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人は千差万別。センスは人に張り付いてるものなので、必然的に千差万別です。だから政治家として優れていた、結果的に力量があった人でも、たとえば田中角栄さんや岸信介さん、佐藤栄作さんや、大平正芳さんのセンスはそれぞれまったく異なるわけです。センスを磨く標準的な方法論というものはありません。各人が自身の経験、試行錯誤の中でセンスを練り上げてきたとしか言えません。

センスは、まったく天賦の才ではありません。ビジネスについては特にそうだと思います。ものすごい若年で数学が天才的にできる人はいますが、ものすごい若年でビジネスセンスにあふれた人はあまりいない。センスはむしろ非常に後天的なもので、その人が意識して練り上げていくものだと思います。

それじゃどうすりゃいいんだという話になるんですけれども。これは本当に人それぞれなのでしょうが、僕の場合で言うと、人をよく「視る」。「見る」というより、凝視するとか考えながらの「視る」です。

どんな人にも、周囲に“これは”という人がいると思います。その人をよく「視る」。何を「視る」のかというと、全部を「視る」。というのは、センスはそう簡単には見せられないものなのですが、結果としてその人のスタイルに表れるからです。この場合のスタイルとは、その人に固有のセンスが行動や振る舞いに表出しているもののことで、これは観察できるんです。

その人が仕事をしているときのメモの取り方、アポの入れ方、会議の発言、質問の仕方、電話の受け答え、メールの内容、ご飯の食べ方、挨拶するときの表情……など、一挙手一投足にその人のセンスは表れているはずです。断片的な行動を通底するスタイル。これは、近くにいれば「視る」ことができます。

僕の個人的な経験で言うと、若い頃大前研一さんのお手伝いをさせていただく機会がありました。とにかく、ものすごく頭がいい。スキルにおいても傑出しているのは明らかですが、お会いしただけで「ああ、この人はちょっと次元が違うな」とすぐわかる。

これ、何なのかなって「視る」わけです。たとえば大前さんは、いつも同じポーチに最低限必要なもの、携帯電話や筆記具、メモ帳などを入れて持ち歩いているんです。そのポーチが壊れると、まったく同じものをまた買い直す。そういうことをいちいち考えるのは無駄だと。それが、自分の目で視てきた大前さんの他のいろんな行動と掛け合わせると、なるほどなって腑に落ちることがあるんです。こういうのがセンスなのかなって。もちろん、彼の質問の仕方とか議論の仕方とか、会議の取り回し方とか、そういうのは勉強になるんですけど、それだけじゃなくて、「何かいつも同じポーチ持ってるな」みたいなことも、その人のセンスを知るうえで重要な手掛かりになる。

マイケル・ポーター先生は、僕が専門にしている競争戦略の始祖というべき人です。ポーター先生の競争戦略論とは、ごくあっさり言うと、トレードオフ――つまり、何をするかではなく、何をしないかを決めることで、自社に有利なポジションを獲得していくことが企業間の持続的な違いになるというロジックです。「北に行く」ではなく、「南・東・西には行かない」ということを決める、これで他社と違いができるんだと。これが戦略的意思決定の正体だっていう主張なんですね。

横で「視て」いて気づいたのですが、ポーター先生は、会議が終わると、その場で資料を全部ビリビリと破り捨てるんです、もう要らないからと。そして M&M'S®をバリバリ食べながら、コーラを飲む。ポーター先生の学術的な主張は本を読めば誰でもわかりますが、こうして近くで視ていると、いろいろな行為から、ああ、こういうのがポーター先生のスタイルなんだな、という感じがつかめる。

僕の知り合いで某メガバンクの役員をやっている女性から聞いたいい話があります。僕と同じ年ぐらいですから、男女雇用機会均等法が施行された頃に入社した総合職の女性です。最初はもちろん支店に配属されるわけですが、当時の銀行は男社会です。総合職の女性というだけで男性社員にはなめられるし、一般職のベテラン女性社員からはいじめられるしで、大変に苦労したそうです。

最初は、女なんだからお茶くみやれと。ただその人がすごいのは、これはチャンスだと思ったらしいんです。そこにはすごく優秀な支店長がいて、この人は何か違う、これは勉強になるなと。特別な応接室でやるような、法人顧客の重要な相談でお茶を出す。そのときに、その支店長がお客さまと話している内容や、どんなふうに対応しているかなどを近くで観察できたっていうんです。後々彼女は法人営業で頭角を現して、大変にセンスあふれるメガバンカーとなったのですが、若いときのあの経験は貴重だったと振り返っていました。

“これは”という人を「視る」という直接観察は、普段からできるわけです。もちろん、だからすぐにセンスがメキメキ身に付きますというわけではないのですが、自分でセンスを開発するためには、まずセンスとは何かということをよくよく知る必要があります。そのためにも、特定少数の“これは”という人を「視る」。僕はとてもいい方法だと思っています。

画像: 芸と仕事-その2 センスを「視る」。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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