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人口減少は、世界中の先進国で起きてるかなり強烈な『トレンド』です。日本でも少子化対策、生まれる子どもを増やすことが大切なのは言うまでもありません。前回もお話ししたように、日本の場合、完結出生児数は2.0に近いので、結婚したいと思う人がスムーズに結婚できるようにするための手立ては少子化対策として有効でしょう。

それ以外にはどういう手がありうるでしょうか。興味深い統計数字として、結婚しないで子どもを産む婚外子比率※の国際比較があります。

※婚外子比率:婚姻届を出していない男女間に生まれた子。

現在ヨーロッパで婚外子比率が高い国は、たとえばフランスで57%です。スウェーデンで55%、デンマークで53%、オランダで49%、イギリスで48%。ヨーロッパの北側の成熟した国では、大体半分が婚外子なわけです。アメリカは先進国で一番宗教原理的な国なので、婚外子に対する文化的なハードルが高そうに思いますが、それでも40%です。

家族の人類学の分野でいわれている分類でいうと、ヨーロッパの先進国の中で日本と考え方が近い国はたとえばドイツです。家族の在り方を規定する軸には2つがあります。ひとつは相続の平等性、もうひとつは核家族か大家族かです。日本は長子単独相続ですが、ドイツも伝統的にそうなんです。そして、ドイツも歴史的には大家族主義で、世代間の相互補助みたいな考え方が強いところも日本と似ています。その意味で家族についての伝統的な考え方が日本と近いドイツでも、婚外子比率は35%にまでなっています。

いまの日本の婚外子比率はどうでしょうか。わずか2.3%です。これは、私たちの感覚でもそんな印象ですよね。先進国の中で日本より婚外子比率が低い国は韓国だけで、1.9%。これは技術とか経済といった問題ではなく、人間や社会で共有されている価値観といった文化的な理由が大きい。

単純に少子化対策に何が有効かを考えたときには、結婚をしたい人が結婚をして完結出生児数の1.94に期待するよりも、本来は婚外子にとって不利のない社会制度を整えたほうがいい。少なくとも経済的に婚外子に不利益がないような社会をつくっていくのは大切なことだと思います。

フランスが少子化を克服した国だと言われる要因に、有名な「シラク三原則」というものがあります。第1は、子どもを産んでも新たな経済的負担が生じない環境をつくること。第2は、無料の保育所を増やしていくこと。第3は、女性が出産した後に職場復帰をしても、その人がずっと勤めていたのとまったく同じ条件で仕事ができること。これが「シラク三原則」です。また、これらを法制化し、婚外子を差別しないPACS(民事連帯契約)も導入することで、婚外子のハンデをなくしました。これらの取り組みが少子化に歯止めをかけたのは間違いない。ところが、日本だと文化的背景もあって、いくら言ってもそう簡単には変わらない。

では日本で子どもを増やすためには、どうしていけばよいのか。子どもを育てるコストについての認識を考えるっていうことも重要です。地域エコノミストの藻谷浩介さん※から伺っていい話だなと思ったのは、出生率が低いのは東京や神奈川、大阪といった都市圏で、富山とか福井とか島根とか、そういう地方では子どもを産んでいるんです。「哀しみ本線日本海」のところですね。こういうところは子どもを産んで育てる分には決して「哀しみ本線」ではないわけで、つまり、見かけ上の所得の多い少ないとは全然関係ないんです。子どもを育てるコストというのは、たとえば家族全員が協力できるのかとか、通勤時間とか、職場が家から近くて共働きもオーケーといった環境の方が、絶対的なインカム(収入)よりメリットが大きいわけです。このあたりにも、少子化対策のヒントがあるように思います。

※藻谷浩介:日本総合研究所調査部主席研究員、日本政策投資銀行地域企画部特別顧問(非常勤)、地域エコノミスト。著書に、「里山資本主義」「デフレの正体」「観光立国の正体」など。

ただし、です。人口減少というのは、いずれにせよ『トレンド』なんです。少子化に歯止めをかけることは必要ですが、これはマイナスを少なくするという話で、すぐにプラスに転じるようなうまい話はない。人口減少は将来においても間違いない現実なので、ここをリアリティをもって直視することが何よりも大切になります。

画像: 人口減少にどう構えるか-その2
ヨーロッパと日本の婚外子比率。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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