな活動を育てるプログラムがあるんですね。そこに参加していた30代のあるベンチャー企業の経営者の方が、郡上に通ううちに大きく変化したことがありました。

最初は、人を寄せ付けないような尖った顔つきをしていたのですが、郡上で生糸を紡いでいる女性たちと話しているうちに、考え方が変わったのだそうです。手仕事をしている女性に、「みんな好きなことを仕事にすればいいのに、最近の人は稼げるかどうかだけを考えていて、好きなことを仕事にしないのね」と言われてショックを受けたのだそうです。

それまでは、自らが立てた目標達成のためにギリギリと部下を追い込むような仕事ぶりだったそうですが、郡上に来てからは、山の頂きをゴールにしながらも、山登りの過程を楽しめばいいと思えるようになったと言っていました。そのようにマネジメントの仕方を変えたところ、逆に業績を大きく伸ばして、そのベンチャー企業はマザーズに上場しました。一旦、枠から外れてみることによって認識が変わり、組織のあり方も大きく変わる、ということだと思います。

そのほかにも、ワークショップでは、川に飛び込んで川遊びをしたり、夜の川で魚を網で捕まえたり、焚火を囲んで語らったりします。すると、その人がこれまでまとっていたものがすべて剥がされて、素の個人が出てくる。そうすることで、一人の人間として他者や仕事に自然に向き合えるようになるのです。

画像: 郡上で開催された事業づくりワークショップの一コマ。一見関係ない「川であそぶ体験」が大きな効果を産む。

郡上で開催された事業づくりワークショップの一コマ。一見関係ない「川であそぶ体験」が大きな効果を産む。

八尋
やはり、肩書きや組織の中の位置付けを離れて、一人の人間としてどうあるべきかに向き合うことが大事なのかもしれません。その際に、大きく環境を変えることが一つのきっかけになり得るのでしょう。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=佐藤祐介)

画像1: 地方からソーシャルイノベーションを
その2 土地や自然の持つ力に個が引き出される

八尋俊英

株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、現在に至る。

画像2: 地方からソーシャルイノベーションを
その2 土地や自然の持つ力に個が引き出される

平野彰秀

特定非営利活動法人地域再生機構 副理事長。特定非営利活動法人HUB GUJO 理事。1975年岐阜市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同大学院環境学修士。北山創造研究所で商業施設プロデュースに携わった後、ブーズ・アレン・ハミルトン(現PwCコンサルティング合同会社)にて、大企業の経営戦略コンサルティングに従事。2008年春、ブーズ・アレン・ハミルトンを退職し、岐阜にUターン。2009年秋より、地域再生機構理事に就任。2011年秋より、郡上市白鳥町石徹白在住。2014年春、石徹白農業用水農業協同組合を設立し、集落ほぼ全戸出資による小水力発電所建設に携わる。2016年、石徹白番場清流発電所稼働開始。現在、特定非営利活動法人やすらぎの里いとしろ 理事長、石徹白農業用水農業協同組合 参事、石徹白地区地域づくり協議会 事務局、石徹白洋品店株式会社 取締役、郡上カンパニー ディレクターなども務める。

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