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CO2排出量削減、省エネを目的として、日立製作所の大みか事業所では「エコファクトリー」への取り組みを推進していた。まさにその時、大みか事業所を襲ったのが3.11の東日本大震災である。そして、これまで経験したことのなかったエネルギー危機を教訓として新たに舵を切ったのが、事業所の操業への影響を最小限に抑える再生可能エネルギー/蓄電池の導入、電力使用のピークシフト/ピークカット、BCP(事業継続計画)などの課題に対応する「スマートなファクトリー」への取り組みである。これを支える分散型EMS(エネルギーマネジメントシステム)は、大みか事業所内のエネルギー利用を最適化するだけでなく、将来的には近隣の事業所や関連会社、さらには他社工場や地域社会との間の相互補完も視野に入れ、共生自律分散社会を実現するスマートシティへの発展をめざしている。

情報制御システムのマザー工場大みか事業所の新たなチャレンジ

安定して供給される電力、安全かつ正確なダイヤで運行される鉄道、蛇口を回せば出てくる安心して飲める水―。日本で暮らす我々のビジネスや生活は、世界でも類を見ない高度できめ細かいサービスを提供する社会インフラによって支えられている。

日立製作所 インフラシステム社は、「情報と制御の融合」をコンセプトに、こうした安全・安心・快適な社会インフラづくりに貢献している。設備・機器などのコアコンポーネントからプラントエンジニアリグ、サービスまでを含むトータルソリューションをワンストップで提供。今後の低炭素社会や持続可能な社会の実現に向けて、次世代のインフラシステムをグローバルに展開すべく、社会イノベーション事業を推進している。

このビジネスの中心的な拠点となっているのが、茨城県日立市の「大みか事業所」である。同事業所が社会インフラづくりで果たしてきた歴史的役割は非常に大きい。

一例として挙げられるのが、1972年に当時の日本国有鉄道(現JRグループ)と共同開発した「東海道・山陽新幹線運転管理システム(略称COMTRAC:コムトラック)」だ。繁忙期には1日あたり370本近い本数を運行するという過密ダイヤの中で、世界でも比類のない正確性と安全性を 誇る新幹線の高速大量輸送は、同システムなくして実現できなかったといっても過言ではない。その開発と運用を支えた国内初のフルIC型の制御用コンピュータを生みだしたのが、大みか事業所なのである。

こうした経緯を経て、現在の大みか事業所は、さまざまな社会インフラに関連する情報制御システムを設計・製造するマザー工場として位置づけられている。そして今、大みか事業所は、新たなイノベーションに向けた取り組みを開始した。めざすのは、「スマートファクトリー」への進化である。

エコファクトリーからスマートな次世代ファクトリーへ方向転換

日立が、大みか事業所を舞台に推進しているスマートなファクトリーとは、いかな るものなのだろうか。

「スマートなファクトリーへの取り組みは、3・11の東日本大震災を教訓として始まったものです」と語るのは、日立製作所 インフラシステム社システム統括事業部の事業部長を務める木村亨である。

以前より大みか事業所では、CO2排出量の削減目標を達成するため、CSR(企業の社会的責任)に力点を置いた「エコファクトリー」という取り組みを進めていた。事業所内の節電・省エネを進める一方、太陽光発電による再生可能エネルギーを活用することで、CO2排出量を削減するというものだ。

ただし、この取り組みは、事業所の操業のために必要な電力は、どんな場合でも不足なく電力会社から調達できることが前提となっていた。猛暑日に空調設備がフル回転し、一時的に電力使用量がはね上がったとしても、悪天候によって太陽光発電の出力が低下したとしても、そうした変動分は系統電力がしっかり補ってくれる。

要するに、1日あたり、月あたり、あるいは年間といったスパンでの省エネを達成することができれば、エコファクトリーの取り組みは成功といえる。

画像: エコファクトリーからスマートな次世代ファクトリーへ方向転換


まさに、このプランを進めている最中に東日本大震災が発生。エコファクトリーにおける前提そのものが崩れてしまったのである。

「周知のとおり震災以降、電力会社から供給できる電力量にはリミットが生じています。供給できる電力を、事業所や社会全体として融通し合いながら、いかに効率的に利用していくか。すなわち、電力のピークシフトが最優先の課題となりました」(木村)

とはいえ、大みか事業所にとってそれは容易なことではない。

先に述べたように、大みか事業所はさまざまな社会インフラを支える情報制御システムを設計・製造するマザー工場である。その対象は、電力の制御を中心としたエネルギー分野、列車の運行管理システムや道路交通システムなどのモビリティー分野、上下水道の監視制御システムなどの社会分野、各種工場やプラントの管理・制御システムなどの産業分野まで、非常に多岐にわたっている。

