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重要なのは価値観
――その後、星野リゾートの軽井沢ホテルブレストンコートに移っていますが、今度は異動ではなく、転職になりますね。
浜田
高校を卒業してから12年。イタリア料理からフランス料理、和歌山から浦和へと移り、スーシェフになり、有名なコンクールでも名を挙げた。会社からはシェフにとの話も出ていた時期でした。突然、星野リゾートから軽井沢ホテルブレストンコートのシェフ(料理長)として来て貰えないかと声がかかったのです。
――料理人のヘッドハンティングですよね。かなり迷いましたか。
浜田
実を言うと、星野リゾートや軽井沢ホテルブレストンコートの名を知らなかったんですが、せっかくのお誘いなので話だけでも聞いてみようと、当時料理長の梶川俊一さん(現、星野リゾートグループ料飲統括責任者)の面接を受けたのです。
まず聞かれたのが「浜田君はどこの料理が好き?」でした。気軽に聞かれたので僕も「レジス・マルコンですね」って答えたら、「ホント、俺も一緒だよ!」と意気投合し話が盛り上がって、料理に対する価値観もすごく合った。あ、ここで働けたら嬉しいなって思いました。
どちらで働こうとシェフになれることは変わらないけれど、軽井沢ホテルブレストンコートは初対面のスタッフばかりの新しい環境の中シェフになるので、自分を試す大きなチャンスになると感じ、決めました。
その土地ならではの食材に心惹かれる
――価値観以外に重視した点もあったら教えてください。
浜田
食材ですね。長野県、軽井沢という土地だからこそ手に入るものに興味を持ちました。今まで扱ってきたものとまったく違っていたのです。それを見て、自分のこれまでの価値観や料理観を大きく変えたいとの気持ちが沸き、全てをひっくるめて、ここに入りたいと思ったわけです。
後に(2011年)オープンするユカワタンの構想を告げられていたのも理由のひとつです。
――新天地でシェフとして采配を振るう。まず取り組んだことは何ですか。
浜田
シェフは初めての経験でしたので、最初は今まで作ったことのあるレシピを中心に始めました。また、ユカワタンのオープンに向けての準備も始めていました。その間、マルコンさんとのイベントをやらせてもらうなど親交を深める機会があり、フランスにある彼の店で1か月半くらい修行させてもらったこともあります。
彼の料理がどのように作られているのかはもちろん、フランス料理がどのように成り立っているのか、知ることができたのが大きな収穫でした。
――マルコンさんは浜田さんにとって大きな存在のようですね。特に印象的な出来事があったら教えてください。
浜田
マルコンさんはキノコの魔術師と呼ばれています。「なぜキノコなんですか」って聞いたら、「目の前にキノコがあったからだよ」と言うのです。これはすごいことだと思いました。当たり前のようですが、気づける人はなかなかいないです。
ユカワタンの料理を考えている時も、地元の人たちは長野の食材をたかが長野の食材って言うけれど、僕は県外から長野にきたので逆に「スゴイ食材がいっぱいあるじゃないか」という思いでした。
そこで長野県の食材だけでチャレンジしてみたいとマルコンさんに相談したら、それがいいと言ってもらえました。
Less is more
――当時のユカワタンのコンセプトは「水のジビエ」でしたね。
浜田
はい、メインとなるのは川魚しかありませんでした。世界中から食材が手に入る時代に、長野県、それも天然素材だけに限定したのです。川魚だけで人を呼べるの? 東京からわざわざ人が来る? との懐疑的な声があったものの、僕の頭の中にはいつも「Less is more」という言葉があって、「限ることは豊かなこと」と思っていました。
なぜなら、昔は料理の材料としては天然素材しかなかったわけで、長野の食材を極めるためには長野の食材しか使わない。そうすると発想も考え方もストイックになる。料理も、より本質的な方に行くと気づけた。
これが長野に行って僕が一番変わったことでした。
――具体的な食材を例にすると、どのようなものがありますか。
浜田
たとえば佐久鯉ですね。これを使いたいと言ったら最初は反対意見ばかりでした。それで僕は余計に火がついた。性格が天邪鬼なので、「だったら、それでお客さんを呼ぼう」と思ったのです。
なぜ佐久鯉があそこで育ったか。今のように流通が発達していなかったし、生命力がある。食べるまで大きくするのに3年くらいかかる。その割に安価。地元の方は工夫して佐久鯉を煮付けやうま煮にしていますが、誰かがそれ以外の料理を作らないと、廃れていってしまうとの考えもありました。
