日本の戦後の高度成長期から「働く」ということに深く関わってきたリクルート。多様な価値観と働き方が交錯するなかで、働き方改革をこれからのイノベーション創出の手段として捉え、人事制度からIT活用、マネジメントなどの領域まで先行して取り組む株式会社リクルートホールディングスの新しい働き方について、執行役員 野口孝広氏に話を伺った。

経営理念と働き方改革の目的

――まず働き方のベースにある経営理念についてご説明ください。

野口
経営理念としては、「新しい価値の創造」、「社会への貢献」、「個の尊重」の3つを掲げていまして、これをまとめて、「私たちは、新しい価値の創造を通じ、社会からの期待に応え、一人ひとりが輝く豊かな世界の実現を目指す。」という一つのスローガンにしています。

もともと1960年にリクルート創業者の江副浩正が考えた、コンシューマと産業の間で就職先をマッチングさせるモデルは、世の中にそれまでありそうでなかったという点では「新しい価値の創造」なんです。ただ、その頃は、「新しい価値の創造」ではなく、「経済的合理性の追求」を理念としても重視していて、結果として1988年のリクルート事件につながりました。その反省から「社会との調和」の大切さを改めて実感し、その後もう一度アップデートされたものが現在の経営理念です。

画像: リクルートの経営理念と企業文化

リクルートの経営理念と企業文化

――「社会への貢献」については、働き方改革に関連して、CSR(Corporate Social Responsibility)の重点テーマとして、「働く機会を創り、輝く人を増やす」、「多様な生き方・暮らし方を支援する」、「将来を担う人材の可能性を引き出す」、「時代にあう働き方を自ら実践し広める」、「人権を尊重し、環境を守る」といった考えを示されていますね。

野口
CSRにしろ、CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)にしろ、やはり社会にとって善の存在であることがリクルートにとっても成長を促す構造かと思いまして、ずいぶん以前から決めていたテーマですね。恐らく、これからはSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)といった世界共通の社会課題に対して、いかに具体的にターゲットを決めて、いかに真剣に取り組んでいくかが、企業価値のストック・マーケットの方にも確実に関連してきます。いわゆるロング・ターム・イシューに対してのステークホルダーの皆さんの関心が高まっていますので、我々も社会課題をキャッチアップして取り組んでいくということで、決めているテーマでもあります。とくに、「働く機会を創り、輝く人を増やす」というのは、我々のメインビジネスですし、働くことにまつわる人権も表裏一体だと思いますので、これらは重要なテーマですね。

――「個の尊重」というのも「社会への貢献」と同じ時期からですか。

野口
「個の尊重」というのは比較的昔からいわれていることで、リクルート事件前の「自ら機会を創りだし、機会をもって自らを変えよ」という社是に通じていると思います。現在は表立って出てこない言葉ですが、リクルートの事業の中でずっと語り継がれていて、生きざまに近いようなかたちで浸透しているんです。この言葉は、「個の尊重」と「新しい価値の創造」をくっつけて別の言い方をしているようなもので、創業以来ずっと流れているフィロソフィーに近い感覚ではないでしょうか。

リクルートの働き方変革に向けた目的と施策

――働き方改革の目的について教えてください。

野口
働き方改革の目的について、いま日本全体が議論しています。皆さんの意見はおそらくそれぞれ正しく、統一する必要はまったくないと思っています。ですから、海外はちょっと別にして、国内のリクルートにおける働き方改革の目的は、経営理念である「個の尊重」を通じて「新しい価値の創造」を成し遂げ、それが結果として「社会への貢献」につながっているということです。働き方改革は新しい価値の創造、言い換えればイノベーションの創出を加速していくための手段であると捉えています。ですから、働き方改革というと後付け的にテーマが飛んできた感じがしますが、実はよく考えると、我々の経営理念を実現するための重要な手法だということですね。

――働き方改革の施策についてはどのように考えられていますか。

野口
働き方改革の目的であるイノベーション創出の加速にむけて、人事施策、オフィス戦略、ITの活用、マネジメントの進化といったことが柱になっています。結局、すべてのファンクションが大きく変わっていくと思いますので、働き方改革の施策で重要なことは、とにかく小さなことから始めて、早くやってみて、分かったことを素早く吸収していくことですね。成功したことと失敗したことを全部許容しながら、取り組み自体をこのように“打ち手先行”でやっていくことが我々の風土にも合っています。「これが働き方改革だ!」といって壮大なゴールを設定して取り組んだところで失敗する可能性が高いと思いますし、やり方も我々にはそぐわないと思っています。

画像: リクルートの働き方変革施策

リクルートの働き方変革施策

――具体的な例でご説明いただけますか。

野口
例えば、弊社ではリモートワークと呼んでいますが、いわゆるテレワークですね。よくテレワークのKPI設定をしなければという話を聞きますが、我々はリモートワーク率のゴールは決めていません。なぜかというと、仮にリモートワーク率を20%にすると、週5日働くわけだから、1日は会社に来ない、ということになります。しかも全員です。1日は絶対に会社に来てはいけないというオペレーションになりますので、選択肢を奪われた人のなかには「えっ、なんですか、それっておかしいよね」って話になりかねません。我々が一番重要視したいのは、自分の判断で一番いいロケーションで、自分の判断で一番いいパフォーマンスを上げてもらうということなんです。

