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お年寄りと新聞販売店、そして地域社会をつなぐ「まごころサポート」で、ローカルビジネスの可能性に気付いたMIKAWAYA21の代表・青木氏。「新聞販売店の改革」からスタートした取り組みは、やがて、デジタル化する社会で埋もれていく、さまざまな地域密着型事業者との連携を模索するようになる。だが、それには、新聞業界という枠組みを飛び出す必要があった。青木氏は、築いてきた会社を譲渡し、ゼロからの再出発を図る。

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“まごころ”がつなぐ、地域のシェアリングエコノミー

「まごころサポート」を始めたことで、青木氏の販売店を取り巻く状況は大きく変わったという。

「まず、スタッフの表情が変わりました。ちょっとした困りごとを解決するだけで『ありがとう』『ほんとに助かるわ』と感謝の言葉をかけられる。これは、それまで新聞販売員にとってめったになかった体験で、それが彼らのモチベーションを明らかに変えていました」

経営にも良い効果がもたらされた。販売店と新聞を購読するお年寄りとの距離が近くなったことで、契約の更新率が高まったほか、粗品をプレゼントする従来型の営業をやめたことで、販管費を圧縮。利益率もぐんと向上するなど、良いことずくめだった。

「引き合いも増え、既存のスタッフだけでは対応できなくなっていきました。そこで地域の有償ボランティアを組織すると、今度はお年寄りとボランティアの間で“地域のシェアリングエコノミー”が生まれました。例えば、若いお母さんなら『子どもにお年寄りのお手伝いをさせたい』と、お年寄りからの草むしり依頼に親子で参加するケースも。子どもが来れば、おじいちゃん・おばあちゃんはもう大よろこびですから。次からはお菓子を用意して待っていてくれる、なんてことも増えました」。まごころサポートを介して、契約者と販売店の周りにいろいろなストーリーが生まれていた。

転機が訪れたのは、そんなときだった。

ハンマーで頭を叩かれたような、ある経営者の言葉

当時、青木氏は、新聞販売店のネットワークを生かし、ソフトバンクとのコラボショップも展開していた。それが縁で、孫正義氏の弟・泰藏氏が主催する食事会に誘われたときのことだ。

「当日のメンバーの多くはITベンチャーの経営者でした。彼らに、私の新聞販売店にソフトバンクショップを併設したら、おじいちゃん・おばあちゃんがスマートフォンを使い出し、SNSで『友達』になったとか、そんな話や、まごころサポートで地域のお年寄りに一番愛される販売店をめざしている、というビジョンを説明したんです。ここまでやった、というような自負も込めて。ところが、そこで言われたのが、今も忘れられないひと言です」

“スケールが小さくないかい?”

シリコンバレーの経営者が集まると、誰も目先の売り上げや株価の話なんてせず、「テクノロジーの力で、世界の課題解決を半歩でも前に進めよう」という話をする。テクノロジーの力を信じて夢中で向き合っていたら、いつの間にか大きな会社になっていただけで、世界の課題解決に役立ちたいという思いはずっと変わらない……。孫泰藏氏から言われたのは、そうした内容のことだった。

「せっかく素晴らしいサービスを持っているのに、狭いエリアの提供で満足していいの? 『全国のお年寄りをサポートする!』くらいの気概を持てないの? そんな孫さんの指摘を受けて、私はハンマーでがーんと頭を叩かれたような衝撃を受けました。確かに、まごころサポートの限界を勝手に設定してしまっていたのは自分だったかもしれない。あの言葉をきっかけに、私の考え方は大きく変わっていきました」

画像: ハンマーで頭を叩かれたような、ある経営者の言葉

新聞販売店の枠組みを抜け、ゼロからの再スタートへ

やがて青木氏は、1つの決断をする。新聞販売店を含め、あらゆる地域密着型事業者に、まごころサポートの実施主体になってもらう活動に注力するため、ずっと育ててきた販売店を譲渡したのである。

「23歳から15年間、自分のすべてをかけて育てた店なので、思い入れはたくさんありました。でも、特定新聞社の系列販売店という枠組みの内側にいる限り、どうしても制約を受けることやできないことがあります。すべてを投げ打ってでも、日本中にまごころサポートを広めなくては――。そんな使命感にかられていた私に、ゼロからのリスタートに対する不安はありませんでした」

こうして青木氏は、仲間とともに現在のMIKAWAYA21を立ち上げた。現在は、まごころサポートを広めるため、ITを取り込んだ新しい取り組みにも着手している。

その1つが、「ドローン」の活用である。

各事業者がまごころサポートを始めるには、そのための人手が欠かせない。ところが、そもそも最小限の人数でまかなっている会社も多く、青木氏の元には「やりたいけど、できない」という声が多く届いていたという。MIKAWAYA21は、この問題を解決するために先進テクノロジーを活用。ドローンによる宅配サービスの実証実験を進めている。

画像: 福岡県の能古島などで行われたドローンによる宅配サービスの実証実験の様子。

福岡県の能古島などで行われたドローンによる宅配サービスの実証実験の様子。

「まごころサポートで依頼される内容の2割がお買い物代行です。それをドローンで行うことができれば、より多くの事業者さまにまごころサポートをスタートしてもらえると考えました。法整備の関係もあり、まだ都市部では難しいかもしれませんが、郊外なら庭先までデリバリーできる可能性がある。現在はパートナー企業とともに実用化に向けたテストを繰り返しています」

