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元日本たばこ産業株式会社 代表取締役副社長兼副CEO 新貝康司氏
買収プレミアムを超えるシナジーを生み出すのは人財にほかならない。そう語る新貝氏は、買収先企業の有能な人財を引き止めるために面接や社内ロードショーを実施。積極的なコミュニケーションを大切にしてきたという。またJTのグローバル経営の特徴でもある「適切なガバナンスを前提とした任せる経営」を実現するための工夫についても、お話しいただいた。

「第1回:M&Aは人財戦略である」はこちら>
「第2回:RJRI買収と買収後の事業再生」はこちら>
「第3回:ギャラハー買収と『買収後経営の青写真』」はこちら>

人財の統合に必要だった面談

――RJRインターナショナル(RJRI)とギャラハーの買収のお話を伺って、改めて経営における人財の大切さを感じました。

新貝
いくらブランドがあっても、そこに価値をつけていくのは、結局のところ人ですからね。買収プレミアムを超えるシナジーを生み出すのは人財にほかなりません。

人間というのは面白いもので、自分の将来が悪かろうが良かろうが、早めにはっきりしたほうが気分がすっきりするものです。腹が座りますから。

そうしたことから、買収に先駆けて我々がもっとも急ぐ必要があったのが、新マネジメント体制の構築でした。ギャラハー買収の際には、同社の誰に残ってもらうのか、誰に何の仕事をしてもらうのか、誰に役員をやってもらうのかを、見極める必要がありました。

そこで、買収完了の2カ月ほど前に、当時のJTインターナショナル(JTI)のCEOと私が、それぞれ別々の部屋でギャラハーの役員を含めた部長クラス以上約50人と1対1の面談を実施したのです。この50人は、ギャラハー側からの推薦ととともに、同業者である我々も各所から情報を取り寄せて、リストアップして選んだ人たちです。結局、1人1時間、通算7日間通して終日かけて面談を行い、その合間の食事の際にCEOと私が評価を突き合わせて、新マネジメント体制についてお互いの意見を刷り合わせていきました。

面談やロードショーのアナウンス効果

――それだけの労力をかけても、やる価値のある面談だったということですね。

新貝
もちろんです。私たちの意図は、人財一人ひとりを見極めたいということともう一つ、面談のプロセスそのものにより、「JTとJTIは人財登用においてフェアな会社である」というメッセージを伝えることにありました。書類選考で勝手に決めるのではなく、面談をすることで、面談対象者が、我々のフェアネスをギャラハーの有能な中間管理職に口コミで伝え、彼ら彼女らを引き止めることに大いに役立つと考えたのです。

画像: 面談やロードショーのアナウンス効果

実は、ギャラハーはもともと北アイルランド発祥の会社で、それまで役員クラスはアイリッシュが務めるという暗黙の了解、つまり「ガラスの天井」があったんですね。それを我々JTIが撤廃するとわかったことも大きかった。実際にアナウンス効果は抜群で、イギリスからJTI本社のジュネーブに動きたくないと考えていた人たちも含めて、有為の人財を引き止めることに成功しました。

また、トップマネジメントの役割として、買収が完了した直後に、JTIのCEOと私、COO(最高執行責任者)、旧ギャラハーのCEOの4名で社内ロードショーを実施しました。ロンドンの旧ギャラハー本社、ウィーン、モスクワ、ジュネーブ、さらにはギャラハー発祥の地である北アイルランドの工場にも行きました。そこで、我々がどういう目的で買収をして、今後の経営をどうしていきたいのかビジョンを語り、従業員の質問に答えながら社内コミュニケーションを深めたのです。

企業のトップが現場とコミュニケーションを取ることは、社員の無用な不安を軽減し、注力すべきことを一人ひとりに認識してもらうためにも非常に重要だと思います。

「責任権限規定」と「経営の見える化」

――第1回で、JTのグローバル経営の特徴は、「適切なガバナンスを前提とした任せる経営」であるとおっしゃっていました。そのための工夫をお聞かせください。

新貝
適切なガバナンスを前提とした任せる経営の根幹にあるルールが、「責任権限規定」です。ルールによるガバナンスです。ここに、JT本社の承認事項が明記してあり、その範囲内で、親会社であるJTはJTIに口出しします。これを明確に示したのは、親会社から細かくいちいち横槍が入れば、JTIのオーナーシップマインドを挫き、成果が上がらないときには、JTからの介入が言い訳にされかねないと考えたからです。

