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鎌倉投信株式会社 代表取締役社長 鎌田恭幸氏
CSV経営の日本企業版として、一橋大学の名和高司氏が提唱する「J-CSV(*1)」。本シリーズではJ-CSVを実践する企業経営者へのインタビューを連載してきたが、今回は視点を変え、そういった企業を投資という形で応援している金融ベンチャーに話を聞く。登場していただくのは、「いい会社をふやしましょう」を合言葉に2008年に創業した、鎌倉投信株式会社の鎌田恭幸氏。同社が考える「いい会社」の定義とその見極め方に迫った。
*1 J-CSV:2011年にハーバード大学のマイケル・ポーター氏らが提唱したCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)の日本企業版として、一橋大学特任教授の名和高司氏が2015年から提唱している経営戦略。

「いい会社」が「いい会社」であり続ける限り投資し続ける

――御社は「いい会社をふやしましょう」を合言葉に、投資信託「結い 2101(ゆいにいいちぜろいち)」を販売・運用しています。一般的な投資信託とはどう違うのですか。

鎌田
「投資先が『いい会社』であり続ける限り、その株式を保有し続ける」と宣言している点です。つまり、その会社の「よさ」が変わらない限り、ずっと投資し続ける。これに対して多くの投資信託は、投資先の株価が上がったら全部売却して他の会社に投資を切り替えることで、お客さまである投資家のお金をふやすという運用方法を採っています。

数字に関していうと、わたしたちは年率5%のリターン(投資収益率,信託報酬控除前)を目標としています。そこから信託報酬(*2)の1.08%(税込み)を引いた分をお客さまに還元することを目標にしています。短期間で10%を超える高いリターンを狙うこともできますが、わたしたちは敢えてそれをめざさず、リスクを極力抑え、長期に渡って少しずつお客さまの資産をふやしていく運用をめざしています。

*2 投資家が負担する運用管理報酬

どんな会社が「いい」のか

――御社では、投資先である「いい会社」をどう定義しているのですか。

鎌田
一言でいえば「本業を通じて社会に貢献する会社」です。会社である以上、利益を生み出していく必要が当然あるわけですが、その過程で労働条件などにより社員がどんどん辞めていくとか、リストラするといった、何かの犠牲の上に会社が儲かったとしても、社会全体としては持続的といえません。会社に関わるすべての人が喜びや幸せを感じ、(会計的な見方をすると)その人たちに利益が適正に分配されていることが大切だと思うのです。

画像: 鎌倉投信の社屋。JR鎌倉駅から北東へ徒歩約20分、入り組んだ小路の奥にある。

鎌倉投信の社屋。JR鎌倉駅から北東へ徒歩約20分、入り組んだ小路の奥にある。

もうひとつ、マクロ的な視野から見た場合、次のようにとらえることも可能でしょう。現在、日本を含めた先進国では、モノやサービスはすでにひと通りいき渡っている状態ですが、一方で社会的課題をたくさん抱えています。これからの時代は、それらモノやサービスを今以上にふやすとか価格競争を勝ち抜いていくのではなく、事業を通じて社会的課題を解決する、社会の価値を高めていくという志向性を持った会社が求められると思います。財政や地域経済、環境の問題、食の安全、働く人の心の問題などいろいろな社会課題がありますが、それらを放置したまま経済や社会が発展するという絵は到底描けないわけですから。鎌倉投信が考える「これからの日本にほんとうに必要とされる会社」とは、そうした要素を持つ会社です。

これが、わたしたちが考える「いい会社」の大まかな定義です。実際の評価基準は35項目程度(非公表)あり、大きく「人」「共生」「匠」という3つのキーワードで分けられます。つまり、人の強みを活かす会社、循環型社会を創る会社、独自の技術やサービスを持っている会社という視点です。

