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CSV(Creating Shared Value)にちなんで名づけられた独自の経営戦略、ASV(Ajinomoto Group Shared Value)を2014年から推し進める味の素株式会社。それ以前から同社は、国内外で社会課題の解決に取り組んできた。その象徴が、味の素グループのベトナム法人が2012年から同国で進める「学校給食プロジェクト」。そこには、食を専門とする味の素ならではの問題意識とノウハウがあった。

「第1回:味の素流・社会価値の測り方」はこちら>

都会の小学生が食べていた、驚きの朝食メニュー

――味の素グループは、2012年からベトナムで「学校給食プロジェクト」を展開しています。もともとベトナムの食事情はどんな状況だったのですか。

佐々木
わたしが聞いて驚いたのは、1時間目の授業が始まる前に、小学生が学校で即席麺を食べているということでした。

――朝から、しかも学校で、ですか?

佐々木
そうなんです。特に都会は共働き世帯が多いので、お子さんのために朝食を用意する時間がない。そのため、なかには校内の売店で即席麺を買ってお湯を注ぎ、食べてから授業を受けているお子さんがいるというのです。

その学校に限らず、ベトナムでは給食はないに等しい状況でした。当時は、都市部の小学校でも栄養バランスのよいメニューをつくるのは難しかった。なぜかと言うと、栄養士制度が確立されていなかったことが大きい。教職員や保護者の栄養に関する知識も不十分でしたし、給食をつくる調理設備も整っていなかったのです。

味の素はなぜベトナムに着目したのか

佐々木
ベトナムの農村部では、そもそも食事の量そのものが絶対的に少ないことから、お子さんが栄養不足に陥っていました。一方、ホーチミンやハノイなどの都市部ではバランスよく栄養が摂れているかと言うと、そんなことはありませんでした。お子さんたちは野菜を好んでは食べず、米をはじめとする炭水化物ばかりの栄養バランスの悪い食事を続けていたため、肥満のリスクが高まっていました。

これはベトナムに限ったことではないかもしれません。少ないおかずでできるだけ多くの炭水化物を摂ることが、エネルギー源を手早く体内に取り込む手段になっているのです。

――それでは、「学校給食プロジェクト」が始まった経緯を教えていただけますか。そもそも、なぜ御社はベトナムに着目したのでしょうか。

佐々木
このプロジェクトは味の素本体の発案ではなく、ベトナム味の素社から自発的に生まれました。同国ではすでに、麺料理“フォー”のスープなどによく使われる「Aji-ngon(アジゴン)」をはじめ、家庭での調理向けの風味調味料が浸透していました。

画像: ベトナム味の素社が販売している風味調味料「Aji-ngon」。

ベトナム味の素社が販売している風味調味料「Aji-ngon」。

ベトナム味の素社が次に目を向けようとしていたのが、外食マーケットでした。その販売戦略を話し合う席上、「ところで今、ベトナムの学校給食ってどうなっているの?」という疑問が挙がり、それがきっかけとなって、2012年に「学校給食プロジェクト」がスタートしました。

味の素のノウハウが詰まった、ハードとソフト

――プロジェクトを通して、ベトナムの学校給食をどう改善していったのですか。

佐々木
ベトナムの教育訓練省や保健省などの中央行政、そして地方行政にもご協力いただき、まずは給食調理専用のモデルキッチンを1校に設置しました。

――御社は食品だけでなく、キッチンのノウハウもお持ちなんですか。

佐々木
日本では外食のお客さまに対して、調味料の販売だけでなくメニューや調理方法のご提案もさせていただいています。その一環として、複数店舗で提供するための料理を大量につくるセントラルキッチンの設計ノウハウも培っているのです。

例えば、いろいろな食材を衛生的に調理するために、キッチンにおける人の流れを整えたり、調理の工程ごとにゾーンを分けたりするといったノウハウがあります。また、ベトナムの小学校は、日本と同じようにお子さんが自分で給食の取り分けや配膳を行いますから、小学生にもわかりやすい設備である必要があります。