「これらはいずれも企業活動や人々の暮らしに直結するものであり、大みか事業所はいかなるときも操業を停止したり、縮小したりすることはできないのです」(木村)

実はこの背景にも、震災当時の苦い経験があるという。茨城県日立市の沿岸部に立地する大みか事業所は、津波の被害こそまぬがれたものの、震度6強の激しい揺れに襲われ、機械設備が倒れるなどの甚大な被害を受けた。さらに、系統電力からのエネルギー供給が絶たれ、操業は一時的に完全にストップしてしまった。復旧は社員が一丸となって取り組んだおかげで予想以上に短縮できたとはいえ、震災前と同じ規模で操業できるまでには1か月近くを要したのである。

「二度とこのような歯がゆい思いはしたくないというのが、すべての従業員に共通する教訓です。電力のピークカット時にも操業には影響を及ぼさない。同時に、災害などの非常時にも事業継続性を発揮する。そんな堅ろうなシステムを構築しようと、エコファクトリーからスマートなファクトリーへの方向転換を行ったのです」(木村)

太陽光発電による再生可能エネルギーを系統電力のピークシフトに活用

画像: 太陽光発電による再生可能エネルギーを系統電力のピークシフトに活用

大みか事業所におけるスマートファクトリーへの取り組みは、分散型EMS(エネルギーマネジメントシステム)の実証実験プロジェクトという形で2011年6月に設計を開始。その第1フェーズとなるシステムが2012年7月に稼働を開始した。

今回の実証実験プロジェクトで最も大きな役割を担っているのが、大みか事業所の敷地内に新たに設けられた総発電量940キロワットの太陽光発電設備、500キロワットの直流交流変換装置(PCS)、4.2メガワット時の総容量を持つ鉛蓄電池設備から構成された構内電力システムである。

画像: 太陽光発電パネル

太陽光発電パネル

画像: 直流交流交換装置(PCS)

直流交流交換装置(PCS)

蓄電池に蓄えられた電力を昼間のピークシフトに活用。天候の変化による太陽光発電量の変動分を補い、電力会社から供給を受ける電力の安定化を図るのである。また、この電力システムは、災害などの非常時に一定期間事業を継続するためのバックアップ電源としても活用されることになっている。
そして、利用面からこれらの電源および系統電力の最適化を実現しているのが、分散型EMSというわけだ。木村は、そのプロセスにおける絶妙なコントロールの核心は、「経営情報と生産情報を直結した、状況の見える化とシミュレーションにある」という。

画像: 鉛蓄電池設備

鉛蓄電池設備

画像: EV急速充電器

EV急速充電器

「大みか事業所では、エネルギー、鉄道、道路交通、上下水道、プラントなどのインフラシステムに対応した、多品種少量生産のモノづくりを行っています。これらの生産ラインをどう組み合わせるかによって、その時点の電力使用量は大きく変わってくるのです。例えば、パワーエレクトロニクスと呼ばれる製品分野では、テストを行う際に大量の電力を必要とするため、その作業をいつ実施するのかスケジューリングが非常に重要な要件となります。もちろん、生産現場の都合だけでそれを決めることはできず、従業員の勤務管理や生産計画、販売計画、その他の経営リソース管理とも整合性をとった上で判断がなされなければなりません。そうした複雑な要素、場合によっては相反する要件を調整し、経営系から生産系へプランを落とし込んでいくことで、はじめて最適な電力のピークシフトを実現できるのです。『情報と制御の融合』を体現するそのシミュレーションを、今回の分散型EMS実証実験を通じて洗練化していこうとしています」

具体的には、大みか事業所内の約900か所にスマートメーターやセンサーを設置。そこから得られたデータをインフラシステム社が運用しているクラウド型の環境情報管理サービス「EEL(EcoAssist-Enterprise-Light)」に集約するとともに、電力使用量を設計棟や生産棟などの建物別、分電盤別、用途(空調、照明、動力)別など、さまざまな切り口からの見える化を行う。また、気象予報から太陽光発電量や電力需要量を予測し、蓄電池の充放電計画を立案。再生可能エネルギーをフルに活用しつつ、電力のピークシフトを実施する。同時に、建屋ごとに設置されたEMSによって使用電力の目標管理を実施。空調設備の設定温度変更や停止、蓄電池の充放電制御などを自律的に行うデマンドレスポンス技術によって、ピーク電力を抑制する。

