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武田薬品工業株式会社 CCPA CSR CSRヘッド 圭室俊雄(たまむろ としお)氏
多種多様で特色のあるグローバルCSRプログラムを展開する武田薬品工業では、その選定を従業員投票で決めるという。従業員の参画意識とモチベーションを高めるための施策だ。選定までのプロセスとプログラムの内容、現地視察の取り組みについて、CSRヘッドの圭室俊雄氏に話を聞いた。さらに、これからSDGsに取り組む企業に向けたメッセージを伺った。

「前編:武田薬品工業のCSR、SDGsはグローバル化が推進力」はこちら>

CSRプログラムを従業員投票で選出する理由

――御社では、途上国・新興国の人々の健康に貢献する予防活動としてグローバルに展開されているCSRプログラムに関して、全従業員の投票により選定するという、ユニークな手法を取られているそうですね。

圭室
これは代表取締役社長CEOのクリストフ・ウェバーの提案で、全世界3万人の従業員のCSR活動への参画意識を高めようという目的で、2016年度から実施している取り組みです。

2017年度の場合で言えば、私たちCSR部門があらかじめ6つのCSRプログラム候補を選定し、タウンホールミーティングなどの説明会のほか、社内のイントラネットや社内SNSを活用して周知して、4月に投票を実施しました。

その結果、全従業員の30%弱にあたる8,400名を超える従業員が投票に参加し、3つの新しいグローバルCSRプログラムを行うことを決定しました。2018年度は、10,000人超えを目標にしています。

――投票率を伸ばす取り組みもされているのですか?

圭室
はい、投票期間中は、毎日スムーズに投票が行われているかどうかをモニタリングして、投票率の低い地域については、統括責任者に投票活動の促進を働きかけてもらっています。投票率を地域ごとに競わせているんですね。

また、プログラムの内容を全従業員が理解できるように、10言語に翻訳して周知しているほか、社内のインターナルコミュニケーションのチームメンバーに協力を仰ぎ、イントラやSNSに掲載する際のコンテンツやデザインについてアイデアを出してもらうなど、世界中の従業員の興味をより引くように努めています。

海外の従業員が多数をしめる当社では、日本人の感覚だけで広報活動を進めていても全従業員には響きません。それぞれの地域によって、こうしたキャンペーンに対する受け取り方やノリも違います。そのため、その地域に精通している人材に相談しつつ進めることが肝要です。

画像: CSRプログラムを従業員投票で選出する理由

アフリカやアジア諸国を対象に、多種多様なCSRプログラムを展開

――具体的に、どのようなプログラムを選定されたのですか。

圭室
2017年度に選定したのは、①ベナンやマダガスカル、ルワンダを対象地域として、栄養、水の供給、衛生改善などを通じて生涯の健康の基礎を築く「『人生最初の1000日』への保健/栄養プログラム」(UNICEF/予算10億円)、②難民の子どもや女性、約50万人の健康状態の改善をめざす「南スーダン・シリア難民を対象とした包括的保健プログラム」(PLAN/予算10億円)、③アフリカ諸国の農村部の女性と妊産婦の命を守る支援環境を構築する「アフリカの妊産婦と女性の命を守る〜持続可能なコミュニティ主体の保健推進プログラム」(JOICFP/予算7.5億円)の3つで、いずれも5年間の活動になります。

なお、2016年度に実施を決定・開始したプログラムは、①アフリカやアジア、南米など約40カ国において、10 年間で540万人の子どもたちに「はしか」のワクチンを接種する「『はしか』予防接種のグローバル展開プログラム」(United Nations Foundation/予算10億円/10年間)、②乳幼児の死亡率の高い南アジアで、1,400人の地域医療従業者の能力を強化し、母子の「予防可能な死」を削減する「地域ヘルスワーカーの能力強化を通じた母子健康プログラム」(World Vision/予算5億円/5年間)、③アジアの少数民族の保健医療のアクセスとクオリティを向上する「少数民族の母子を対象にした保健支援プログラム」(Save the Children/2.5億円/5年間)の3つです。

つまり、すでに6つのグローバルCSRプログラムが並行して動いているというわけです。また、エイズ・結核・マラリアの三大感染症の予防を目的とするタケダ・イニシアチブなど、従業員投票を経ない取り組みもあり、現在、「予防」の観点から途上国の健康に貢献するCSRプログラムは全部で9つが走っています。

画像: アフリカやアジア諸国を対象に、多種多様なCSRプログラムを展開

パートナーの選定や評価をいかに定量的に行うかが課題

――さらに2018年度もプログラムが増えるわけですね。しかも、数年間ずつ継続ということですから、しっかりとその成果を見届けていくことも重要になりますね。

圭室
はい。現在は寄付をしたNGOやNPOから、年に2回報告を受けていて、評価しています。今後はさらに、ヘルスエコノミクス(経済性)やソーシャル・リターン・オン・インベスティメント(SROI:社会的投資収益率)、ポストエフェクティブネス(波及効果)など、さまざまな観点から定量的に評価する指標を、専門家も交えて整えていく必要があると思っています。

当然、寄付をするNGOやNPOの選定に関しても、インプット(投資)、アウトプット(成果)、アウトカム(ゴール)、ソーシャルインパクト(社会における健康・医療環境の改善)について、事前に定量的に判断しなければならないという問題意識を持っています。

