経済学者・入山章栄氏と日立の人事・髙本真樹の対談、最終回。HRテックにより企業人事が高度化する一方、理屈以外のエッセンスを経営に取り入れるべくユニークな講義を近ごろ実施しているという入山氏。その著書『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』に登場する「両利きの経営」を実現するための組織づくりについて、髙本が鋭く迫った。

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パッションだけを語ってもらう講義

髙本
先生の著書『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』を拝読したのですが、いろいろと腑に落ちたことがありまして。

わたしは5年くらい前から、日立の情報通信部門の国内工場5カ所を閉鎖するという仕事を担当していました。ハードウェア製品がコモディティ化したことで製品競争力が失われ、製造拠点を閉じざるを得なくなったのですが、その当時にもっと社員一人ひとりの意識に寄り添いながらリーダーシップを発揮できたら、もっとスムーズにトランスフォーメーション(構造改革)できたのかなあと……先生が本の中で書かれている「トランスフォーメーショナル・リーダーシップとは」を読んで、もっと早くこの考えに出会っていたら、と思いました。

それと、IT業界は競争環境が極めて不確実な「シュンペーター型(*)」の市場であるという記述を読んで、我々もそういった世の中の流れをつかむ視点をもっと早くから身につけるべきだったなと痛感しました。

画像: パッションだけを語ってもらう講義

入山
そう言っていただけると、書いた甲斐があります。

最近わたしが思うのは、経営には理論だけでなくパッションも必要だということです。ところがパッションは座学では身につかない。少なくとも、経営をしたことのないわたしが教えることはできない。そこで始めたのが、起業家をお招きして、理屈ではなくパッションだけを熱く語っていただくという講義です。

髙本
なるほど、「体感型の講義」ですね。

入山
まさしくそうですね。お話のあとで学生全員が起業家と対話できます。そのあと飲み会もやります。

髙本
素晴らしい! 間違いなく盛り上がるでしょうね。

入山
うちのビジネススクールで1、2を争う人気講義になっているかもしれません。わたしはただ知り合いの起業家を呼ぶだけなのですが(笑)。先日はライフネット生命保険株式会社創業者(現・立命館アジア太平洋大学学長)の出口治明さん、その前は株式会社ほぼ日で取締役CFO(最高財務責任者)を務めていらした篠田真貴子さん、それからRIZAP株式会社の代表取締役社長、瀬戸健さんにもご登壇いただきました。

髙本
皆さん旬な方ばかりですね。社会人学生にとってはたまらないでしょう。

* アメリカの経営学者ジェイ・バーニー氏が提唱する「3つの企業間競争の型」の1つ。技術の進歩が目まぐるしく顧客ニーズがすぐに変化するIT業界は、競争環境の不確実性が高いため典型的なシュンペーター型である、と入山氏は著書で指摘している。

「両利きの経営」に向けて人事がすべきこと

髙本
入山先生は著書の中で、組織というのは既存の事業を継続して収益を生み出していく一方で、新しい事業の探求もしなくてはいけない、ということを書かれていますよね。

入山
「知の探索」と「知の深化」について高い次元でバランスをとる、「両利きの経営」ですね。異業種などなるべく自分から離れた遠くの知を幅広く探し、今自分の持っている知と新しく組み合わせるのが「知の探索」。一定の分野の知を継続して深めるのが「知の深化」です。両利きの経営ができている企業は業績がよいというデータがあります。ただ、組織というものはどうしても「知の探索」をなおざりにする傾向があります。

髙本
そこで伺いたいのですが、組織の変容についてはどうお考えですか。社員個人の意識さえ変われば、組織は自然に変容していくものでしょうか。それとも、何かしら組織に対する人事的なアクションが必要でしょうか。

要するに、既存の組織のまま「両利きの経営」をめざすのか、それとも「知の探索」をするチームと「知の深化」をするチームに組織を分けてしまうのか。どちらがよいのでしょうか?

入山
それは鋭いご指摘ですね。まず、わたしが思うに日本企業の組織というのはどこも硬すぎるので、どの組織にも「知の探索」は必要だと思います。つまり、多様な人財を組織に入れると新しい視点が組織に入ってくるので、それだけで「知の探索」が生まれます。ただ、「知の探索」というのはトライ・アンド・エラーです。10回トライして1回成功すればOKの世界です。

日立さんのようにインフラ系の会社さんですと、安全・安心を届けるビジネスなので「失敗しちゃいけない」という引き算のカルチャーがあると思うのですが、その中に少し余白を設けることが重要だと思います。

画像: 「両利きの経営」に向けて人事がすべきこと

それで、髙本さんのご質問への回答としては、新しい事業に成功している大企業の場合、その担当チームは別組織になっているのがほとんどです。

髙本
ああ、やっぱりそうですよね。

入山
もっと言うと、既存の組織とは物理的に離さないとダメです。

わたしがよく引き合いに出すのは、LCC(格安航空会社)のPeach Aviation株式会社の話です。海外で成功したLCCの波がそろそろ日本にもやってくるという時期に、ANAホールディングス株式会社は先手を打ってLCCへの参入を決めました。そこで当時の経営者は3人の社員を指名し、LCCの設立準備に着手させました。

大手航空会社がLCCを作るというのは、究極のカニバリズムじゃないですか。考えようによっては、自分たちのビジネスをただ安くするだけと社内からとらえられかねない。当然、猛反発が起きることが予想されました。それで経営者はどうしたかというと、指名した3人の設立メンバーを香港に転勤させて、現地でLCCを立ち上げさせたのです。その後、現地のファンドからの出資も得ることができて、日本で事業を始めたらインバウンド需要が急に増えたこともあって、見事成功しました。

つまり、物理的に離すことで、新しい組織を守ってあげる。そして、責任は経営者が持つ。大企業が新しい事業を起こすなら、このLCCの例のように組織を完全に特別扱いにすることが非常に重要だと思います。

髙本
なるほど。そのご説明、すごく腹落ちしますね(笑)。

入山
お役に立てればうれしいです。今日は日立さんの新しい取り組みを伺うことができてよかったです。すごく刺激的な時間でした。

髙本
こちらこそ、いろいろ勉強になりました。お忙しい時期に貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。これからも、先生とは関係を深めさせていただけましたら幸いです。

画像1: 対談 個を輝かせる人事
【第5回】情熱、そして「知の探索」

入山章栄(いりやまあきえ)
1972年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。株式会社三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(博士号)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を務め、2013年から早稲田大学ビジネススクール准教授。経営戦略論および国際経営論を専門とし、Strategic Management Journalをはじめ国際的な主要経営学術誌に論文を数多く発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版,2012年)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社,2015年)。

画像2: 対談 個を輝かせる人事
【第5回】情熱、そして「知の探索」

髙本真樹(たかもとまさき)
1986年、株式会社日立製作所に入社。大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめ、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長などを経て、現在システム&サービスビジネス統括本部 人事総務本部 担当本部長を務め、ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長を兼任。全国の起業家やNPOの代表が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添い共に駆け抜ける "伴走者"も務めている。

シリーズ紹介

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