ドローンの機体は年々進化している。測位サービスの精度向上により、到着点の誤差も数センチレベルまで縮小できているといい、実用化には期待が持てそうだ。

お年寄りと社会をつなぐ「MAGOボタン」

さらにもう1つ、ちょっと変わったデバイスの開発にも取り組んでいる。それがシニア向けのIoTデバイス「MAGOボタン」だ。

画像: MAGOボタンのMAGOは「まご」ころであり「孫」でもある。高度なテクノロジーを内包しながらも、「ボタンは1つ、電源はコンセントから」というアナログなデザインを徹底し、お年寄りの暮らしになじむデバイスにした。

MAGOボタンのMAGOは「まご」ころであり「孫」でもある。高度なテクノロジーを内包しながらも、「ボタンは1つ、電源はコンセントから」というアナログなデザインを徹底し、お年寄りの暮らしになじむデバイスにした。

「MAGOボタンは通信機能とSDカードを実装しており、それらを使ってさまざまな機能を持たせることができます。例えば、ボタンをポンポンと2回押すと、3分以内にコールセンターから『何かお困りごとはありますか?』と電話がかかってきます。電話で連絡すればよいと思うかもしれませんが、受話器を持ち、ボタンを押して相手が出るのを待つという一連の動作の間に、お年寄りは『こんなことで連絡するのは迷惑なんじゃないか』という意識を抱きがち。それを取り払うには、ボタンを押すだけという手軽さが必要でした」

ほかにも、離れて暮らす孫などから、チャットツールでスタンプが送られてくると、MAGOボタンはそれを「おはよう」というボイスメッセージに変換して鳴らす。返信したい場合も、ボタンを押すだけでスタンプを送信することが可能だ。また、お年寄り向けならではの機能として、投薬の時間を音声で知らせることもできる。飲んでからボタンを押せば、「薬を飲んだ」といったメッセージも送信できるなど、安否確認的な使い方にも対応しているという。

「MAGOボタンが部屋にあると、娘や孫の存在を感じられるから寂しくない、そう話してくださった方がいます。これは、とても嬉しかったですね。作る側は、どうしても『IoTで云々』『通信回線が云々』なんて話をしてしまいがちですが、お年寄りにとってそんなことはどうでもいいんだと痛感しました。ただ、そこにあるだけで安心できるITデバイス。これは、割と新しいものなんじゃないかと自負しています」

画像: 孫とやりとりができたり、忘れがちな薬の時間などを教えてくれるMAGOボタンは、多くのお年寄りにとって「部屋にあるだけで安心できるデバイス」となっている。

孫とやりとりができたり、忘れがちな薬の時間などを教えてくれるMAGOボタンは、多くのお年寄りにとって「部屋にあるだけで安心できるデバイス」となっている。

めざす最終形は「町のサポートステーション」

何もない状態からスタートしたMIKAWAYA21だが、ふたを開けてみれば、多くの顧客やパートナーに変わらず支えられながら、成長し続けている。これからも“まごころ”を軸にしたさまざまな取り組みを展開していくという同社。その先にめざす社会のかたちは、どんなものなのだろうか。

「目先の目標は、全国津々浦々の地域密着型事業者さまに、まごころサポートの担い手になっていただくことです。超高齢社会を迎えた日本においては、ともすれば本業の割合を抑えてでも、力を注いでいく価値のある仕事だと私は考えています。その後、最終的にイメージしているのは、まごころサポートを提供する拠点が『町のサポートステーション』になること。お年寄りはもちろん、体の不自由な方や、小さな子どもを持ったお母さんといったあらゆる人に向けて、暮らしがちょっとだけ楽になるような支援を行っていければ、世の中はより明るいものになると思います」

現在は、年間200日以上を各地での講演会に費やしているという青木氏。「斜陽産業だから」と、自ら諦めムードになりがちな各業界内部の人々に向け、「前を見ていこう」「できることはある」と訴え続けている。使命感に燃えながら、青木氏は今日も全国を飛び回っている。

画像: 呼ばれればどこへでも駆け付ける。全国津々浦々での講演会・セミナーを通じて、青木氏は日々、「まごころサポート」に同調してくれる人たちを増やし続けている。

呼ばれればどこへでも駆け付ける。全国津々浦々での講演会・セミナーを通じて、青木氏は日々、「まごころサポート」に同調してくれる人たちを増やし続けている。

画像: 青木慶哉氏 1976年、大阪府生まれ。高校卒業後、新聞販売店の営業として関西地区コンテストで2年連続優勝。その後、23歳で販売店のオーナーを任される。購読者にシニアが増えていることに着目し、「まごころサポート」を実施すると大ヒットし、業界内外から注目される存在となる。現在はMIKAWAYA21株式会社の代表取締役社長として、全国の新聞販売店をはじめローカルビジネス企業を対象に講演、コンサルティングを行っている。

青木慶哉氏
1976年、大阪府生まれ。高校卒業後、新聞販売店の営業として関西地区コンテストで2年連続優勝。その後、23歳で販売店のオーナーを任される。購読者にシニアが増えていることに着目し、「まごころサポート」を実施すると大ヒットし、業界内外から注目される存在となる。現在はMIKAWAYA21株式会社の代表取締役社長として、全国の新聞販売店をはじめローカルビジネス企業を対象に講演、コンサルティングを行っている。

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