働き方改革において大きな役割を担う人工知能。将来的には人間の仕事を奪うのではないかと危惧する声も多いなか、人工知能を活用したヒューマンビッグデータ研究で知られる日立製作所の矢野和男は、独自の見解を示している。さらに、人工知能が可能にする「アウトカム」志向こそが今の日本経済に必要だと説く。東京・国分寺にある日立製作所中央研究所にて、経営学者・楠木建氏を迎えて行われた対談の最終回。

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人工知能に置き換わるのは、既存のルール

楠木
人工知能が人間と同じになっちゃったら意味がなくなるというお話を冒頭(第1回)で伺って、それを知っただけでも今日、国分寺に来てよかったなと。いろんなところで吹聴したいと思います。この考えは、矢野さん独自のものなんですか。

画像: 人工知能に置き換わるのは、既存のルール

矢野
人工知能はアウトカム志向なものであることを、私はこの6年言い続けていますが、他では聞いたことがないですね。そこから必然的に、人工知能は人とは同じになりません。これに対し、1つの作業の型を機械に代行させる、省力化のパターンを人工知能に全部当てはめようとする流れが非常に強いと感じます。でも、人工知能の成り立ちや原理を考えると、そういうことじゃないとわたしは思うんです。

例えば顔写真の認識技術にしても、目の前に20枚の写真があって「どれがあなたの奥さんの写真か?」って聞かれたら、人間だれでもわかると思うんです。でも、「なんでそれが奥さんの写真って言えるの?」って聞かれたら、だれも説明できないですよね。それを証明できるのが人工知能です。背後の理屈はわからなくとも、データがあれば設定されたアウトカム(成果指標)と入力とを結びつけることができます。このため、あらゆる事象に展開できるわけです。

楠木
そうすると、冒頭のお話の繰り返しになりますが、人工知能を活用するときに人間がいかにアウトカムを定義するかが大きな意味を持つと。

矢野
ええ、それは大きいですね。

楠木
「人工知能は人間を超える」っていう議論については、どう思われますか?

矢野
わたしは正直、的外れだと思うんです。人工知能を作っているのは全部、人間ですから。もし、現在の人間の知的能力を超える人工知能が作れたとするじゃないですか。それが作れたということは、人間の知的能力はそれ以上に高くなっているわけです。非常に複雑なものをシンプルにとらえる方法を見つけて、それを人工知能と呼んでいる。ニュートンが月とリンゴを同じ運動法則でとらえることができたのと同様に、優れた人工知能を作り出すことも、あくまで人間の営みによるブレイクスルーなんです。

わたしはこう考えています。人工知能が置き換えるのは、人間が作った既存のルールだと。そのルールって、経験と勘に基づいて人間が立てた仮説をベースにしているんですね。そして、何か事故が起きるたびにルールが追加されて、しまいにはだれも覚えきれなくなってしまう。それに対して人工知能は、エビデンスをベースにして、人間には思いつかないような新しい仮説を生み出します。それを人間が状況に応じて用い、常に一貫した目的を持ってシンプルに進化させていく。そのような柔軟で進化するルールこそ、人工知能がもたらすものだとわたしはとらえています。

スリランカに見た、未来の街の姿

矢野
人工知能を研究していて思うんですが、そもそもなぜ人工知能が必要なのかをもっと突き詰めて考えるべきだと。これって、世の中では意外と語られていないことなんですね。

先日、仕事でスリランカに行く機会がありました。新興国とはいえ、使っている人工知能技術は、先端的な米国や日本とあまり変わらないレベルです。そもそも人工知能技術はウェブでオープンに共有されているので、差がつきにくい構造になっています。スマホ決済で既存のインフラがないことを強みに新興国が先進国を追い抜いたように、自動運転にしても、いずれ先進国を飛び越えて最先端の技術を生み出す可能性が十分にあると感じました。

現実には、スリランカの街を歩いてみると、信号はほとんどないし、歩行者はドライバーとのアイコンタクトと間合いと気合いで道路を渡っている。実はあれが、自動運転時代の未来の交通の姿なのかもしれない…ってわたしには思えたんです。

画像: スリランカに見た、未来の街の姿

そうした未来を見据えて、そろそろ日本もギアを切り替える時期に来ていると思います。この100年くらい、「標準化」と「横展開」が日本では“いいこと”の代表のように言われてきたんですが、もうこれは時代遅れなんじゃないかと。「みんなと同じものを大量に持ちたい」という人がもういないにもかかわらず、供給側はいまだに仕事のやり方が変わっていない。そうではなく、企業はもっと変化や多様性を正面からとらえなきゃいけない。

そういうときに、実験と学習が必要です。

やってみないとわからないから、ほとんどの実験をコンピュータ上でやってみる。過去の膨大なデータを使って実験の確度を上げて、さらにいろいろなことを学習できるプラットフォームとして、人工知能があります。

今の日本に必要なことは、人間が立てた仮説をベースに一律のルールを作って、それをみんなで守るというこれまでの発想から、目的=アウトカム(成果指標)を決めて、状況に合わせて行動を変えていくという発想への転換です。人工知能なら、それができる。アウトカムに向けて実験と学習を愚直にやるっていうことが、人工知能の凄さなんです。

ハピネス向上というアウトカム

矢野
アラブ首長国連邦の首相は2016年に「政府は国民の幸福のためにある」と宣言して、ハピネス省とハピネス大臣を設けました。あらゆる法律の制定にはハピネス大臣によるアセスメントがないといけないという法律まで作ったぐらい、システマティックに目的からスタートした施策を国家レベルで実行しています。

こういうことを、我々日本人も見習うべきだと思うんです。アウトカムをきちんと設定して、そこに向かって、人工知能を使って適切な手を見つけていく。

楠木
そして、そのアウトカムの最上位に来るのがハピネスだと。

矢野
そうです。今年、米国のイェール大学で開かれたハピネスの講義には、全学生の1/4が受講登録したそうです。今、若い人の感度はハピネスに向いているわけです、我々以上に。

楠木
今や世界的に、関心事の上位にハピネスが来ていると。言われてみれば当たり前なんですが、これまでは正面からハピネスをとらえる技術がなかった。個人だけでなく、企業も従業員のハピネスを望んでいる。人が辞めちゃうっていうのは、企業にとってシリアスな問題ですからね。

矢野
その解決に我々が貢献することで、人々が幸せな働き方を実践できる社会をつくっていけたらいいなと思います。

楠木
本日はありがとうございました。とても面白いお話をたくさん聞けました。

矢野
こちらこそ、わざわざ国分寺までお越しいただいてありがとうございました。

画像1: 対談 「好き嫌い」とハピネス
【第5回】人工知能が導く、「アウトカム」志向への転換

楠木 建
1964年、東京都生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。著書に『「好き嫌い」と才能』、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』、『「好き嫌い」と経営』、『戦略読書日記』、『経営センスの論理』、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』など。

画像2: 対談 「好き嫌い」とハピネス
【第5回】人工知能が導く、「アウトカム」志向への転換

矢野 和男
1959年、山形県生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学大学院連携教授。文部科学省情報科学技術委員。

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