一方では、生産計画に基づいて必要とされるエネルギー需要のシミュレーションを行い、エネルギー使用量をカットしても経営上や生産上の問題は起こらないのかどうか、さまざまな制約条件をチェックしながら削減の可否を判断する。

これらの施策の結果、大みか事業所は2012年夏、操業に影響を与えることなくピーク電力を抑え、2010年夏期との比較で23%削減するという画期的な成果を上げることができたのである。
なお、この一連の取り組みは、国内電機メーカーとして初となるエネルギーマネジメントシステムの国際規格「ISO50001」の認証取得にも結びついた。

同規格は、地球温暖化対策に有効なエネルギー利用効率の向上を実現するためのマネジメントシステムだ。従来の環境マネジメントシステム「ISO14001 」で求められている継続的な仕組みづくりに加え、実際の活動によって得られるCO2排出量の削減成果そのものが、同規格における評価の対象となる。また、同規格は、国内でも2011年10月に日本規格協会によって制度化されており、政府が発注する公共事業の入札評価項目として加えられるという動きも見られるようになった。

そうした中で、大みか事業所のスマートなファクトリーへの取り組みに対する注目はますます高まっており、同様のソリューションを求める企業や団体から、多い時は毎月約30件の視察の申し込みを受けているという。

企業ごとの業種や業態、規模などによって要件は異なるものの、エネルギーに関する根本的な課題は共通している。日立としても今後、大みか事業所での実証実験を通じて培ったスマートなファクトリーに関するノウハウやシステム、設備を選択可能ないくつかのパターンにまとめ、パッケージ化して提供することを検討している。

さらにスマートな次世代ファクトリーからスマートシティへ発展

得られた成果を足がかりとして、大みか事業所におけるスマートなファクトリーの取り組みは、今後どのような拡張をめざすのだろうか。その1つの方向性として模索されているのが、共生自律分散コンセプトに基づいたスマートシティへの発展である。

さまざまな社会インフラと、医療、教育、行政、金融といった生活サービスをITでつなぐことで、環境配慮と生活者の安心・快適をバランスさせながら持続的な成長を支援していく。また、災害などの非常時にも、行政や住民、企業とインフラシステムが連携・協調しながら、状況に応じて自律的かつ柔軟にサービスを提供し続ける。そうした営みが可能な都市こそ、日立が考えるスマートシティのイメージである。そこで、「変化を常態」とした社会全体のサステナビリティ(持続可能性)を実現するため、生物学の「共生(Symbiosis)」という考え方をヒントにしながら、従来の自律分散システムを拡張する形で提案しているのが共生自律分散システムなのである。

システムの目的と、内部・外部の環境変化に応じて、複数の自律したシステム間で有限な資源(機能、人、モノ、設備など)の融通を図るのが特徴だ。システムの境界を越えた資源情報の開示によって、複数のシステムをまたいで資源を構造化・再構成することにより、システム間での資源融通を安定的に維持・継続するのである。

例えば、電力事業者のシステムと工場のシステムといった具合に、企業の垣根を越えて複数のシステムにまたがった構造化を実現する。これにより、状況が急変したり、エネルギーなどの資源不足が生じたりした場合でも、システムの機能を両者で維持することが可能となる。各システムが自律しながらも相互に協調し、相対的な関係性に応じて自己構造と機能を柔軟に変化させるという、社会インフラに携わってきた企業ならではのコンセプトであるといえる。

大みか事業所が推進している分散型EMSの実証実験プロジェクトは、もともとこの共生自律分散コンセプトに基づいたものなのである。

画像: 出典:経団連「未来都市モデルプロジェクト最終報告」より

出典:経団連「未来都市モデルプロジェクト最終報告」より

先にも少し触れたように、大みか事業所内に8棟ある建屋はそれぞれEMSを設置しており、個々に使用電力量の目標管理を行っている。つまり、それぞれの建屋を独立した工場や企業とみなし、大みか事業所全体を1つの仮想的なコミュニティとして、共生自律分散コンセプトの検証を行っているのである。

「単独で目標を達成できない建屋は、他の余裕のある建屋に電力の『融通』を依頼します。依頼を受けた建屋は、トータルで目標を守るように資源の再調整を行います。こうした相互補完によるピークシフトを促進することで、利便性を損なわないエネルギー利用の最適化が可能となります。近い将来には、日立事業所や日立エンジニアリング・アンド・サービスの大沼工場など、近隣の事業所や関連会社とも連携しながら、CEMS(コミュニティエネルギーマネジメントシステム)の検証を進めていきたいと考えています」(木村)

