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中西 輝政氏 京都大学名誉教授 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
話題はイギリス論から日本論へ。外部の良いものに独自の価値を加えながら取り入れ、発展してきた日本におけるバブル経済後のつまずきは、お手本を見失ってしまったことにあるのではないかと山口氏は推察する。これに対し中西氏は、次なる時代を拓くカギは総合力を獲得することであり、自己の再評価によって日本が世界に貢献できる可能性は高まると言う。

「第1回:リベラルアーツが重視されてきたイギリス」はこちら>
「第2回:直感を大切にしたチャーチルと、イギリス流行動学」はこちら>

日本人が持つ、連続性への無意識の強い自信

画像: 日本人が持つ、連続性への無意識の強い自信

山口
ここまで論じてきたイギリスは、歴史の連続性という点でも特筆すべき国だと思います。一方、日本の歴史に目を転ずると、特に1867年の大政奉還や1945年の敗戦をはじめ、中世から近代にかけて文化や政治体制などの断絶を何度も経験してきました。

中西
確かにイギリスの歴史には驚くべき連続性があり、過去一千年にわたってほとんど変わっていないと言えます。現在のイギリス王室の始まりは1066年のノルマンコンクエストにあり、議会制もマグナカルタ(大憲章)の時代から続いています。貴族制度も厳然と残っていますし、さまざまな古い習慣をイギリス人は意識的に残そうとします。

対して、日本では江戸時代の末期から21世紀に至るまでさまざまな断絶があり、それが日本の史学分野における大きな研究テーマにもなっています。日本人は、古い上着を脱いで新しい時代に入るということを平気で行ってきました。このことは一貫性がないように見えますが、むしろ、イギリス人よりもっと深い部分での連続性に対する自信があるからこそ、できるのではないかと私は思います。ちょんまげを切って洋服を着たぐらいで、憲法が変わったぐらいで、自分たちが根本的に変わることはない。そのような無意識の強い自信が、日本人にはあるのではないでしょうか。そこは他のアジア諸国とは大きく異なる点です。このような日本人の連続性に対する強い、しかし無意識の自信と、イギリスの古いものを維持し続けようとする強い、意識的な執念というのは、必ずしも相反するものではなく、表裏一体を成すようにも見えます。

山口
なるほど。今のお話から日本語の特性が思い浮かびました。日本語は漢字をはじめとするさまざまな要素を外から取り入れながら確立されてきました。いわば多重的なシステムですね。ヨーロッパや中国では、何かを変えるときには新しいものにリプレイスしますが、日本は新しいものを並立させるという特徴があるかもしれません。断絶したように見えるけれど、古いものもちゃんと残っているということですね。

中西
思うに世界には、新しいものを上へ上へと積み上げていくストック文化圏と、新しいものを取り入れるときに古いものを捨てたがるリプレイス文化圏があるのではないでしょうか。イギリスも日本も、趣きはかなり違いますが、古いものを残そうとして無原則に積み上げていくという点は一致しているかもしれません。古いものと新しいものが矛盾しても、比較してどちらかを選ぶという対決のプロセスを回避してしまうのです。日本の神仏習合も漢字伝来も、また明治の近代化もそうです。いろんなものが重層的に積み上がっていっても矛盾を感じないわけです。

これは私の仮説なのですが、不思議なことに、そうした文化は大文明を築いた大陸の少し沖合の島国に共通しています。日本、イギリスのほか、スリランカやマダガスカルも、個人的な研究プロジェクトで調べたかぎりでは、やはり似たような融合性と、温和な国民性、そして心の機微を重視する文化、ムラ社会的なモラルに支えられた人間関係という共通した特徴を持ってます。

かつての日本に足りなかった総合力

画像1: かつての日本に足りなかった総合力

中西
話を戻すと、断絶と言っても意外に前の時代のものを残していますし、外から入ってきたものも諾々と受け入れるのではなく、換骨奪胎しながら取り入れていく。そのような「したたかさ」と言いますか、無意識な深慮遠謀が日本人にはあると感じます。

