『「好き嫌い」と才能』『好きなようにしてください』などの著書で知られる経営学者・楠木建氏と、ヒューマンビッグデータと人工知能による「ハピネス」の研究で注目を集める日立製作所・矢野和男による対談連載。第4回では、矢野がハピネスを研究するに至った経緯とハピネス事業における今後の日立のスタンス、そして矢野自身がハピネスを感じる仕事について、楠木氏が切り込んだ。

『第1回:「ハピネス」は、体の動きで測れる』はこちら>
『第2回:「ハピネス」は、競いあわせて伸ばす』はこちら>
『第3回:「好き」が生産性を上げる』はこちら>

ヒントは、ドラッカーとポジティブサイコロジー

楠木
矢野さんはいつ頃から「ハピネス」に関する研究をなさっているんですか。

矢野
わたしは1984年に日立に入社してからずっと半導体の研究をしていました。ところが、今から15年ほど前に日立が半導体事業から撤退することになってしまい、大変困ったんです。半導体の次に研究すべきことは何か…研究所内で何度も議論を重ねました。

そして思い至ったのが、コンピュータって実はハードウェアよりデータのほうが大事なんじゃないかと。だとすると、人間に関するデータってひときわ大事なんじゃないか。なぜなら、それまでほとんど蓄積されてこなかったからです。でも、センサ技術を使えばデータをたくさん取れる。そういう発想から、ウェアラブル端末を使って人の体の動きを計測するという研究を始めました。世界的に見てもわりと早かったと思います。

楠木
そのときすでに、最終的にはハピネスというものを説明するんだというお考えがあったんですか。

矢野
ありました。わたしは昔からピーター・ドラッカーの著書を愛読していまして、1999年に出版された『明日を支配するもの』にこう書かれていたんです。「20世紀最大の偉業は肉体労働の生産性を50倍上げたことだ」。で、21世紀に一番期待されることは「知識労働の生産性も同じように引き上げることだ」と。ちょうど悩んでいた時期にそれを読みまして、これだなと。

ところが知識労働の生産性って測れないんです。どうしようかなと思っていたときに、実は2006年頃に「ポジティブサイコロジー」っていう動きが心理学の分野で起きていて、生産性と幸せの関係をデータから明らかにする論文が増え始めていたことを知って、研究のヒントにしました。

楠木
僕も2000年頃にポジティブサイコロジーっていう言葉を初めて聞いて、人間が幸せになることを説明するって当たり前なんじゃないか。どうして今さら?と思って、同じ大学に勤めている行動科学の研究者に聞いてみたんです。そしたら「いや、心理学はもともと疎外などのネガティブな状況の除去を目的に発達してきたから、ポジティブサイコロジーというのはまったく新しいカテゴリーなんだ」と言われて、そういうものなんだなって感じたのを憶えています。

矢野
アメリカの経営学会でも、ハピネスに関する研究は大きな分野になってきました。あと、経済学でもユーティリティー(効用)のひとつとしてハピネスをとらえる見方が増えています。

楠木
そうですよね。むしろ、ユーティリティーに代わる大きな概念として説明しようとしている人が多いですよね。

画像: ヒントは、ドラッカーとポジティブサイコロジー

日立の「総合力」が、ついに発揮されるときが来た!

楠木
矢野さんが開発なさって来たハピネスに関する技術ですが、日立は社内の働き方改革だけでなく、ビジネスとしても今後力を入れていくんですか。

矢野
そうです。我々が組織のハピネス度を診断してレポートなどでフィードバックするというビジネスを始めてもう3年ぐらい経ちます。わたしは、あらゆるビジネスや都市、国家において、数字で表されるアウトカム(成果指標)の最上位にハピネスが来ると考えていまして。そこに、電力から鉄道、エレベーター、金融など幅広く事業を進めてきた日立の力が活かされると思うんです。

今までは、そういった「手段」としてのインフラを提供するビジネスがメインでしたが、これからは「目的」を果たすためのビジネスが必要とされる。鉄道事業だったら、これまでのように単に車両を納めるのではなく、例えば「ハピネスモビリティ」っていう大きな概念ごと提供するような、社会への役立ち方があると思うんです。

楠木
なるほど。ハピネスこそ組織の最上位のアウトカムだから、それが要らないなんて顧客はまずいないですよね。だれも否定なんかできない。

実は今まで僕、日立の方が昔からおっしゃってこられた「日立の総合力」という、だれも見たことがない力を懐疑的に思っていたんですが、ハピネスこそ日立の総合力を発揮できるビジネスかもしれませんね。

矢野
(笑)。是非、そうしたいと思っています。

画像: 日立の「総合力」が、ついに発揮されるときが来た!

ハピネス研究者・矢野和男にとっての「ハピネス」とは

楠木
例えば、どういった企業から引き合いがあるんでしょう? 喫緊の課題で挙げられるとしたら、対人サービスの離職率に悩んでいる企業とか。

矢野
コールセンターとか携帯電話ショップとか、やはり対人サービスの業種からたくさんお話をいただきます。それまでは専用ハードウェアも必要でしたが、今回開発したHappiness Planetはスマホ向けですから、もっともっといろいろなお客さまに展開できるっていう期待もあります。

楠木
そういったビジネスの戦略についても、矢野さんは関わってらっしゃるんですか。

矢野
もちろん関わっています。

楠木
研究そのものだけでなく、このビジネスで利益を生むことに対しても、ご自身はモチベーションをお持ちなんですね。

矢野
極めて大きいです。そうしないと、事業がサステナブルにならないので。基本的には事業を創るのが我々の仕事なので、開発だけでなく営業もマーケティングもやらなきゃいけないんです。そういった、事業の全部を見ているのが楽しいんですよ。

画像: ハピネス研究者・矢野和男にとっての「ハピネス」とは

楠木
なるほど。そういうお仕事がお好きなんですね。ご自身の実感としては、この研究を始めてからハピネス度は上がっていますか。

矢野
この12年間、自分の体の動きを測り続けていますが、極めて上がっていると思います。よく、年を取ると1年が短く感じるって言うじゃないですか。ところが面白いことに最近、1年が結構長く感じるようになってきました。

楠木
それはかなりのものですね。30年、40年とデータを取り続けて、人生における幸せの変化が可視化されたら、滅茶苦茶面白いでしょうね。ということは、これ、組織だけでなく個人向けのサービスとしても提供できそうですね。

矢野
ビジネスモデルをどうするかについては、現在も検討を続けています。スマホ用のアプリケーションなので以前より開発コストが下がってますから、その分、適用できる分野や対象者は増えていくと思いますね。

画像1: 対談 「好き嫌い」とハピネス
【第4回】ハピネス研究者は幸せか

楠木 建
1964年、東京都生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。著書に『「好き嫌い」と才能』、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』、『「好き嫌い」と経営』、『戦略読書日記』、『経営センスの論理』、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』など。

画像2: 対談 「好き嫌い」とハピネス
【第4回】ハピネス研究者は幸せか

矢野 和男
1959年、山形県生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学大学院連携教授。文部科学省情報科学技術委員。

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