これまでは、活動実績の抱負な大きなNPO・NGOが選ばれてきましたが、そうした組織ばかりでいいのかという議論が社内でもあります。一方、実体のない詐欺目当てのフェイク団体からアプローチを受けたこともあり、やはりパートナーの選定は慎重に行う必要があります。

また株主からは、「CSRにかける分を配当に回してほしい」といった意見も頂戴することがあります。ただ、グローバルCSR活動費というのは、製薬企業の莫大な研究開発費に比べればはるかに少額です。こうした活動を通じて、社会との信頼関係を築き、結果として当社のレピュテーションにつながるのであれば、むしろ費用対効果はけっして悪くない。そのことを明示するためにも、CSR活動の定量的な評価が非常に重要になると考えているのです。

単なる寄付を超えて、自分事として受け止めるために

圭室
さらに、活動に寄付というかたちで支援するだけでなく、より従業員の参加意識とモチベーションを高めるために、自分たちが投票したプログラムの活動を現地で視察するという取り組みも始めています。

その初回として、先日、United Nations Foundation(国連財団)の「『はしか』予防接種のグローバル展開プログラム」を視察するために、全世界の拠点から12名ほどの従業員とともにラオスに行ってきました。

画像1: 単なる寄付を超えて、自分事として受け止めるために

道もないような山の中をバンに揺られること2時間、さらに川を艀で渡ってようやく現地へ辿り着きました。ここはモン族という少数民族の居住地域で、ワクチン接種の様子を見学するとともに、国連財団の方々や現地で働く医療関係者の方々にもさまざまにインタビューさせていただきました。

同行したメンバーも一様に驚いていましたが、医師は3名、わずか10床しかない病院で、近隣約5,000人の診療を行うなど、現地の状況というのは想像以上に過酷なものでした。私自身、途上国での活動を目の当たりにしたのは今回が初めてのことで、自分たちがふだん当たり前だと思っていることがまったくそうではない場所があるということを、肌身で実感した次第です。

――12名のメンバーは、どうやって決められたのですか?

圭室
応募者の中から選出しました。2週間ほどの告知期間にもかかわらず、130余名もの応募があり、我々も大変驚きました。そこで、参加動機についてエッセイを書いてもらい、その内容を定性および定量評価して、さらにダイバーシティの観点から、国籍や職種などにバラエティを持たせて選出しました。

視察後、参加者にヒアリングしたところ、自分たちが支援しているプログラムについてより深く理解でき、自社に誇りが持てるようになったといった意見が聞かれました。なかでも、IT関連の仕事をしている従業員が、普段、患者第一といってもなかなかピンとこなかったけれど、現地を見て、ようやく実感できたと語っていたのは印象的でしたね。

今後、視察した彼らが、世界各国のそれぞれの部門に帰って、アンバサダーとして啓発活動をしてくれたらと思っています。すでにタウンホールミーティングを開催して、報告会を実施したという知らせも届いています。

画像2: 単なる寄付を超えて、自分事として受け止めるために

重要課題の把握と、迅速な意思決定がカギを握る

――これからSDGsに取り組まれる企業に対して、アドバイスをお聞かせください。

圭室
当社の場合、前回申し上げたように、いやおうなく事業環境が急速に変わったという特殊な状況がありますので、参考になるかどうかはわかりませんが……。実際に、私自身、2003年頃、CSRの担当をしていた当時は、なかなかうまく進めることができませんでした。「こんな活動をしても、儲けには関係ない」と言われてしまうと、なかなか前に進めません。

その後、トップマネジメントが日本人から外国人に変わったことで状況が一変しました。決断のスピードが断然速くなり、そのことが現在のCSR活動の推進力にもなっています。

トップマネジメントの決断の速さの違いというのは、大きな意思決定と、小さな意思決定に対する態度の違いと言えるように思います。小さな意思決定については、ダメなら後で変えればいいという柔軟な発想で臨んでいるようです。以前だったら、社長の決裁に1カ月かかったところが、いまはその場で決まってしまうこともたびたびあります。

画像: 重要課題の把握と、迅速な意思決定がカギを握る

このように当社がかかえる特殊な事情はあるにせよ、あえて申し上げると、CSR活動を進めるうえで重要なのは、やはりマテリアリティ、すなわち重要課題が何かということをしっかり見極めて、その課題に向かって取り組むためにどうすればいいのかを考えることにあると思います。重要課題を把握し、そこに注力している会社の株式のパフォーマンスは良いと書かれた論文を読んだことがありますが、間違いなく重要な視点だと思います。

また、2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国連責任投資原則(PRI)に署名して以来、ESG投資、すなわち環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を企業の価値の指標とする投資も急激に伸びています。

このように、SDGs以降、包括的な視点で企業価値を創造し、社会課題の解決を通じてビジネスを展開するというアプローチへと時代は大きく変わりつつあります。こうした変化を捉えて企業活動をしていくことが、これからの時代においては不可欠だろうと思います。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

画像: 圭室 俊雄(たまむろ としお) 1987年、武田薬品工業株式会社入社。営業、開発戦略、大学研究員、製品戦略、対外活動、IR(Investor Relations)を経験後、2016年10月より現職。

圭室 俊雄(たまむろ としお)
1987年、武田薬品工業株式会社入社。営業、開発戦略、大学研究員、製品戦略、対外活動、IR(Investor Relations)を経験後、2016年10月より現職。

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