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一企業だけでなく、バリューチェーン全体のバリューを高めるために
社会課題解決とビジネスの両立が難しいのは、やはり多くの企業が目先の利益にとらわれてしまう点にあるように思います。その中で、御社において真のバリューが重要だと考えられるようになったのは、なぜでしょうか?
更家
地球の資源が限られている以上、自然に負荷をかけ続けて、目先の自分たちの利益だけを追求するビジネスはもはや通用しなくなるだろうという、当たり前の感覚を持ち続けてきたからでしょうか。
たとえば、当社は1982年に日本の洗剤業界で初めて詰め替えパックの商品を発売しました。これは、1980年に、関西の主要な水源である琵琶湖の富栄養化防止を目的とした条例が施行されたことがきっかけになっています。リンを含む合成洗剤に代わり、植物由来で分解の早いヤシノミ洗剤に注目が集まりましたが、値段が高いことがネックになっていました。そこでポンプ式容器を販売して、詰め替えてそれを長く使ってもらえば、通常のプッシュプルボトルよりも資源量を5分の1ほど減らすことができ、ゴミの量を減らすことにもつながると考えました。いまでは、洗剤の詰め替えパック商品は、資源を大切にする意識とともに世の中で当たり前になりました。
こうした取り組みは、一社よりも、流通やリサイクルも含めたバリューチェーン全体で取り組むほうが、地球にとっても、経済にとってもいい。目先の利益を追求するよりも、真のバリューを追求することのほうが、結果として皆が利益を得ることができる。そういう意味で、SDGsという共通言語ができたことは、社会課題の解決をめざす新しいビジネスを進めるうえで非常によかったと思っています。
環境ブランドの確立とエシカル消費
御社では、日経BP社の環境ブランド調査の「環境考慮スコアランキング」(環境配慮スコア)で2015年、2016年と2年連続で日本一となったほか、2016年には第4回日経ソーシャルイニシアチブ大賞企画部門賞を受賞されるなど、環境ブランドが高く評価されています。こうした受賞はどのような影響をもたらしているのでしょうか?
更家
一番の影響は、従業員への説得力が増したことにあります。社外から褒めていただくことで、自分たちが取り組んできたことの社会的な意義が認識できますし、仕事への納得感にもつながる。社内全体に会社の活動を浸透させるうえでも効果的です。
また、採用の面でも、海外で活躍したいといった志を持った若い人が来てくれるようになりました。採用決定後、入社までの間にウガンダに行ってきた学生がいるなど、社会課題解決に関わりたいという人が増えているのは喜ばしいことです。
当然、世間に環境ブランドへの理解が深まり、我々のビジネスに対してプラスに働いている面は大いにあるでしょう。20世紀に生まれたヤシノミ洗剤が、21世紀まで生き残れたのは、まさにブランド力に因るところが大きいと思います。
最近では「エシカル消費」が注目され、増えてきていることも、売り上げにつながっています。エシカルとは倫理的なという意味ですが、人や社会・環境に配慮した消費行動のことです。
エシカルもサステナブルと同様に、これからの社会に欠かせないバリューの一つだと思います。いまや、インターネットやSNSにはさまざまな情報が溢れていますが、自らしっかり考えて、製品やサービスを選んでいくことができれば、世の中をより良い方向に変えていくことができるのではないでしょうか。
SNSを活用した双方向コミュニケーションや社内の情報伝達にも注力
SDGsへの取り組みを知ってもらうためには、情報発信も重要ですね。
更家
非常に重要です。双方向にコミュニケーションを図るため、InstagramやFacebookなどのSNSを活用した情報発信にも取り組んでいます。実際に、我々の製品はお客さまの声に後押しされてきた部分が大きいと思っています。たとえば、洗濯用せっけんの洗濯槽クリーナーなど、「こんなものをつくってほしい」というお客さまからの要望を受けて、製品化したものもあります。
一方、社内への情報伝達にも注力しています。私自身、週一ペースでイントラネットにメッセージを発信しているほか、社内外の広報部門が連携して、自社の取り組みを全社で共有するようにしています。
プリンシプル(信条)を持ち、日本のあたりまえの感覚をビジネスに
SDGs貢献のアプローチに関して、グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)代表理事の有馬利男氏は、「既存のCSR的な取り組みや事業を、SDGsの17のゴールに合わせて拡大・展開し、ソリューションを提供していく“Inside-Out”よりも、サステナブルな地球環境と社会課題に軸足を置き、そこに自社のビジネスモデルを持ち込む“Outside-In”のアプローチがこれからは重要になる」とおっしゃっていました。御社の取り組みはまさにOutside-Inだと思うのですが、それが実現できているのはなぜだと思われますか?
