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欧米人と日本人のメンタリティの違い

ーーM&Aの成功の条件の中で、服部さんがもっとも重要だと思うことはなんでしょうか?

服部
やはり、経営者の能力ですね。そして、日本と欧米の経営者には、メンタリティにおいて大きな違いがあると感じています。

日本で成功しているビジネスパーソンの多くが、自分が勤務する「組織」に「所属」することそのものに自負を感じているように見えます。一方、欧米で成功したビジネスパーソンが自負を感じるのは報酬額です。中国、韓国のビジネスパーソンも欧米に似ています。

だから、M&Aが成立した後に、日本の社長が買収した欧米企業の幹部を集めて、「みなさんおめでとうございます。今日からあなたがたは当社グループの一員です。私が経営を続ける限り、解雇はしませんので、安心して働いてください」などと言ってしまう。何をどうすれば報酬額が上がるのかも示さないままにそんなことを言われても、まったく彼らの心には響きません。

一方、欧米人の社長は日本に来て逆に、「私はこの会社に3年います。3年の間に実績を上げることができれば、これだけのボーナスを出します」などと言う。すると、日本人の社員たちは、「えっ、この人は3年しかいないの? 単なる腰掛けじゃ、仲間とは言えないよね」と思ってしまう。

多少デフォルメしていますが、当たらずとも遠からずではないでしょうか。双方のメンタリティと企業文化の違いへの理解がないと、クロスボーダーのM&Aは難しいと思います。

M&Aを成功に導く経営者たち

ーー服部さんは、これまで多くの経営者と接してこられたと思いますが、優れた経営者に共通する要素があるのでしょうか?

服部
欧米の優れた経営者は、ジェネラリストではなく、自分の会社の真の専門家だと感じます。また、成功している経営者は、比較的在任期間が長い。やはり、優秀な人が長期政権を持たないと、企業も国もうまくいかないのかもしれません。

当然、そうした経営者は魅力的です。たとえば、買収元のルノーから日産自動車に来て、CEOを務めたカルロス・ゴーン氏(現・日産会長)は、着任早々、都市対抗野球の試合会場に出向き、日産の応援団の前で、「私がコストカッターのカルロス・ゴーンです。しかし、硬式野球部は閉部しません」と宣言して、社員の心を鷲掴みにしました。

画像: M&Aを成功に導く経営者たち

私がゴールドマン・サックス時代、DDI・IDO・KDDの3社合併でご一緒した稲盛和夫氏(3社統合で誕生したKDDIの名誉会長に就任、現・京セラ名誉会長)も素晴らしい方です。DDIの取締役会にDDIのアドバイザーとして参加し、稲盛さんに合併比率に関してプレゼンテーションを行った際、KDDの時価総額の評価が高すぎる旨を伝えたところ、稲盛さんは、「KDDにもプライドがあるでしょう。株価通りで行きましょう」とおっしゃって、ハッとしたことがあります。

合併後も彼らは一緒に仕事をするわけで、たとえ正しい主張であったとしても、遺恨を残すようなことはすべきでないということを、経営者としてよくわかっていらしたのです。

また、優れた経営者に共通するのが、いい意味で「満足しない」ということ。ファーストリテイリングの柳井正代表取締役会長兼社長もそうですが、売り上げがどこまで伸びても、次々に目標を高めてけっして満足しない。限界をつくらず、満足しないというのも、優れた経営者の資質だと思います。

財務的・戦略的視点での成功事例

ーーとくに印象深い成功例について教えてください。

服部
M&Aの成功には、財務的な成功と戦略的な成功がありますが、いずれも成功した例としては、1990年の京セラによる、米・電子部品大手のAVX社を買収した事例があります。買収プレミアムは約60%とかなり高い買い物でした。ところが、5年後に再上場したときには、時価総額は約5倍になり、京セラは25%持ち分を売り出して、当初の投資金額をこの時に完全に回収、財務的に大成功と言えます。

また、買収することで商品ラインナップが充実し、AVX社は欧米、京セラは日本とアジアで互いの製品を流す販路を持つことから売り上げを大きく伸ばし、戦略的にも大成功でした。

日本たばこ産業(JT)によるRJRナビスコ社の米国以外のたばこ事業の買収(1999年)、英国の巨大たばこ会社ギャラハーの買収(2007年)についても、数少ない財務的、戦略的成功の事例です。その後の20年で、JTの営業利益は3倍の約6,000億円にもなっています。

ちなみに、これらのM&Aを率いたのが、新貝康司氏(元JT副社長)です。京都大学工学部電子工学科修士課程を修了した後、入社して10年ほどでJTアメリカの社長に就任した方ですが、欧米人と英語で喧嘩ができる数少ない日本人の一人でしょう。

新貝氏とJT社は、早くから、日本のたばこ市場の今後の成長は望めないとして、欧州やアジアの新興国に強い企業を狙って買収を進めました。それが、財務面だけでなく、戦略面でも大きく成功した理由だと思います。

画像: 財務的・戦略的視点での成功事例

失敗事例から学ぶ教訓

ーー逆に失敗事例で印象に残っているものはありますか?

服部
非常にいい買い物であっても、買い時、売り時を間違ったために、大損をしてしまった事例などは、非常に残念ですね。判断を誤って、高値の時期に手に入れ、安値で売ってしまった事例は、1980年代末のバブル期やネットバブル期に多数見られました。成功理由も単純ですが、こういう失敗の原因も単純で、要は相場観を持っていなかったということです。

だからこそ、やはりその事業についてつぶさに知っていなければ、成功は難しいのです。多角化がうまくいかないのもそこに原因があります。

また、日本企業の場合、第2回でお話ししたように、買いのM&A一辺倒なことに問題がありますが、この原因は、日本の経営者が「売り」=「撤退」=「先輩の否定」=「自己の否定」といったメンタリティに支配されている場合が多いからとも言えます。

この感覚を捨てて、そもそもビジネスは時とともに変化するのが当たり前なので、常にビジネスの入れ替えを意識しなくては成長できないという意識を持つことが重要です。

これからは、買い一辺倒のM&Aから脱却し、成長戦略の重要な武器としてM&Aを使いこなせるよう、日本企業のさらなる成長に期待しています。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

画像: M&Aを成功に導くために
【第5回】成否を決める「経営力」

服部暢達
早稲田大学大学院経営管理研究科客員教授、慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。服部暢達事務所代表取締役。1981年、東京大学工学部卒業、日産自動車に入社。1989年、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクール経営学修士課程修了。1989年、ゴールドマン・サックス証券に入社、ニューヨーク、東京に勤務。1998年から2003年までマネージング・ディレクターとして日本におけるM&Aアドバイザリー業務を統括。現在、ファーストリテイリング、博報堂DYホールディングスなどの社外取締役を務める。著書に『日本のM&A 理論と事例研究』『実践M&Aハンドブック』『ゴールドマン・サックスM&A戦記』(日経BP社)など多数。

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