画像: 「学校給食プロジェクト」により改善された給食を楽しむベトナムの児童たち。

「学校給食プロジェクト」により改善された給食を楽しむベトナムの児童たち。

モデルキッチン設置校では、ベトナム味の素社が提案するメニューをつくっていただき、給食としてお子さんたちに提供しました。この取り組みをベトナム全土の教育関係者に視察していただくことで、モデルキッチンの採用校を少しずつ増やしていこうとしたのです。

また、献立を作成できるソフトウェアを開発してWeb上で公開しました。食材を入力すると献立が表示され、摂取できる栄養素の量を算出するものです。これを使えば、栄養管理のノウハウがなくてもバランスのよい食事をお子さんたちに提供できます。2017年時点で、ベトナム国内の小学校の半数を超える2,610校がこのソフトウェアを導入しています。2020年までに全土4,060校に導入いただくことを目標としています。

ベトナムに根づかせたい、新たな文化と制度

――ベトナムの給食は、実際どんなメニューなのですか。

佐々木
ご飯に汁物、おかず。基本的には日本と大きくは変わらないですね。

――プロジェクトがスタートしてから、学校給食の現場はどう変わったのでしょうか。

佐々木
昨年、モデルキッチンを設置した現地の小学校を訪問しました。

まず、食堂の入り口にポスターが貼ってあります。これはベトナム味の素社が提案したもので、人間にはどんな栄養素が必要で、それにはどんな役割があるのか、どの食材に多く含まれるかが小学生にもわかりやすく描かれています。このポスターを使って、給食の前に数分間、先生が食の授業を行うのです。

「今日のメニューは〇〇だけど、これにはどんな栄養素が入っているかな?」と先生が問いかけると、お子さんみんなが「はーい!」と手を挙げて答える。食べる前に必ずこういった時間を設けて、お子さんたちに栄養に関する知識を身につけさせているのです。これは、お子さんたちが大人になっても活きる大切な素養だと思います。

画像: ベトナムに根づかせたい、新たな文化と制度

同じくベトナムの栄養改善に貢献する取り組みとして、それまで同国になかった栄養士制度の創設プロジェクトも進めています。

――どうして栄養士制度がなかったのですか。

佐々木
日本のように栄養士制度が充実している国ばかりではありません。多くの国が、栄養バランスを気にする以前に、お腹いっぱい食べることすら難しい状況にあります。

――栄養士制度の創設プロジェクトは、どんな経緯で始まったのですか。

佐々木
2009年に、ベトナム国立栄養研究所と日本にある弊社のイノベーション研究所とがうま味と栄養課題に関する共同研究を行ったことが発端となり、2011年から栄養士制度の創設プロジェクトが始まりました。ベトナムの保健省に国家レベルで栄養士制度をつくりましょうと働きかけ、日本の関係機関にもご協力いただき、ハノイ医科大学に同国初の栄養学士コースが創設されました。この大学では、日本からも専門家を招いて栄養学の講義を行っています。そして2015年に栄養士という職種が初めて法律で定められ、2017年、ベトナム初の栄養士43名が誕生しました。

味の素が学校給食プロジェクトに取り組む意義

――御社にとってベトナムにおける学校給食プロジェクトの取り組みはCSRなのでしょうか、それとも御社が掲げるASVの一環という位置づけですか。

佐々木
ASVの一環と位置づけています。

ベトナムに学校給食が広まれば、同国の社会課題の解決につながると同時に、調理の現場でわたしたちの調味料を使っていただけます。その活動がベトナム全土に広がれば、味の素のブランド価値が高まります。しかもベトナムは、味の素グループの海外事業において大きな売り上げのある国ですから、グループ内におけるインパクトも大きいのです。

あるいは、栄養バランスがよくておいしい給食を食べたベトナムの小学生が将来大人になって、自分の子どもにも同じものを食べてもらおうと考えたときに、「味の素」や「Aji-ngon(アジゴン)」などの商品を使っていただけるかもしれない。そういった意義がこのプロジェクトにはあります。