もう一つ、この経営に不可欠なのが、徹底した「経営の見える化」です。そのため、電子意思決定システムを採用しています。JTIでは、役員が世界中を飛び回っていて、定期的に一堂に会して経営会議を行うことは困難です。そこで、すべての意思決定を、原則、電子意思決定システムで行い、誰がいつ何を決めたかがわかるようにしているのです。

実はこのシステムの雛形はもともとRJRIにあったもので、責任権限規定の改訂とともに、つくり直しました。つまり、役職に応じた決裁の限度額や意思決定の順序、閲覧の可否が、責任権限規程で決められ電子意思決定システム上で実体化されているのです。しかも、その意思決定に関与した皆がコメントを残す必要があり、修正要請なども書き込める。いわば稟議書がITインフラに載っているわけですね。自分の意思決定がより上位職に開示されることで、自らを律して意思決定を行う効果ももたらしています。

また、JTとJTI間では、経営情報の共有化も徹底しています。これにより、経営陣が次年度単年の経営計画、3か年の中期経営計画に関する議論を、実りある形で年度半ばと年度終わりの2回行うことができるのです。

画像: 「責任権限規定」と「経営の見える化」

文化の統合に欠かせない理念とコミュニケーション

――企業文化の統合という点で、工夫された点はありますか?

新貝
JTはお客様を中心として、株主、従業員、広い意味での社会の四者に対する責任を高い次元でバランスよく果たし、その満足度(Satisfaction)を高めるという「4Sモデル」を企業理念として掲げています。JTはこの4Sモデルを通じて、中長期の持続的な利益成長を実現していくことをめざしており、まさにこれが、企業文化統合の上で重要な役割を担ってきたと思っています。

というのも、RJRIはかつてLBOにより、借金返済の必要から品質を落とし、顧客の信頼を失った経験があります。ギャラハーも同様に品質に対する大きな反省があったことから、両社とも4Sモデルの重要性を理解してくれました。結果として、このJTのDNAは新生JTIにしっかりと受け継がれることになりました。

また、JTも日本企業ですから日本企業の強みである改善等もJTIに取り入れてほしいと思っていました。しかし、当初はこれまでのやり方を変えることに戸惑いもありました。それは、不案内なことをやって成果が上がらなければ、最悪自分が職を失うという恐怖感からでした。そこで、たとえば、日本式の見える化や改善などをJTIのグローバル・サプライチェーンの幹部に、JTの日本国内の工場を見学してもらい、彼ら彼女らが、「これなら自分たちでもできる」と自発的にベストプラクティスを共有してもらえるように、取り組みました。

ところで余談ですが、ギャラハー買収の交渉の際、先方の社外取締役で取締役会長だった方およびCEOの方と東京で会食する機会があり、「あなた方の交渉は非常にフェアだと感じるが、日本人をより知るにはどのような著作を読めば良いか」と聞かれたことがあります。そこでお薦めしたのが、新渡戸稲造の『武士道』です。もともと外国人に向けて英語で書かれた本ですし、日本を知る良い端緒になると思ったのです。さっそく会長たちは帰りに、成田空港の書店で購入したようで、後日、ギャラハー本社を訪ねると、役員の部屋すべてに『武士道』が置いてありました。

やはり、文化を知るためには、互いをよく知ろうとする心がけ、積極的なコミュニケーションが非常に重要なんですね。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

画像: シナジーを最大化するJTのM&A
【第4回】M&A後のガバナンスと企業文化の融合

新貝康司
元日本たばこ産業株式会社(JT)代表取締役副社長兼副CEO。
1980年、京都大学大学院電子工学課程修士課程修了後、日本専売公社(現JT)へ入社。JT America Inc.社長、経営企画部部長、財務企画部長、取締役執行役員財務責任者(CFO)などを歴任。2006年から2011年まで、JTインターナショナル(JTI)の副社長兼副CEOを務め、この間にギャラハー買収と統合を指揮。2011年、JT代表取締役副社長、2018年1月より取締役、同年3月退任。2014年から2018年6月までリクルートホールディング社外取締役。現在、アサヒグループホールディングス社外取締役、三菱UFJフィナンシャルグループ社外取締役、AIベンチャービジネスのエクサウィザーズ社外取締役なども務める。

「第5回:M&Aに欠かせないオーナーシップ・マインド」はこちら>

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