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出口 治明氏 立命館アジア太平洋大学(APU)学長 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
製造業からサービス業へという産業構造の変化への対応が遅れ、経済成長が頭打ちになってきた日本。長引く低迷から抜け出し、強い経済と活気ある社会を取り戻すためにはどうすればよいのか。転換のキーワードとして、出口氏は「女性」、「ダイバーシティ」、「高学歴」を挙げる。

「第1回:なぜ日本の成長率は低迷しているのか」はこちら>

フェアネスの実現が社会の活力を高める

山口
前回、出口先生のおっしゃったことは、「役に立つ」と「意味がある」の違いとして区別できるかもしれません。製造業というのは「役に立つ」ものをつくる仕事で、日本人はそうしたものをつくるのが得意です。一方のサービス業では、必ずしも役に立つことだけでなく、個人的に「意味がある」ことや「ストーリー性」といったことが重視されます。日本人はそうしたことを考えるのが不得手なのではないかと感じるのですが。

出口
それについては、「日本人は」というより「今の日本人は」と言ったほうがよいかもしれません。「日本」という国号が初めて対外的に使用されたのは、701年の遣唐使におけることだとされています。したがって「日本人」というくくりにも約1,300年の歴史があるわけですが、室町時代の日本人は今の日本人とは似ても似つかない、自己主張の強い人々だったと言われています。同じ「日本人」でも、その中身は時代によって違うということですね。

レヴィ・ストロース以降の文化人類学者が繰り返し証明しているように、人間は生まれ育った数十年の社会の意識を反映している存在です。そう考えると、今の日本人は、戦後の製造業モデルの下で高度成長した社会の意識を反映した存在であり、一律に日本人とはこういうものであると決めつけないほうがいいでしょう。正しくは、「今の時代の日本人は戦後の製造業の工場モデルに過剰適応してこういう特質を持つようになった」と説明しなければいけないと思います。

画像: フェアネスの実現が社会の活力を高める

山口
確かにそうですね。では、製造業モデルからサービス業モデルに適応していくためには、何が重要だと思われますか。

出口
キーワードは、「女性」、「ダイバーシティ」、「高学歴」です。まず「女性」については、全世界的に見て、サービス産業のユーザーは6~7割以上が女性です。その女性の欲しいものが、日本経済を牽引していると自負する50代、60代の男性に分かるわけがありません。北欧をはじめ欧州でクォータ制*1が進んでいるのは、男女平等の精神だけでなく、サービス産業の時代には女性に活躍してもらわなければよいアイデアが出ないということが大きな要因となっています。翻って日本の現状は、世界経済フォーラムのジェンダー格差に関する報告書「Global Gender Gap Report 2018」によれば、149か国中110位でG7(先進七か国)では最下位です。まずはクォータ制を大胆に取り入れて、ジェンダーギャップをなくすことが第一歩です。

*1 人種、民族、宗教、性別などを基準として、議員や閣僚などの一定数を、現在不利益を受けている者に割り当てる制度。または男女の性差別による弊害を解消するために、積極的に格差を是正して、政策決定の場の男女比率に偏りが無いようにする制度。北欧諸国などで法制化して実施されている。

「ダイバーシティ」については説明しなくても分かりますね。ヨーゼフ・シュンペーターの言うように、本来のイノベーションとは既存知の新結合です。さらに、既存知間の距離が遠ければ遠いほどおもしろいイノベーションが生まれることも実証されています。この既存知間の距離を遠くするのがダイバーシティです。多国籍の人が集まれば、それだけいいアイデアが生まれる可能性が高まるということですね。

「高学歴」は、簡単に言うと大学院修了者の比率です。日本の労働生産性は、データが集計され始めた1970年以降、一度もG7の最下位を脱したことはありません。そして、労働生産性とその社会の大学院修了者の比率は正比例しているのです。考えてみれば、これは当然のことで、深く勉強した人は、それだけアイデアを出せる能力があるということですね。日立さんはそんなことはないと思いますが、日本には、なまじ勉強した人間は使いにくいなどという理由から大学院卒や博士号取得者を敬遠するような企業がたくさんあります。そんな社会が成長できるはずはありません。

要するに、成長のカギは性別、国籍、年齢フリーの社会構造に転換できるかどうかにあるのです。国を開いてさまざまな国の人に来てもらうこと、年齢や性別に関わりなく成果を出せば評価されるフェアネスを実現すること、それらが新しい産業構造に適応する土壌となるだけでなく、社会全体の活力を高めることにつながるはずです。

新しいものは辺境から生まれる

画像1: 新しいものは辺境から生まれる

山口
私はもともとイノベーション研究が専門なのですが、やはり異なる分野の人が交わる場所でイノベーションが生まれやすいということは言えますね。例えば、ビートルズが出てきたのも、音楽のメッカであるロンドンではなく港町のリヴァプールでした。港町は異なる文化や民族の結節点となる場所です。

そういう意味ではここ別府も、港があり、観光地としてさまざまな人が訪れるなど、新しいものを生み出すにふさわしい地と言えるのではないでしょうか。

出口
中央は洗練が進むがゆえに保守的になり、異質なものや新しいものは辺境から生まれるというのが歴史の法則ですね。日本でも新しいものは僻地から生まれています。例えば、平清盛による武家政権という新しい発想は、彼が大宰大弐として大宰府に赴任したときに得たものです。当時の大宰府は僻地でしたが、一方で大陸との接点でもあったわけで、さまざまな知識や情報が得やすかったのでしょう。

山口
江戸時代も、外から新しい情報が一番入るところは長崎、九州の北部でした。日本の歴史を振り返っても、新しいムーブメントはほぼ西日本から起きていますが、それはやはり外部情報との接点が多かったことと関係があるのでしょうか。

出口
そうですね。人間の歴史を見ても、異なる文化との接点にダイバーシティが生じてそこが栄えるということが繰り返されてきました。日本は常に大陸の文化の影響を受けてきましたから、西日本がムーブメントを先導したというのは確かです。

関東を「あづま」と読むように、西から見れば東はずっと辺境でした。「つま」とは「端」ですから、東の端が「あづま」であれば、西の端が「さつま」です。その東の端が江戸時代には中央となり栄えたわけですが、西日本の端にある薩摩や本州の端にある長州から起きた新しいムーブメントによって倒されました。歴史を知っていれば、こうした流れは必然であるという見方もできると思います。

画像2: 新しいものは辺境から生まれる
画像1: 「さまざまな知識×論理的に考える力」が問われる時代に
その2 成長のカギは性別、国籍、年齢フリーにあり

出口 治明(でぐち はるあき)

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。1948年三重県美杉村生まれ。1972年京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年に上場。10年間にわたって社長、会長を務める。2018年1月より現職。著書は『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ、Ⅱ』(祥伝社)、『全世界史上・下』(新潮社)、『人類5000年史Ⅰ、II』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇、中世篇』(文藝春秋)など多数。

画像2: 「さまざまな知識×論理的に考える力」が問われる時代に
その2 成長のカギは性別、国籍、年齢フリーにあり

山口 周(やまぐち しゅう)

1970年東京都生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

「第3回:経験に学び、歴史に学ぶリーダーの条件」はこちら>

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