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関西の一新聞販売店オーナーが、顧客とより強い関係性を築くために始めた「まごころサポート」。契約者であるお年寄りの困りごとを手伝う、ただそれだけのサービスだったつもりが、思いがけない鉱脈があることに青木氏は気付いた。アナログの象徴ともいえる地域密着型のビジネスにこそ、未来を切り拓くヒントがある――。その確信に至る過程には、新聞販売業界の慣例を打ち破るためのさまざまな試行錯誤があった。

昔ながらの地域密着型ビジネスに「商機」あり

MIKAWAYA21――。「三河屋」とは、お酒や調味料を販売する酒屋・小売店のこと。日本の国民的アニメに登場するキャラクターの職業として、なじみ深い人も多いだろう。社名としては一風変わった印象だが、実はこの会社の事業内容は、日本社会のあるべき未来像につながっている。代表取締役社長の青木慶哉氏はこう語る。

「お台所の勝手口から『こんちは~、三河屋で~す!』と声をかけ、注文を受ける御用聞き、それが三河屋の仕事のイメージですよね。また同時に、お客さまの愚痴を聞いたり、家事を手伝ったりすることもあるでしょう。このように、地域に根を張り、一人ひとりのお客さまと密なコミュニケーションができる三河屋のビジネスモデルに、現代社会が抱える課題を解決するヒントがあると考えています」

画像: 昔ながらの地域密着型ビジネスに「商機」あり

しかし、三河屋のようなビジネスを展開する企業は、時代とともにめっきり少なくなった。残る事業者も、顧客と昔のような関係性を築くことができず、苦しい状況に追い込まれている。確かに今の時代、いくら御用聞きといえども、勝手に家に入っていけば警察に通報されるかもしれない。

そこでMIKAWAYA21は、そうした地域密着型事業者と住民を「再びつなぐ」ことをミッションに掲げている。それも、従来のつながり方とは違うかたちで、両者の新たな接点をつくりだす。その一例が、「まごころサポート」だ。

まごころサポートは、三河屋さんでいうところの「愚痴聞き」や「家事の手伝い」を、新聞販売店などの地域密着型事業者が有料サービスとして提供するもの。価格は一律、30分500円。あくまで本業は維持・継続しつつ、「ちょっとしたお手伝い」を新事業として立ち上げるイメージだ。MIKAWAYA21は、自らまごころサポートを提供するとともに、他の事業者が提供する際の支援も行っている。

「社会の高齢化が進む中で、三河屋のような存在を欲する人は間違いなく増えています。このサービスを通じ、地域密着型事業者が、再び住民と親身に向き合える環境をつくりたい」と青木氏は力を込める。

あえて有料にしたのは、そのほうが依頼する側も心理的負担が少ないから。過去に試験的に無料でまごころサポートを提供したこともあったが、利用者から「無料だとかえって気をつかってしまう。有料にしてくれませんか」といったコメントが寄せられたのだという。事業者側にとっても、有料であることでサービスを提供する上でのモチベーションになるし、利益が出れば、継続的なサービス提供も容易になる。

「新聞販売店をはじめ、電器店やクリーニング店、青果店、鮮魚店といった地域密着型事業者さまは、住民とのつながりというかけがえのない“資産”を持っています。それが希薄化していってしまう前に、私はなんとか現状を変えたいと思っています」

新聞販売店で鍛えた営業力を武器に独立起業

なぜ青木氏はこうした挑戦を続けているのか。それは、そもそも青木氏自身が、地域密着型ビジネスの代表とも言える「新聞販売店」で、住民との密な触れあいを軸にした仕事を生業としてきたからだ。

「父親と伯父が新聞販売店を共同経営していましたが、仕事は大変そうでしたし、幼い僕にはまったく継ぐ気はありませんでした。ただ、親が経営者だったせいか、将来は自分も何か商売をしたいという思いはありました。そこで父親に相談すると『どんな商売でも営業が基本になる。まずは営業力を鍛えなさい』と言われたんです」

一理あると思った青木氏は、一時的ならばと新聞販売の世界に飛び込むことを決断。高校卒業と同時に、「2年限定、基本給0円のフルコミッション」という条件で父親の販売店に就職した。期間限定としたのは、2年で営業力を身に付けて独立起業しようと考えたため。基本給0円のフルコミッションは「退路を断つ」という意味があった。

画像: 経営していた新聞販売店の前で撮影した写真。中央後ろが青木氏。

経営していた新聞販売店の前で撮影した写真。中央後ろが青木氏。

その後、青木氏はめきめきと営業力を鍛えていった。営業に向いていたのか、はたまた成果がそのまま報酬につながることでモチベーションが高まったのか、青木氏は新聞社主催の営業コンクールで2年続けて優勝した。資金も準備でき、予定通り2年で独立。新聞販売と別れを告げ、友人とリフォーム・マンション管理の会社を立ち上げた。

「独立後も、営業力を武器に飛び込みでお客さまを開拓し、会社は順調に成長していきました。ところが、3年ほど経ったある日、新聞販売店時代のエリアマネージャーから『青木君にやってほしい販売店がある。君の営業力が必要だ。新聞販売業界に戻ってきてくれないか』と誘われたんです」

