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平井 正修氏 臨済宗全生庵 七世住職 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
今日の私たちにおいて、人生の普遍的な真理に対する意識や心の拠り所が失われたのは、戦後の急速な経済成長とその崩壊によるのではないかと考察する山口氏。拠り所をなくした現代人には精神的な自立が求められており、坐禅はその助けになると平井氏は語る。

「第1回:『まずは黙って坐れ』から始まる」はこちら>

生活が豊かになっても高まらない幸福度

画像: 生活が豊かになっても高まらない幸福度

山口
人生の普遍的な真理が見失われてきた背景には、やはり、終戦を境にそれまでの価値観が否定されたことが遠因となっているのでしょうか。

平井
それはあるかもしれません。学校教育でも、生き方や人としてのあり方といった心の部分よりも、国語・算数・理科・社会などの生きるための技や手段に重きが置かれてきた結果、根っこがなくて枝葉だけが茂っているようなアンバランスな状態になってしまいました。確かに今は物質的には豊かになりましたが、精神的には貧しく、脆くなってしまい、そのひずみがさまざまな問題となって表出しているように感じています。

山口
高度経済成長期からバブル景気の時代までは経済がすべてで、テクノロジーとエコノミーでユートピアができると信じられていたわけですが、それによって本当に豊かになったのか、幸せになったのか。ある有名な調査によると、日本国民の幸福度は昭和40年代からほとんど高まっていないようです。経済的に豊かになったのに幸せにはなっていない。そう考えると、そろそろ「めざす社会像」のアップデートが必要なのかもしれません。これからの社会や暮らしのあり方を経済以外のものさしで考えるときが来ているのではないかと思います。

平井
本当にそうですね。新しい価値判断の軸や拠り所のようなものが見えないことが、何か閉塞感につながっているのかもしれません。

個の力がより問われる時代に

画像: 個の力がより問われる時代に

山口
かつては血縁や地縁による自然発生的な共同体と、そこに祀られている氏神様や地域のお寺が心の拠り所として機能していました。戦後の経済成長の中で、それらに代わって終身雇用制の会社が、ある種の共同体としての機能を果たすようになった。ところがバブル崩壊後、会社もまた一生頼れる存在ではなくなり、本当に拠り所がなくなってしまいました。

こうした時代だからこそ、おっしゃるような普遍的な真理、根っこの部分の大切さが増していると思います。欧米ではやはりキリスト教がその役割を担っていて、日曜日に教会へ行き、黙想している人の姿も多く見かけますが、今日、お寺の存在や坐禅というものが持つ可能性についてはどのようにお考えでしょうか。

平井
おっしゃるとおり、拠り所としての共同体が消えつつあるのは確かですね。しかしだからこそ、集団というものが個の集まりであることを再確認すべきではないでしょうか。これまでは何となく最後に頼れるものがあったけれど、これからは一人ひとりが精神的に自立・独立しなければならないという覚悟、個の力というものが、より問われる時代になったと言えるのかもしれません。

東日本大震災のあと、「絆」という言葉が盛んに言われましたが、「絆」とは一方がもう一方にもたれかかるような関係ではなく、一人ひとりがしっかりと自分の足で立ちながら、互いに手をつなぐことで初めて生まれるものです。災害時などの支援は別として、個々人が精神的に自立しない限り、真の意味で支え合うことはできないはずです。

その精神的な自立において、坐禅が助けになるかもしれません。坐禅は、自分は何者であるのかを知る方法、自分の心と向き合う方法を教えてくれるものです。自分の内面と向き合うことは、外界からの刺激がある状態では難しいでしょう。スマートフォンなどで絶え間なく外からの情報にさらされている現代人には特に、静かに坐って自分自身の意識を内側に向ける時間が必要なのではないかと思います。

山口
だから坐禅会に力を入れておられるのですね。

平井
はい。当寺では月~土曜日は午前5~7時、日曜日は午後6~8時とほぼ毎日行っています。正直、坐禅会というのはお寺の運営という視点から見れば忙しさが増すだけなので、このようなお寺は少ないでしょう。でも、早くに亡くなった先代からこの寺を引き継ぐとき、私は「坐禅のことは断らない」と覚悟を決めてしまったのです。今では大学やビジネススクール、また企業にも伺って坐禅会を行っています。

画像1: 禅が教える、人らしく生きるために欠かせないこと その2 静かに坐って意識を内側に向ける時間を

平井 正修(ひらい しょうしゅう)

臨済宗国泰寺派全生庵住職。1967年、東京生まれ。学習院大学法学部卒業後、1990年、静岡県三島市龍澤寺専門道場入山。2001年、下山。2003年、全生庵第七世住職就任。2016年、日本大学危機管理学部客員教授就任。現在、政界・財界人が多く参禅する全生庵にて、坐禅会や写経会など布教に努めている。『最後のサムライ山岡鐵舟』(教育評論社)、『坐禅のすすめ』(幻冬舎)、『忘れる力』(三笠書房)、『「安心」を得る』(徳間文庫)、『禅がすすめる力の抜き方』、『男の禅語』(ともに三笠書房・知的生きかた文庫)など著書多数。

画像2: 禅が教える、人らしく生きるために欠かせないこと その2 静かに坐って意識を内側に向ける時間を

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

「第3回:自分は何者であるか、わかるために坐る」はこちら>

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