「第1回:NPO支援という社会貢献」はこちら>
「第2回:社員を巻き込めるCSRへの取り組み」はこちら>
「第3回:てこの原理が生み出す、たくさんの社会貢献」はこちら>
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プロボノの活動経費、だれがどこまで負担するのか
日立の情報通信部門の社員に広くプロボノを経験してもらうため、2カ月間のプロボノの導入を決めた増田。幹部クラスの社員にその構想を話したところ「すんなり受け入れてもらえた」ものの、そこから先の社内調整は簡単ではなかった。
「財務や人事の責任者と話を進めるなかで、クリアすべき実務的な課題がいくつか出てきました。例えば、プロボノ活動で発生する費用の負担をどうするか。あるいは、就労管理をどうすべきかということです」
プロボノを実際に行うとなると、当然だが支援先まで行くための交通費がかかる。また、支援先団体に提供するIT機器の費用や、打ち合わせスペースの使用料などの経費も発生する。企業のCSRへの取り組みが当たり前になった時代とはいえ、直接利益を生み出さない活動をどう扱うべきか、どの企業も悩むところだろう。
「交渉はやや難航しましたが、最終的には、財務面、人事面ともになんとか落としどころを見つけることができました。」
一方で、人事の責任者からは「二つ返事でOKをもらいました」と増田は続ける。「社員と社会とをダイレクトにつなげることができれば社員の視野が広がるし、モチベーションの向上も期待できる。ぜひやってください」と、むしろ背中を押されたと言う。
ただ、プロボノ活動に参加したからと言って人事評価に加点されるわけではない。「プロボノの経験が、間接的にしろ直接的にしろ、社員の本業に効果をもたらしたときに、初めて評価に値するのではないでしょうか」。そう言うと増田は、ある社員の話を始めた。
プロボノは、新しいビジネスの可能性を探る場所
「2013年から岩手県釜石市で行っている長期のプロボノプロジェクトでリーダーを務めたのが、T君です。彼は普段、中央官庁向けのシステム構築を担当しています。ちょうど釜石のプロボノを始めようという頃、彼の所属する部署が次のビジネスのネタとして挙げていたのが『地方創生』でした」
地方創生が、本当に次のビジネスにつながるかどうか。それを探る手としては、フィジビリティスタディがある。業界の動向や市場の状況などを調査し、新規プロジェクトの実現可能性、採算性を探る手法だ。
「でも『地方創生』はかなり大きなテーマですから、予算をかけてフィジビリティスタディをやったとしても、いつまでに黒字化できるかはなかなか見通せません。一部署が、直ぐに回収が見込めない案件に予算を使うのはさすがに難しい。
T君が釜石のプロボノプロジェクトへの参加を申し出たのは、そんなときでした。釜石に行けば、自分のITスキルを活用してプロボノ支援を行いながら、地方がどんな状況にあるのかフィジビリティスタディができる。しかもそのための必要経費は、所属部署ではなくCSR部が負担する。それを聞いたT君の上司は、『そういうことならぜひお願いしたい』と快く参加を認めてくれました」
こうして釜石のプロボノに参加したTは、所属部署に財務的な負担をかけることなく、支援を通じてフィジビリティスタディを実施し、ビジネスのヒントを持ち帰った。増田は、所属部署に対するTの貢献を、こう表現する。
「要するにT君は、地方創生という“明後日のメシのタネ”を釜石で探してきたのです。
既存の商品を、既存の市場に売る。言い換えると、日々の食い扶持を稼ぐためのビジネス、これが“今日のメシのタネ”です。次に、今ある技術で新しい商品を生み出そう、今ある商品で新しい市場に切り込んでいこうと考えるのが、“明日のメシのタネ”を探すことです。例えば、3年単位の中期経営計画がちょうどこれに合致すると思います。どちらにしても、発想の起点は自社の事業ですよね」
この2つと真逆の発想で探すのが、“明後日のメシのタネ”だと増田は言う。
「自社の事業ではなく、社会課題を起点にして、その解決のために自分たちがどんなビジネスができるか考える。それが“明後日のメシのタネ”を探すということです。そのヒントを得る1つの機会が、ひょっとするとプロボノなのではないでしょうか」
社内への浸透は、理解・共感・活動の3ステップで
2カ月間のプロボノに話を戻す。財務や人事の課題をクリアし、社内施策としてのスキームを固めた増田が次に着手したのは、社員へのプロボノの浸透だった。すでに2016年に入っていたが、まだまだプロボノになじみの薄い社員が多かった。
「プロボノの意義を社員に知ってもらわないことには、参加者が集まりません。そこで、『理解・共感・活動』の3ステップで浸透を図りました。
まずはプロボノそのものを紹介する説明会を開いて、社員にプロボノとはどういうものなのかを『理解』してもらいました。次のステップは、ワークショップです。参加者を数人ずつのグループに分けて、『NPOが今こういう課題を抱えています。皆さんならどんなスキルを使ってどう解決しますか?』というお題を出し、机上でプロボノの疑似体験をしてもらいました。そこで『共感』できた社員には、実際のプロボノプロジェクトにエントリーしてもらい、『活動』に参加してもらう。という3つのステップを踏んで施策を展開しました。
もちろん、参加する社員の上司の理解も必須です。基本的にプロボノ活動は業務時間外に行われますが、皆さん本業の仕事がありますからね。必要に応じて、上司に説明に行きました」
こうして2016年の10月から12月にわたり、2カ月間にわたるプロボノプロジェクトの第1回目が実施された。支援先は、自然環境保全や子育て支援などを行う首都圏のNPO、5団体だった。
システムエンジニアが感動した、NPO職員の一言
初めてプロボノに参加した社員たちからは、「感動した」「嬉しかった」という声が増田に寄せられた。
「参加者の多くは普段、パソコンに向かってITシステムの開発をしているエンジニアですから、自分たちの仕事が社会にどう役立っているか実感する機会がなかなかありません。そんな彼らがNPOに足を運んで職員の方々と話し合って、例えばホームページを作って、直接『ありがとう』と感謝される。『それがすごく嬉しかった』と口々に言っていました。
自分のスキルがそういう形で社会に貢献できているんだということがわかりますし、世の中のニーズを探る勉強にもなり、視野が広がる。だから、本業におけるモチベーションが変わる。それが社員にとって大きいと思います。
企業に勤めている人の普段の仕事は、どうやって収益を上げるか、どうやって予算を達成するかという話と常にセットなわけです。でもプロボノは違います。純粋に自分のスキルがどういうことに役立っているかを実感できる貴重な機会です。そうやって2カ月間のプロボノを経験した社員が、自分の所属部署に戻ってその感動を同僚に伝えることで、さらに多くの社員がプロボノに参加するようになる。少しずつですが、そんな流れが生まれています」
増田典生(ますだのりお)
1961年、神戸市生まれ。1985年、日立西部ソフトウェア株式会社(現・株式会社日立ソリューションズ)に入社。システムエンジニアや技術指導員、人事総務課長、経営企画部担当部長などを経て、2012年に日立ソリューションズCSR部長兼ブランド戦略部長に就任。翌2013年に岩手県釜石市でプロボノ活動を開始した。2015年、事業再編で株式会社日立製作所情報・通信システム社(現・システム&サービスビジネス統括本部)に転籍。コーポレートコミュニケーション本部ブランド戦略部担当部長とCSR部長を兼ね、日立情報通信部門のプロボノ施策を牽引した。2017年からは日立本社にてグローバル渉外統括本部サステナビリティ推進本部企画部長を務めている。
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