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株式会社日立製作所 社会システム事業部 交通情報システム本部 交通第三システム部 主任技師 瀬戸山あゆみ
日立製作所の情報通信部門が社員を対象に実施している2カ月間のプロボノプロジェクトに、入社17年目のエンジニア・瀬戸山あゆみをはじめとする5人の社員が参加した。支援先のNPOが抱える資金調達という課題を解決するため、瀬戸山たちに課されたミッションは営業資料の作成。本業で忙しいなか、5人のメンバーはどのようにプロジェクトを進めたのか。そして、プロジェクトのリーダーを務めた瀬戸山がプロボノを通じて得た、仕事に通じる気づきとは。

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社内打ち合わせはたったの1回。飛び交うメール、進むプロジェクト

瀬戸山あゆみが参加したプロボノプロジェクトのメンバーは、全部で5人。その所属部署は、アプリケーション製品の品質保証、サービス事業の拡販営業、通信ネットワークの開発、アプリケーション製品の設計、そして鉄道関連のシステム開発の瀬戸山と、多岐にわたる。さらに、それぞれの事業所もバラバラのため、対面での打ち合わせは難しい状況だった。

「メンバー間のやりとりは、メールとインターネット電話会議が基本でした。それでも、だんだんお互いのキャラクターがわかってくるんですよ。例えば品質保証部門の人は仕事柄、細かいところによく気がつくので、資料のフォントや表現についても、何かあると必ず指摘してくれる。こういう人がチームにいると助かりますよね」

そう語る瀬戸山だが、自らがマネジメントする本業のプロジェクトもいくつか抱えるなかで、NPOの営業資料を作るという不慣れなプロジェクトのかじ取りは容易ではなかったはずだ。

「実はそんなこともなくて。わたしがリーダーとしてやったのは、最初の社内打ち合わせでだれがどのステークホルダーにヒアリングするかを決めたことと、支援先のSHJ(認定NPO法人スマイリングホスピタルジャパン)や事務局とのやりとりの窓口くらいですね。わたしが指示をするまでもなく、全員が主体的に行動し回っていくようなチームでした。わたしがプロボノで発揮したスキルと言ったら……打ち合わせの都度ゴールを設定するとか、ヒアリング先には事前に質問項目をメールで送るとか、ごくごく基本的なことで、特別なことはありませんでした」

画像: 社内打ち合わせはたったの1回。飛び交うメール、進むプロジェクト

10月中旬に行われた、SHJとの2回目のミーティングでは、早くも「チームとしてのまとまりが生まれていた」と振り返る瀬戸山。こうしてプロジェクトが着々と進む一方で、彼女は1つの行動を起こしていた。

会社員は自分だけ。一人で飛び込んだ、NPOの研修会

まだプロジェクトが始まって間もないころの、ある週末。瀬戸山は意外な場所にいた。

「NPOの『ファンドレイジング』、つまり資金調達について学ぶ研修会です。もともと、NPOのあり方を知りたいという思いもあってプロボノに参加しましたし、2カ月間という限られたプロジェクト期間中に、自分なりにNPOの勉強をしてみようと考えたのです」

研修会の内容は、NPOの組織運営の考え方から寄付税制などの具体的な話にまで及んだ。

「例えば、まだ寄付の経験がないけれどNPOへの寄付の意思がある『潜在寄付者』に寄付してもらう取り組みと、1回だけ寄付したことのある方を2回目の寄付へと導くための取り組みって全然違うんです。そういった、企業が製品ユーザーに対して働きかける取り組みと似ている部分もあれば、逆にまったく異なる部分もあって、とても勉強になりました」

この研修で瀬戸山は、「フィランソロピー」の考え方にも感銘を受けたという。

「フィランソロピーは寄付や慈善事業の総称ですが、その考え方の本質は、『多様な価値観に基づき、社会のためになる行為を選択し、実行することを通じて、自らが社会にとってかけがえのない存在であることを知ること』にあります。日本でもこのような教育を取り入れることで、子どもの頃から『社会に貢献できるかけがえのない役割をもった自分』を大事にし、『自己肯定感を養う文化』を醸成できるのではないかなと思いました」

瀬戸山が「教育」にまで思いを馳せる理由。それには、意外な過去が関係している。

「大学時代に教員をめざしていたので、中学校と高校の理科の教員免許を持っています。結局教員にはならずに、企業への就職の道を選びました。なぜかと言うと、教育実習を終えたときに(社会を知らないまま学校の先生になっちゃって大丈夫かな?)って思って……。大学時代の専攻が物理で、シミュレーションのプログラムを組むのが面白かったので、エンジニアになったのです」

画像: 会社員は自分だけ。一人で飛び込んだ、NPOの研修会

日立のプロボノプロジェクトでは、いくつかの支援先団体の候補のなかから、社員が参加したい支援先を第3希望まで選ぶことができる。「もともと子どもの教育には興味があった」と語る瀬戸山がSHJを選んだのは、彼女にとって自然な流れだったのかもしれない。

外の人間だからこそ、選んだワード

11月に入ると、SHJの各ステークホルダーへのヒアリング結果がまとまり、それを反映した営業資料作成の段階へとプロジェクトは進んだ。

「SHJと2回目のミーティングを開き、営業資料の目次を決めました。その帰り道のカフェで、メンバーのだれがどの章を書くのか、そして各章の構成案をいつまでに作るかを決めました。その後、出来上がった構成案を共有して『ここはこう直したほうがいいんじゃないか』というやりとりをメールでして、営業資料作りを進めました」