――ASVとCSRの明確な線引きは設定していますか。

佐々木
社会貢献ができても事業を通じた経済価値を創出できない取り組みは、ASVとは言えないとわたしたちは考えています。一方で、社会貢献となる取り組みを続けていくために、2017年4月に公益財団法人「味の素ファンデーション」が設立されました。広く社会からの賛同と協力をいただきながら、食を通じた栄養改善に関する事業を通じて、世界の重要な社会課題の解決に貢献する味の素ファンデーションの活動を寄付などの形で、私たちは継続的に支援していきます。

一例を挙げますと、わたしたちが2009年からアフリカのガーナで取り組んできた「栄養改善プロジェクト」を味の素ファンデーションに移管しました。離乳期のお子さんの栄養改善を目的とした「KOKO Plus」という栄養サプリメントを、現地の企業や団体が持続的に製造・販売し、自立できるような仕組み作りを味の素ファンデーションが行っています。これは、私たちが支援している味の素ファンデーションによる社会貢献活動になります。

日本が抱える、消費者と業界の課題

――国内では、社会課題の解決に向けてどんな取り組みをしていますか。

佐々木
47都道府県それぞれの社会課題を伺って、味の素にできることを探っています。

例えば東北地方では、減塩メニューの提案。青森県や秋田県、岩手県は他県と比べて健康寿命が短く、その原因のひとつが塩分の摂り過ぎだと言われています。そこで行政と一体になって、減塩調理でもおいしくつくれるメニューの提案をしています。また、野菜の摂取量が相対的に少ない愛知県などでは、野菜を多く使ったメニューの提案をしています。

――提案というのは、店頭でレシピを掲載した冊子などを一般消費者に配布するようなイメージですか。

佐々木
そうです。やはり弊社にとっては、店頭がお客さまとの一番の接点です。全国に営業チームがいますから。

画像: 日本が抱える、消費者と業界の課題


もうひとつ、国内において新たな視点で他社と共同で取り組んだものがあります。2017年3月に、食品メーカー4社でF-LINEという会社を設立したのです。

ご存知のように、今、物流業界ではドライバー不足が問題になっています。わたしたち食品メーカーとしても、商品が運べないととても困ってしまいます。その一方で、CO2排出量の削減は必須と言える時代です。しかし、物流ニーズは同業他社皆が持っている。ならば、同業者同士が手を組んで、物流を効率化させればいいじゃないか。ということで生まれたのが、F-LINE株式会社です。弊社のほか、カゴメ株式会社、日清フーズ株式会社、ハウス食品グループ本社株式会社が共同で出資しています。2019年4月には、ここに日清オイリオグループ株式会社が加わり、各社の物流事業を統合して全国規模の物流会社とすることを発表しました。

例えば、同業A社の荷物を積んで工場を出たトラックが、届け先からの帰りに同業B社に立ち寄って荷物を積む、といったことができるので積載効率が上がります。CO2の排出も抑えられ、ドライバー不足にも対応できる、持続可能な物流のしくみと言えます。この動きは他の業界などでも広がっていますが、わたしたちのように物流会社までつくったケースは非常に先進的なのではないでしょうか。

画像: 佐々木達哉 1963年、東京都生まれ。1986年、味の素株式会社に入社。関東支店水戸営業所、東京支店営業第一課で営業職を経験。1994年から6年間にわたり本社調味料部で「Cook Do」シリーズの商品開発・販売マーケティング等を担当。その後、東京支社営業スタッフグループ、本社健康事業開発部、同ニュートリションケア部を経て、2013年から経営企画部長。2017年7月より執行役員。

佐々木達哉
1963年、東京都生まれ。1986年、味の素株式会社に入社。関東支店水戸営業所、東京支店営業第一課で営業職を経験。1994年から6年間にわたり本社調味料部で「Cook Do」シリーズの商品開発・販売マーケティング等を担当。その後、東京支社営業スタッフグループ、本社健康事業開発部、同ニュートリションケア部を経て、2013年から経営企画部長。2017年7月より執行役員。

「第3回:一企業人が見てきた、味の素の存在意義」はこちら>

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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