更家
どちらのやり方も有用とは思いますが、根本的にどのようなプリンシプル(信条)でやるのかということに尽きると思います。私どもでは、バリューチェーンを支えるコアなバリューとしてサステナブルやエシカルを追求し、世界の「衛生、環境、健康」に貢献することを事業目標としてきました。やり方はいろいろですが、そのプリンシプルがブレないことが重要でしょう。
もう一つ、我々が貫いてきたのが、日本人が昔ながらに持っている普通の感覚を大切にしてきたことだと思います。ご存知のように、日本の江戸時代はリサイクル社会で無駄がなく、「もったいない」という日本人特有の精神はいまも受け継がれています。当社も大阪発の企業ですが、とくに大阪商人は「始末」と言って、始めと終わり、つまり経済活動における一貫した計画性や、「算用」、すなわち採算をしっかり確保するという考え方を大事にしてきました。
まさに、そうした日本的な感覚というのが、SDGsビジネスにこそ求められていると思います。そして、それが国際社会の中で日本企業の強みになる。日本企業は品質や信頼について真面目に取り組んできた実績もあります。そうした面を、SDGsビジネスにおいても発揮してほしいと思います。
変化を恐れず、未知のことに挑戦すべし
これからSDGsに取り組む企業に対して、アドバイスをいただければと思います。
更家
当社は、1995年に、米国カリフォルニア州にベストサニタイザーズ社という合弁会社を立ち上げたのを機に、海外展開を始めたのですが、その際に、創業者である父と大げんかをしたことがあるのです。父は創業者として大胆なところがある一方で、わからないことに対してはものすごく慎重で、一緒に合弁相手の会社を訪れたものの納得がいかず、「もう日本に帰る!」と言い出して口論になりました。結局、大激論の末に納得してもらい、私の意見を通して、海外展開に踏み切ったのです。
おそらく、多くの経営者が私の父のように、わからないことには消極的になるのではないかと思います。しかし、このグローバル時代に、何もしなければ、すぐに取り残されてしまいます。今後、日本の労働人口は急激に減ることが予想されていますし、海外の労働者を受け入れる準備はもちろんのこと、円高/円安のどちらに転んでも対処できるように、国内外に生産拠点を置くといった戦略を立てることも必要になるでしょう。
変化を恐れて同じ事業だけを続けるのも、大きなリスクとなります。時代のダイナミックな変化の中で、取引先の状況も急速に変わりますし、気づいたときには他社の意思決定でサプライチェーンから外されていた、ということも起こり得ます。そうした状況にも対応できるように、先を読みながら、新しい事業に積極的に取り組んでいくことが肝要でしょう。
当社がラピッドフリーザー(急速冷凍装置)という、新しい事業に乗り出す決意をしたのも、農業・水産業の「6次産業化」、すなわち生産から食品加工・流通販売まで含めた新たな産業でイノベーションを起こしたいという思いがあったからです。地域の優良素材を風土に根ざした加工法で提供し、子どもたちの食育などにも役立てたい。ラピッドフリーザーがあれば、バリューチェーンをつなぎ、これまでなかった新しい商品やサービスが提供できるようになります。
そんなことは理想であって簡単ではない、「きれいごと」と躊躇される方もいるかもしれませんが、ぐずぐずと意思決定を遅らせていたら、それこそ周回遅れになってしまいます。マラソンだって、靴紐が解けたからといって、立ち止まって悠長に結んでいたら、もう先頭集団に追いつくことはできません。リスク管理と意思決定のスピード化は、現代の経営にとっては必須なのです。
外部との交わりがSDGsビジネスの原動力となる
更家
もう一つ、大切なことはやはり人財であり情報です。すべてを自分たちでやろうとするのではなく、外部の知識をうまく使えばいい。私自身、若い頃、大阪青年会議所の活動を通じて、ゼロ・エミッション運動の提唱者であるグンター・パウリ氏と出会ったことが、その後の当社の理念や活動に大きく影響しています。
営利企業では直接の利益が見込めない活動には手を出しにくいものですが、人々に社会を良くしたいという気持ちがある以上、そこには必ず潜在的なニーズがあります。そうした気持ちに直接応えていくのがNPOであり、潜在的なニーズを実体化するための実験を行ってくれる存在と言えます。そうしたことから、当社では、複数のブランドで多様なNPOの支援を手がけているのです。
いずれにしても、これをやりたいという気持ちとバリューは何かというプリンシプル、そして時代の先を読む方向感覚さえあれば、意思決定はしやすいはずです。一社だけではできることに限界があります。ぜひ、より多くの企業にSDGsビシネスに取り組んでいただきたいと願っています。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
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