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「WORKMAN Plus」のヒット、そして2019年度「ポーター賞」受賞で注目を集める作業服SPAの大手・株式会社ワークマン。その快進撃を支えるのが、マーケティング戦略を担っている同社の専務取締役・土屋哲雄氏だ。土屋氏は30年以上にわたり商社で働き、2012年にワークマンの一員となった。現在の躍進につながる商社時代の経験、ワークマンに入社して土屋氏が取り組んだ改革、そして「高機能・低価格ウェア」というブルーオーシャン発見までの道筋を伺った。

「第1回:30年変わらないサプライチェーンの築き方」はこちら>

プリンタ、ボーリング、コンサル。

――土屋さんは2012年にワークマンに入社なさいました。それまではどんなお仕事をなさっていたのですか。

土屋
大学卒業後、三井物産株式会社に就職しました。以来、2012年まで30年以上にわたって商社マンとして働いてきました。

商社時代の自分にとって一番大きな出来事は、35歳のときに三井物産デジタル株式会社という社内ベンチャーを立ち上げたことです。保険の契約書の約款のような小さい文字専門の特殊プリンタを開発して販売したところ、これが結構売れたのです。ネットワークの技術を使ってボーリングの採点装置もつくりました。それから半導体製品の開発をしたり、新しい書体をつくったり。とにかくニッチな分野で新しいことをやるのが得意でした。

その後ソフトウェア事業を経験して、2006年に取締役執行役員として入社した三井情報開発株式会社(現・三井情報株式会社)でコンサルティング事業を立ち上げました。それまで政府の受託研究部門だった社内の総合研究所をITコンサルティング集団に切り替えたのです。参入して5年で通信業界の超大手からの契約を勝ち取ることができたときは、うれしかったですね。

大まかに言うと、初めはハードウェア、次にソフトウェア、最後は知財を売ってきたことになります。だいたい5年おきくらいに、取り組む業種が変わりました。

――本当にさまざまな分野で新規事業立ち上げをご経験なさってきたのですね。

土屋
実はひとの仕事を引き継いだことが一度もなく、かなり自由にやらせてもらいました。新しい事業を企画して、立ち上げる。そこには絶対的な自信が自分のなかにはあります。

作業服市場は「10年以内で飽和する」

――ワークマンにはどんな経緯で入社なさったのですか。

土屋
実は当時ワークマンの会長だった土屋嘉雄(2019年9月に退職)が親族でして、わたしがちょうど60歳になるタイミングで声をかけてくれたのです。当初はCIO(Chief Information Officer)として入社しまして、「情報戦略だけやってくれればいい」と。「いい会社だから、あんまりガツガツやらなくてもいいよ」と言われました。

入ってみたら実際いい会社で。1980年の1号店オープンからずっと作業服の小売り一筋でやってきた会社ですから、企画力はなくてもオペレーション力は強い。生産と販売の標準化、効率化、マニュアル化、どれも優れている。そこに、企画力には自信があるわたしが加わることで、何か面白いことができればいいなと思っていました。

画像1: 作業服市場は「10年以内で飽和する」

――入社して、まずどんなことに取り組んだのですか。

土屋
最初の1年はずっと社内を観察していました。ワークマンという会社の長所と短所を見極めるためです。

1年経ったら、特に欠けている部分が見えてきました。当時の作業服市場は個人客が中心だったので市場規模はせいぜい3,000億円が限界でした。弊社の加盟店数が700店舗を突破したのがこの時期ですが、それを1,000店舗まで増やして売り上げが1,000億円になったら、2022年までに作業服市場が飽和してしまうことがわかったのです。これは何とかしないといけない。そこで、わたしが取り組んだのが「次の業態をつくること」でした。

それまでワークマンは競争したことのない会社でしたから、新しいブルーオーシャンを見つけるしかない。それが大変でしたね。わたしがいくら企画力に自信があると言っても、新規事業なんてそうそう簡単にできることではない。ありがたいことに、デイリーなオペレーションには一切加わらなくてよいことになっていたので、時間をかけて戦略を練ることができました。

――当時の作業服市場はどんな状況だったのでしょうか。

土屋
それまで地味なデザインばかりだった作業服が、突然派手になりました。リーマン・ショックの影響で、企業が建設現場の職人さんに作業服を支給しないようになったからです。職人さんが自分で作業服を購入するようになり、それに合わせて派手なデザインが増えていきました。

ところが弊社は出遅れてしまった。保守的だったんですね。その当時の商品を「かっこいい」「ダサい」「許容範囲」の3つに分類してみたら、なんと9割が「ダサい」だったんですよ。これを逆転させて、「かっこいい」が9割を占めるように商品開発の方針を転換しました。

画像2: 作業服市場は「10年以内で飽和する」

その後、デザインは確かに洗練されてきました。毎年4割増しくらいはよくなってきていると思います。ところが売上は4%しか伸びていなかった。つまり、売り方が間違っていたんだなと気づいたのです。

走りながら見つけた空白市場

土屋
近い将来、作業服市場は飽和するとわかりましたから、建設現場の職人さんだけでなく一般客も取り込むしかない。そこで着目したのが、アウトドアやスポーツを用途とする「高機能ウェア」市場です。