――当然、サボる人も出てきますね。

野口
その話は結構ありますね。ただ、サボる人は会社にいてもサボるし、成果を出す人はどんな環境にいても成果を出す。組織論として2-6-2の法則ということがよく語られますが、トップの2割の人たちは何のサポートをしなくても自立的にやります。大事なのは、多数の6割の人たちをサボる2割にしてしまうのか、自立性のあるトップの2割にするのかをよく考えてみた方がいいということです。そのためには、数多く実験するのが手っ取り早くて、かつ実験のスピードを速める方が良いかと思います。

働き方改革とセットとしての女性活躍について

――創業当時から、女性が活躍している会社というイメージがありますが。

野口
確かに新卒入社時はほぼ男女50対50ですが、男性同様に女性が活躍しているかというと、実はそうでもないんです。ただ、三代目の社長(1997年~2004年)が河野栄子さんでしたし、リクルートから転職したOGもさまざまな分野で活躍されている方が多くいたので、何となく世間のイメージでは女性が活躍していると見られていたのかもしれません。しかし実際、リクルートの内部の女性管理職でいうときわめて少ない。管理職の割合になったとたんに比率が下がってしまいます。課長職を分母にすると、女性の割合は2006年で約10%です。これではいけない、優秀な力を持っているワーキングマザーといった人たちが存分に活躍できなきゃね、ということから始まって、2017年には、課長職の女性の割合は27%くらいまで上がってきています。

画像: ダイバーシティ推進に向けた取り組み(女性管理職比率の推移)

ダイバーシティ推進に向けた取り組み(女性管理職比率の推移)

――女性管理職の割合が増えてきている一番の理由はなんですか。

野口
とくに課長職の女性ですが、子どもを産んで、もういちど課長として復職する人の比率が年々増えています。単に女性管理職の比率が上がってきているというよりも、その中身ですね。子どもを産んでからも、課長職として復職してパフォーマンスを落とすことなく仕事ができている人たちがすごく増えていて、それが取り組んで一番良かったことです。

管理職の人はどうしても業務の多さというのがありますので、労働時間を見直して、成果はそのままに生産性を高めていく取り組みを始めたことで労働時間が相当減りました。これが、女性管理職が増えた大きな理由ですね。ほんの一例ですが、夕方6時前に保育園に子どもを迎えに行かなきゃいけないのに、6時から会議を始めるというのは、仕事をするなという話と一緒ですからね。

ITの活用で労働時間を短縮

――どのような取り組みの結果でしょうか。

野口
例えば、働き方変革で削減できた会議時間はざっくり言うと半分ですが、それは従来の会議がいかに形式的な部分が多かったかという証でもあります。不要だった対面の会議がなくなるわけですが、それをサポートするのがビジネスチャットツールです。私も活用していますが、いわゆるLINEのようなメッセージング・アプリケーションのビジネス版ですね。LINEを使われている方はLINEと一緒だねとおっしゃいますが、このアプリケーションをスマートフォンなどにインストールしてメールから置き換えてみました。これはメールと違ってリアルタイムで会話がどんどん連なって、案件に対する情報や問題、対策などが事前に共有できるだけでなく、アプリケーション上でファイルが共同編集できるので手戻りがなくなるなど、非常にスマートな業務を可能としています。顔を合わせるリアルな会議の時間が半分になりますので、子育て中の人だけでなく、これからは、介護が必要で家から離れられないという人にとっても有用であり、ここで得られたリモートワークのノウハウは効果が大きいと思います。また、労働時間が短縮される一方で、こういったビジネスチャットツールを利用することで、コミュニケーションの総量は上がるんですね。部署によっては、3割くらい増えたという変化感が報告されています。

――会議をなくして、逆にコミュニケーションの総量が上がるというのは面白いですね。

野口
確か、産業能率大学の中間管理職に対するアンケートでしたが、メンバーとのコミュニケーションを円滑にするための技を教えてくださいという質問で、一番多かったのは“一緒にお酒を呑む”という回答でした。それを読んで、いまだにですかと思いました。お酒を呑みに行かない、ゴルフも行かない、車も持っていない若者が多いといわれている時代に、“呑むこと”がコミュニケーションを一番円滑にするんだと信じてやまない中間管理職がたくさん日本にはいるということです。これはまずいと。ただ、それしか武器がない現状の中で、それをやらざるを得ないなら、中間管理職のせいばかりにはできないぞと思いました。ですから、こういうチャットなどのビジネスツールは朗報なんですよ。少なくとも中間管理職の40代、50代の人はLINEなどはやっていますので、基本的にそれと一緒だよというと武器になりますし、こういったツールも管理職の人たちに選択肢として提供していかなければいけないと思いますね。

画像: ITの活用で労働時間を短縮
画像: 野口孝広(のぐち・たかひろ) 1991年 リクルート入社後、人事部新卒採用、住宅情報地形営業部(現SUUMO)、住宅情報事業ネット推進部、2013年に リクルート住まいカンパニー社長を務める。2017年より株式会社リクルートホールディングス メディア&ソリューションSBU企画統括担当。

野口孝広(のぐち・たかひろ)
1991年 リクルート入社後、人事部新卒採用、住宅情報地形営業部(現SUUMO)、住宅情報事業ネット推進部、2013年に リクルート住まいカンパニー社長を務める。2017年より株式会社リクルートホールディングス メディア&ソリューションSBU企画統括担当。

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