それでタルタルや、コンソメスープにしてみたのです。すると、今まで食べたことのない鯉の料理がいっぱいできることに気づきました。これは唯一無二でそこにしかないものだし、根付いた食でもある。
すると、東京から新幹線に乗ってでも食べにくるロジックができる。あそこに面白いレストランがあるという口コミも広がる。
リンゴもそう。「たかがリンゴでしょって言われるけれど、色々な技法を加えたら見たことのないリンゴになる」というのも長野で分かりました。
これはどんな食材にも共通します。大切なのは、どうしたら喜んでもらえるか。今、目の前にある料理をいかに自分の技術で仕上げるかなんです。
日本古来からの食文化を象徴する野菜と魚
――現在シェフを任されている星のや東京のダイニングで提供する料理「Nipponキュイジーヌ」についても教えてください。
浜田
Nipponキュイジーヌを分かりやすく説明するなら海外の人が「日本に来て食べたいもの」です。代表的なのは寿司と天ぷらですよね。つまり魚と野菜で構成された料理です。
ヨーロッパが狩りをして動物を食べていたナイフとフォークの文化なのに対し、僕たち日本人は箸の文化だから、箸で切れるものしか食べてなかった。つまり、野菜と魚がNippon古来からの食文化を象徴しているわけです。
そのうえで、ここは東京のど真ん中。他の外資系ホテルのレストランが高層階にあるのに対し、ウチは地下にあります。つまり、地上より下だから海のものを中心にしました。地下フロアの壁も地層を表現し、貝塚のイメージを出しました。
貝塚といえば木の実とか海のものなんですね。こうした考え方は、長野にいるとき縄文ミュージアムが御代田にあり、館長と知り合えたのが大きいです。
――長野と同じように食材を制限したわけですね。でも、東京は世界中の食材が集まる築地(豊洲)や大田市場があるのに、そちらに興味はなかったのですか。
浜田
東京に来てすぐに築地や大田市場に行ったけれど、欲しいものがひとつもなかったのです。
業者さんに「伝統野菜は?」と聞いたら、「揃いません」という。長野だったらおばあちゃんしか持ってない種とかあったのに。誰もそういうのを使わない。
カブなどの野菜も大きさが揃っていてみんな同じ。まっすぐなものしかない。海外でそんなもの見たことない。これはふつうじゃないと思ってしまいました。東京に出てきたはいいけど、食材がいっぱいあるようでない。自分が欲しいものがないことに気づいたのです。
だから自分とマインドの合う生産者さんと直接対話しながら食材を取り寄せ、日本ならではの食材を、日本の調理技術やフランス料理の技法で、引き立たせることにしました。
先ほどお話した「Less is more」と同じように、制限したわけです。
星のや東京 ダイニング「Nipponキュイジーヌ」夏メニュー
星のや東京は、東京・大手町という金融・経済の中心にある日本旅館である。「和のおもてなし」が体験できるとあって、土地柄、世界各国の企業経営者やエグゼクティブをゲストとして迎えている。
青森ヒバの一枚板の扉が開かれた瞬間、白檀を調合した香りが都会の喧騒を忘れさせてくれる。玄関で靴をぬいで上がり框に足をかければ、あとは、畳敷きの館内で日本の伝統文化に触れることができる。17階の最上階には温泉があり、吹き抜けの露天風呂から真上を見れば都会の四角い天空がのぞく。地階には大きな石のオブジェが配置され、地層をイメージした土壁の間を抜ければダイニングに至る。宿泊客だけが味わえる「Nipponキュイジーヌ」の舞台。
夏メニューのコースの一部をご紹介すると、五味(塩・酸・苦・辛・甘)を楽しむ「五つの意思」、酒盗と蕗のソースで味付けした鰹のたたき、鮪のほほ肉のコンフィ、毛蟹とウニのリゾットなど。いままで出会ったことのない香り豊かな味わいが心を満たす。魚と野草、野菜だけの限られた食材で考え抜かれた料理は、世界にふたつとないここだけのもの。非日常のやすらぎの感覚がダイニングにも息づいている。
【星のや東京】
東京都千代田区大手町一丁目9番1
TEL.0570-073-066(星のや総合予約)
浜田統之 Noriyuki Hamada
1975年、鳥取県生まれ。18歳からイタリア料理の世界で腕を磨き、24歳でフランス料理に転身。2013年、ボキューズ・ドール国際料理コンクールフランス大会本選で世界第3位となり銅メダル獲得。2016年、星のや東京料理長。2017年、ボキューズ・ドール国際料理コンクール30周年記念ガラディナーで、約1,500名の世界の食通を前に魚料理を提供した。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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