それまでの「高機能ウェア」はことごとく高額で、市場には高級ブランドしか存在しなかった。そこに気づいたとき、弊社にとってこれはいいマーケットだと思いました。でも当時、「高機能ウェア」のユーザーはブランド品しか買わないのではと言われていました。

ところが、一般客をターゲットにした新しい業態「WORKMAN Plus」1号店を2018年9月に出店してみたら、そうでもなかったんですよ。既存の店舗でも扱っている商品のなかからアウトドアやスポーツ用にも使えるウェアを中心に販売したのですが、これが飛ぶように売れました。この結果からわかったのは、「高機能ウェア」市場は、実はさらに「高価格」と「低価格」の2つの市場に分かれている、と。しかも「高機能・低価格ウェア」のほうはまったくの空白市場で、4,000億円規模だということがわかったのです。そこで、まずはそのうちの1000億円を取りに行こうと決めました。

画像: 走りながら見つけた空白市場

――その空白市場を見つけたマーケティングセンスは、商社時代に磨かれたものなのでしょうか。

土屋
やりながらわかったんですよね。「WORKMAN Plus」1号店を出店したときは、実は赤字覚悟だったんです。4年目に黒字に転化すればいいと。ところが実際は、あまりにも一般客からの反応がよく、次々に商品が売れていきました。

「WORKMAN Plus」1号店は60坪のテナント店ですが、既存の路面店100坪分の内装費をかけてつくりました。初めてマネキンも使用しました。建設現場の職人さんがウェアを買うときに重視するのは、引っ張っても破れないか、洗濯しても大丈夫か。上下合わせて試着して鏡でチェックするというお客さまはほとんどいなかったのです。だからマネキンもなかったし、体全体を見られる鏡も実は置いてこなかった。そういう業態だったんですよ。

画像: 「WORKMAN Plus」の店内

「WORKMAN Plus」の店内

「WORKMAN Plus」出店を後押しした、異文化の視点

土屋
「WORKMAN Plus」は、当初「WM Plus」というネーミングにする予定でした。作業服のイメージが強いワークマンという名前をアパレルの店舗で出すのはマイナスなんじゃないか……我々、そう思い込んでいたのです。実は一時期、弊社のWebサイトからも「作業服」という言葉を一掃して、すべて「ワークウェア」という言葉に変換したくらいでした。ところが、ある広告代理店の方から「やっぱりワークマンという名前を前面に出すべきだ」と指摘されたのです。むしろそのほうがイメージがいい、と。

最終的にわたしたちの背中を押してくれたのが、「WORKMAN Plus」1号店が出店したららぽーと立川立飛の運営会社でした。「機能性と低価格が売りなのに、ワークマンという名前を出さないとはどういうことですか」と。「WM Plus」という名前じゃ出店させられませんよ、くらいの勢いで言われて。これはありがたかったですね。すぐ「WORKMAN Plus」に変えましたよ(笑)。

外部の人たちの意見を取り込んで、ネーミングも含めて店舗の見せ方を変えたことで、「WORKMAN Plus」はヒットしました。自分たちにはなかった視点を、異文化から手に入れることができたのは大きかったです。

他社が「参入したくない」業態をつくる

――1号店から約1年が経ったいま、「WORKMAN Plus」は70店舗に増えました(2019年10月時点)。新店舗の出店が続いていますが、既存の「WORKMAN」との棲み分けはどのように考えていますか。

土屋
棲み分けはしません。基本的に同じ商品を売っているので、要は見せ方が違うだけですから。例えば、建設現場の職人さんが多いエリアは既存の「WORKMAN」を残します。

「WORKMAN Plus」はいま、4,000億円とされる「高機能・低価格ウェア」市場のちょうど10%近くを取った段階です。この段階でまだ他社との競争がないので、当初目標とした1,000億円にいずれ届くと思います。

10月に消費税率が10%に上がりましたが、弊社は値上げしません。ですから実質、2%値下げすることになります。いまは「WORKMAN Plus」の話題性もあるので、おそらく値下げしなくても商品は売れるかもしれない。でも10年後、20年後、30年後でも「高機能・低価格ウェア」市場で勝ち続けるには、低価格で商品を提供し続けなければいけない。そのためには、冒頭でもお話しした原価率64%を維持しなくてはいけないし、将来的には65%を実現したいと考えています。それができなければ、これからも他社が「参入したくない」と思える業態はつくれませんし、弊社がつくり上げてきた作業服の市場に並ぶ業態にもなりえませんからね。

画像: 作り手よし、売り手よし、買い手よし、社員よし。
【第2回】ブルーオーシャンを見つけた企画屋視点

土屋哲雄(つちやてつお)

1952年、埼玉県深谷市生まれ。東京大学経済学部を卒業後、三井物産株式会社に入社。1988年、社内ベンチャー制度を利用して三井物産デジタル株式会社を起業。その後、三井物産経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司董事兼総経理、三井情報開発株式会社(現・三井情報株式会社)取締役執行役員を歴任した。2012年に株式会社ワークマンに入社し、常務取締役として情報システム部・ロジスティクス部を担当。2017年から経営企画部も担当し、2018年出店の新業態「WORKMAN Plus」を仕掛けた。2019年からは専務取締役として開発本部と情報システム部、ロジスティクス部を担当している。

「第3回:売り上げより賃上げにコミットする会社」はこちら>

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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