画像2: かつての日本に足りなかった総合力

山口
そうですね。結果論ですが、やはり皇紀で2600年以上、滅ぼされることなく続いてきた国ですから、案外したたかに立ち回ってきたのでしょうね。

おっしゃることは「文明」と「文化」の関係として整理できるかもしれません。文明という、良いもの、便利なものは外からどんどん取り入れるけれど、実は通底している文化、精神性のようなものは変えずにきたというのが、遣隋使・遣唐使の時代から続いてきた日本のあり方でした。

ところが、1990年前後のバブル景気の時代に時価総額の世界ランキング上位を日本企業が席巻し、経済・社会活動において歴史上初めて、めざすべきお手本がなくなるという状況が起きました。それまで外側に学ぶべきお手本がふんだんにあり、それらに独自の価値を付加することで大きな成果をあげてきた国が、行き先を自分たちで考えなければならなくなり、迷走状態に入ったのが平成という時代だったのではないでしょうか。

令和時代が始まりましたが、私たちや、さらに若い世代がこの国の未来の姿を考えるときにお手本となるものを外側に見つけ出すことが、ますます難しくなっていると感じます。

中西
それは、とてもよい視点ですね。日本の歴史を振り返ると、たしかにバブル景気の時代は、経済活動だけが肥大化した、いびつな状態でした。当時は、社会一般の「教養」に対する意識、とりわけ国際政治や国際関係に対する関心や情報量のレベルも今よりずっと低かったという印象です。現在なら、書店に国内外の歴史や国際政治について分かりやすく書かれた新書の類がたくさん並んでいますが、その頃はそうではありませんでした。リベラルアーツが未成熟な中で経済力だけが突出して世界の覇権を窺うほどに強大化したというのは、やはり社会としていびつであり、それが国としてのつまずきの大きな要因だったように思います。

このことは太平洋戦争の教訓とも重なります。軍事力だけに偏らず、人文・社会科学の知識や、議会制民主主義をうまく運営できるような柔軟な社会、政治文化といった総合力をつけておくべきでした。

ただ、それで自信を喪失することはないでしょう。これまでは準備が足りなかっただけです。現在は、一国が経済力で国際社会を牛耳るというような時代ではありませんから、世界全体を見渡せる、真にグローバルな視野を持ったエリートを育成し、また日本人の中にそうしたエリート文化が根づくようになれば、国際的にもより大きな存在感を発揮できるようになるはずです。

私の住む京都では、外国人観光客によってわれわれが今まで意識していなかった魅力が発掘されているそうです。そうした話を耳にすると、われわれ日本人がもっと自己開拓、自己の再評価という面での教養を深め、社会の成熟や人格の陶冶に取り組めば、かつてなかった国としての洗練を実現して、本当の意味でのグローバルな視野を獲得し、世界に貢献できる可能性はまだまだあるという期待が湧いてきます。

画像1: みずからの感性を大切に、歴史を愉しむ
その3 自己の再評価を通じ、世界に貢献できる国に

中西 輝政(なかにし てるまさ)

1947年大阪生まれ。京都大学法学部卒業、同大学大学院修士課程(国際政治学専攻)修了。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院(国際関係史専攻)修了。京都大学法学部助手、ケンブリッジ大学客員研究員、 米国スタンフォード大学客員研究員、 静岡県立大学国際関係学部教授、京都大学大学院・人間環境学研究科教授などを経て、2012年より京都大学名誉教授。 1989年佐伯賞、1990年石橋湛山賞、1997年毎日出版文化賞、山本七平賞、2003年正論大賞、2005年文藝春秋読者賞などを受賞。主な著書は、『大英帝国衰亡史』(PHP文庫、1997年)、『国民の文明史』(扶桑社、2003年)、 『本質を見抜く「考え方」』(サンマーク出版、2007年)、 『日本人として知っておきたい「世界激変」の行方』(PHP新書、2017年)、『アメリカ帝国衰亡論・序説』(幻冬舎、2017年)、『日本人として知っておきたい世界史の教訓』(育鵬社、2018年)他多数。

画像2: みずからの感性を大切に、歴史を愉しむ
その3 自己の再評価を通じ、世界に貢献できる国に

山口 周(やまぐち しゅう)

1970年東京都生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

「第4回:生きた文化としてのコモンセンスの継承」はこちら>

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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