瀬戸山たちが作成した営業資料は、まずSHJの活動の背景と目的、団体の紹介に始まり、「難病を抱える子どもたちの課題」として医療的ケアが必要な子どもの統計データ、入院中の子どもたちが抱える不安の列挙へと続く。そしてSHJの取り組みの説明と、その必要性を裏づける子どもとその家族の声、医療関係者、アーティストのコメントが掲載されている。さらに、活動規模の拡大というSHJのロードマップを示し、その一方で、増え続ける支出をグラフで明示。そして最後には、「資金調達に協力してほしい」旨が明記されている。

11月下旬に行われたSHJとの4回目のミーティング。出来上がったSHJの営業資料を、日立の5人がプレゼンテーションした。反応は上々。のちに代表の松本氏は、こう感謝の言葉を述べている。

「わたしたちの弱点にとことん寄り添い、SHJに必要なことは何かを気づかせてくれました。記載する言葉1つとっても、わたしたちにはない視点を提供してくれました。プロボノメンバーの皆さんのおかげで、活動の趣旨や社会背景、今後の活動展開などを、我々SHJの事務局スタッフが改めて整理することができました」

松本氏が指摘した、SHJにはなかった視点とは何か。瀬戸山には、心当たりがある。

「営業資料のなかで、SHJの活動の肝を、難病を抱える子どもたちの『情操活動の推進』と表現しました。この言葉はメンバーのアイデアによるもので、『その視点はなかった!』と松本さんに喜ばれたのを覚えています」

画像: 瀬戸山たちがプロボノで作成した、スマイリングホスピタルジャパンの営業資料の1ページ目。

瀬戸山たちがプロボノで作成した、スマイリングホスピタルジャパンの営業資料の1ページ目。

プロボノプロジェクトの1カ月後、SHJはすでに数社に対して、瀬戸山たちが作成した営業資料を提出。今後の活動拡大へ向け、新たな一歩を踏み出している。

主体性を大事にするマネジメント

約2カ月にわたったプロボノプロジェクトを、瀬戸山はこう振り返った。

「2カ月、短かったですね。でも、チームのみんなで目的を共有して活動できたことが嬉しかったですし、何よりSHJのお役に立てているという実感を持って取り組めたのが大きかったです」

本業と並行して、プロボノプロジェクトも進める。そんな忙しい2カ月を瀬戸山はどう過ごしてきたのか。

「実はプロボノの期間は、ちょうど本業の新プロジェクトも始まったタイミングで、多忙を極めていました。どちらも両立していくためには、いかにプロボノを楽しむかが鍵だと思っていました。しんどいと感じてしまうと、きっと続けられなくなってしまう。でも、楽しく活動できる状態に自分を持っていければ、忙しくても苦にはならないと思うので。

むしろ、仕事と並行してプロボノを経験できたことで、時間の使い方が上手くなったかなと思います。始業の1時間くらい前に出社して、プロボノのメンバーが前日に提出してくれた資料を整理して、SHJにどう提案しようかな……って考える。そういった、より頭を使う仕事を朝の時間にやるようになりました。

仕事にもプライベートにも言えることですが、やりたいことのバランスをとることが大事だと思うんです。(今、わたしこれがやりたいんだな)という気持ちに素直になって動いて、(ちょっと飽きたな、疲れたな)と思ったら違うことをやる。プロボノ中も、本業をやりながらSHJの営業資料を作ったり、ファンドレイジングの研修会に行ったりしていましたが、そういう気持ちのバランスを心掛けていたので、忙しくてもモチベーションはしっかり維持できていました。常に“やりたいことをやっている”感覚でした」

画像: 12月に日立で行われた、プロボノプロジェクトの成果報告会。メンバーの1人がまるでSHJのスタッフかのような見事なプレゼンテーションを披露した。

12月に日立で行われた、プロボノプロジェクトの成果報告会。メンバーの1人がまるでSHJのスタッフかのような見事なプレゼンテーションを披露した。

そもそも、プロボノの社内募集に手を挙げたときの上司からの反応はどうだったのか。

「ちょうどプロボノと本業のプロジェクトのキックオフが丸かぶりだったので、正直なところ許可してもらえるか不安だったんですけど、上司は一言『やってみたらいいじゃん』と。期間中は、わたしのスケジュールを見た同僚が『プロボノやってんだね。どんな感じ?』と話しかけてくれたり、部下の1人が『営業資料、完成したら見せてください』と興味を持ってくれたりと、社内のCSRへの関心の高さを感じました」

最後に、プロボノを経て瀬戸山が得たものを聞いた。

「今回のプロボノでわたしはリーダーだったわけですけど、メンバーに対して“指示”はほぼしていません。でもプロジェクトは上手く回りました。そこで学んだのは、リーダーが引っ張ると言うよりも、メンバーの主体性や個性を大事にしたマネジメントにより、プロジェクトを進捗させるということです。ときにはトップダウンでプロジェクトを回すことも必要ですが、それよりもメンバーの意思を拾って活用すること。例えば感謝を伝えるとか、意見を出しやすい雰囲気を作るとか。そういったことを普段の仕事でも心掛けていきたいですね」

画像: 社員と社会をつなぐ「プロボノ」
【第8回】プロボノのリーダーがつかんだ、マネジメントのあるべき形

瀬戸山あゆみ(せとやまあゆみ)
鹿児島県出身。2002年、株式会社日立システムアンドサービス(現・株式会社日立ソリューションズ)に入社。2015年、日立グループ内の組織再編によって株式会社日立製作所に転籍。現在、社会システム事業部にて主任技師を務める。入社以来、一貫して鉄道関連のITシステム開発に携わっている。2018年10月から2カ月間、認定NPO法人スマイリングホスピタルジャパンでのプロボノプロジェクトに参加した。

関連リンク

認定NPO法人スマイリングホスピタルジャパン Webサイト

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