上層部からの反対にも屈せず、業界の常識を打ち破る

正直、戻るつもりはなかったが、エリアマネージャーからの「青木君にやってほしい」という言葉に心が揺らいだ。また、販売店のオーナーには、業界でもひと握りの人間しかなれないことも知っていた。酒も入り、すっかり「選ばれし者」の気分に浸った青木氏は、その場で「はい!」と即答していたという。

「任されたのは契約世帯数が約1,200件ある店舗でしたが、いろいろと営業が難しい事情があり、利益率も低いエリアであることを後から知りました。なんでも、『そこだけは勘弁してくれ』と、他の販売店オーナーから懇願されるような店舗だったそうです(笑)。途方に暮れましたね。ただ、やると言ったからには絶対に結果を出してやろうと、あれこれ知恵を絞りました」

そこで青木氏は、従来の新聞販売店業界の常識を覆すような施策を実行する。

まず、当時の新聞販売店につきまとっていた「暗い・汚い・怖い」というネガティブなイメージを払拭するため、営業スタッフが全員女性の店舗を実現した。単に募集をかけても女性は集まらなかったため、販売店の裏にある公園で子どもを遊ばせているお母さんグループに声をかけたという。「『託児所を用意するので、力を貸してくれませんか』と勧誘したんです。はたから見れば完全にナンパですね。でも、お金をかけずに採用するには、これしか手がありませんでした」と青木氏は笑う。

営業方法も見直した。業界の通例だった飛び込み訪問営業を一切やめ、電話営業に切り替えたのだ。販売店の売り上げに責任がある新聞社のエリアマネージャーからは「そんなやり方で成果が出るものか」「足を使ってお客さまに会い、頭を下げてこい」と強く反対されたという。それでも諦めず続けていくと、販売店の雰囲気は大きく変わった。同時に、周囲に反対の余地を与えないほど、販売店の営業成績もうなぎ上りに伸びていった。

「購読層はお年寄り」、気付きが生んだまごころサポート

「もう1つ、大きな転換点になったのは、自社で行った新聞購読者の年齢調査です。営業エリアは新興のベッドタウンで、世帯平均年齢は30~40代。当然、この世代のお父さん・お母さんが読んでいると思いながら新聞販売をしていたのですが、調査結果を見ると、50代から上の世代が7割を超えていたんです」

今まで行ってきたキャンペーンなどの多くが「的外れ」だったことに、愕然とした青木氏。そこから徹底的に、お年寄りに愛される販売店になるための方策を練った。ところが、その過程で意外な実態が見えてきたという。きっかけは、女性の集金スタッフが一人暮らしのおばあさん宅を訪れたときのことだった。

ドアを開けると、暗い洗面所で顔を洗っているおばあさんがいた。どうして明かりをつけないの、と聞くと「電球が切れたけど、交換を頼める人がいないのよ」と。そこでスタッフが電球交換を手伝うと、おばあさんは涙を流して喜んだ。

「きっと、子どもが独立して遠くに住んでいるお年寄りにとって、こんなことは日常茶飯事なのでしょう。一方、うちのスタッフは、配達や集金などで毎日お年寄りのお宅を訪問しています。だったら、そんなちょっとした困りごとを解決するサービスも、新たに始めてみてはどうだろうか――。そんな発想で生まれたのが、まごころサポートでした」

画像: 「購読層はお年寄り」、気付きが生んだまごころサポート

お年寄りの心を捉え、全国でも屈指の新聞販売店へ成長

まごころサポートの噂は、口コミでお年寄りの間に広がった。依頼内容は買い物の代行、庭の手入れといった日常的な雑用がほとんど。こうしたニーズに応える仕事としてすぐ思い浮かぶのは「便利屋サービス」だが、まごころサポートのほうがお年寄りの受けはいいという。理由は「いつもの新聞屋さんのサービスだから」。長年の付き合いで育んだ信用力と、連絡すればすぐ駆け付けてくれるネットワークが大きな武器になっている。

「このサービスがあるから」と新聞を契約するお年寄りも大きく増えた。販売店オーナーを引き受けたとき約1,200世帯だった購読者数は、15年後には10倍の12,000世帯になった。オーナーを務める店舗も4つに増え、アルバイトを含めるとスタッフは約200人。「新聞離れ」が叫ばれる状況では異例の成長を遂げ、青木氏の名は新聞業界に知れ渡った。

まさに順風満帆。誰もがうらやむ成功を手にした青木氏だが、話はここで終わらない。その後、すべてを捨てる大きな決断をするからだ。

画像: 青木慶哉氏 1976年、大阪府生まれ。高校卒業後、新聞販売店の営業として関西地区コンテストで2年連続優勝。その後、23歳で販売店のオーナーを任される。購読者にシニアが増えていることに着目し、「まごころサポート」を実施すると大ヒットし、業界内外から注目される存在となる。現在はMIKAWAYA21株式会社の代表取締役社長として、全国の新聞販売店をはじめローカルビジネス企業を対象に講演、コンサルティングを行っている。

青木慶哉氏
1976年、大阪府生まれ。高校卒業後、新聞販売店の営業として関西地区コンテストで2年連続優勝。その後、23歳で販売店のオーナーを任される。購読者にシニアが増えていることに着目し、「まごころサポート」を実施すると大ヒットし、業界内外から注目される存在となる。現在はMIKAWAYA21株式会社の代表取締役社長として、全国の新聞販売店をはじめローカルビジネス企業を対象に講演、コンサルティングを行っている。

「後編:ローカルビジネス×ITで日本の課題に挑む」に続く>

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