特に日立エンジニアリング・アンド・サービス 大沼工場では、風力、太陽光やガスエンジンなどによる分散電源システムがすでに導入されており、近いうちにも太陽光発電設備の増設や事業所内EMSの増強が予定されている。こうした多様な電源を複合的に活用した実証を行いながら、運用ノウハウを蓄積していく計画だ。

もっとも、大みか事業所と他の事業所や関連会社は、それぞれ独自に電力会社の系統につながっているため、実際に電力を直接やりとりすることはできない。そこで、融通を依頼した企業が電力の使用量を増やした分、依頼を受けた側は使用量を減らすといった仮想的なデータのやりとりによって、実運用に耐えられるかどうかを検証していくことを考えているという。

グローバル展開を視野に入れた協業のためのビジネス基盤づくり

画像: グローバル展開を視野に入れた協業のためのビジネス基盤づくり

そしてもう1つ、スマートシティへの発展を見据える中で具体化しつつあるのが、「日立市スマート工業都市構想」との連携だ。

同構想は、日本経済団体連合会(経団連)が推進する「未来都市モデルプロジェクト」の一環として行われるもので、民間主導による成長モデルを構築し、イノベーション立国を実現することをめざす。全国11都市・地域において、環境・エネルギー、医療、交通、農業など先端技術・サービス・システムの実証実験を行うとともに、教育、子育て、観光など社会システムの変革の取り組みも含めた総合的なプロジェクトを展開する。

また、その成果は国内だけでなく広くグローバルに展開し、産業競争力の強化や成長産業の創出をめざす。さらには、多分野を包含するパッケージとしての都市づくりを新たな成長分野として確立。地球環境問題、人口減少・少子高齢化、安全・安心などの社会的課題の解決を図っていくというビジョンを描いている。

日立市スマート工業都市構想では、大みか事業所の取り組みをさらに発展させて他社の工場や事業所のFEMS(ファクトリーエネルギーマネジメントシステム)と連携するほか、コミュニティ内に点在する各EMSとも連携してエネルギー利用を最適化することで、地域全体としての省エネを実現する。また、事業所間で従業員の輸送を担うEV(電気自動車)やHV(ハイブリッドカー)、電動バス、急速充電スポット、充電・運行管理システムなどのインフラも整備し、工業都市としての環境配慮型ビジネスを構築する。

「これまで多くの企業の工場が海外に移転していき、国内の空洞化を招いてきました。しかし、工場は本来、地域社会と深く密着し、共生することで成り立ってきた存在です。こうして工場がスマートシティの核になるという新たな意義や価値を確立することで、ふたたび国内に回帰してくる可能性も十分にあるのではないでしょうか」(木村)

もちろん、スマートなファクトリーやスマートシティのソリューションをグローバルに展開していくビジネス創造のためにも、こうした実績は大きな武器となる。

「これまで日本国内の社会インフラづくりは、例えば電力会社や鉄道会社が基本計画を立て、そこで必要とされる設備やシステムを我々メーカーが開発して納品するという分業によって行われてきました。しかし、グローバル市場への展開、なかでも新興国におけるビジネスを見据えたとき、それでは勝てません。資金調達から構想・計画、システム構築、O&M(オペレーション&メンテナンス)まで、ワンストップで対応できることが求められるのです。そのため にも多くの企業が協業し、オールジャパンの体制で臨むことが必要となります。

大みか事業所で進めている分散型EMS実証実験、そして日立市スマート工業都市構想を、そうした協業の基盤にしていきたいと考えています」(木村)

日立では2010年に社長直轄組織としてスマートシティ事業統括本部を立ち上げ、社会インフラ事業やスマートシティ事業への取り組みを強化。これまでに、国内 では青森県六ヶ所村や沖縄本島、海外では米国(ハワイ)、スペイン、中国などにおいて、さまざまな実証プロジェクトに参画している。

大みか事業所の分散型EMS実証実験の次期フェーズや日立市スマート工業都市構想においても、これらの先行プロジェクトの知見やノウハウを取り入れながら、シ ステム開発から運用、サービスまで一貫したソリューション提供に対応できるビジネスモデルの標準化を図っていく考えだ。今後の国内復興への貢献と、グローバルに展開するスマートシティ事業の一層の拡大をめざし、日立の取り組みがいよいよ本格化する。

画像: 日立製作所 インフラシステム社 システム統括事業部 事業部長 木村 亨

日立製作所 インフラシステム社
システム統括事業部 事業部長
木村 亨

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