バランスシートに表れない、会社の実態

――近年、企業の社会的責任を重視したSRIファンド(*3)やESG投資(*4)と呼ばれる投資手法がふえていますが、「結い 2101」との決定的な違いは何ですか。

鎌田
一般的に、SRIファンドやESG投資では、第3者機関を通じたアンケート調査などを利用して一次選考を行った後に投資の判断がなされます。そのため、評価項目を網羅しているかどうかが重視されるのです。また、形式的な評価にとどまることも少なくありません。それに対してわたしたちは、実際に会社を訪れて直接取材し、形式的、網羅的なものではなく実態を観ながら判断しています。

*3 SRI:Socially Responsible Investment
*4 E:Environment,S:Social,G:Governance

――具体例を教えてください。

鎌田
わたしたちの投資先のひとつに、簡易食品トレー容器の最大手メーカーである株式会社エフピコ(広島県福山市)という会社があります。障碍(がい)者雇用問題への取り組みという観点で選んだ会社です。

投資先を探していた当時、社員50人以上の民間企業には障碍者雇用率1.8%以上が義務づけられていましたが(現在は2.0%)、軽度の身体的障碍を持った社員も重度の知的障碍を持った社員も同一にカウントされるため、実態が見えませんでした。そこで当社の運用責任者が最初に行ったのは、障碍者雇用に力を入れている会社同士の連絡協議会が主催する勉強会などに参加し、雇用実態として本当に評価できる会社がどこなのかを探ることでした。さらに、組織論やリーダーシップ、人財育成に詳しい大学の先生方にも話を伺いました。そうやって質の高い情報を集めた上で、投資先候補をエフピコに絞り、現地に向かいました。

実際に工場に伺ってみると、使用済みのプラスチックトレーからリサイクル可能なものを峻別する作業を、重度の知的障碍を持った社員が担当していたのです。リサイクル率が会社の利益に直結するわけですから、同社の中核をなす業務です。さらに、社員約3,000人のうち障碍者の法定雇用率が約8.5%であることもわかりました(2010年現在の社員数は約4,500名 障碍者法定雇用率約14%)。これは上場企業中ダントツで、しかも皆さん正社員として雇用され、納税者になっている方もいます。

障碍者の皆さんが働くことで、ご家族の精神的な負担が軽減され、さらに本人の働く喜びも生まれる。まさに社会にとっての価値を生み出しているのです。エフピコでは、もともと養護学校の先生をされていた特例子会社(現エフピコダックス株式会社)の経営者の方が牽引役となり、彼らの特性を把握した上でのきめ細かな指導を行っているのです。こういった情報は、会社のバランスシートには表れません。

画像: 庭から見た、夕暮れ時の鎌倉投信社屋

庭から見た、夕暮れ時の鎌倉投信社屋

投資先探しは、社会課題ありき

――社会的課題がまず初めにあって、その解決に取り組んでいる企業を見つけてきて投資する、という順番なのですか。

鎌田
そうです。エフピコの場合、まず初めに根っこの問題意識として日本の人口減少という現実がありました。そうした中で労働人口をふやすにはどうしたらいいか、といった切り口から考えた結果、人口が減っても多様な人財が活躍できる会社がふえるといいよね、という方向性が見えてきた。多様な人財とは、例えば障碍者の方。では、障碍者雇用の課題に本業で取り組んでいる会社はどこだろう…というように社会課題を分解し、エフピコを投資先として選定するに至りました。

障碍者雇用の次に、労働人口をふやすという切り口で社会課題に挙げたのが、いわゆる引きこもりやニート、一度組織から外れてずっとフリーターとして暮らしている方々の雇用問題でした。彼らには障碍者手帳のような証明書はありませんが、なかなか正規雇用されないのが現実です。では、そういった人たちに向いている仕事って何だろうと探っていくと、「デバッグ」という仕事が実は彼らに適していることがわかった。スマートフォンのアプリやゲームソフトなどの動作不良を見つけ、修正する作業です。

そこでデバッグ専門の会社を探して出会ったのが、株式会社デジタルハーツ(ハーツユナイテッドグループ)でした。テスターと呼ばれる契約社員など約8,000人の半数以上をニートやフリーターだった若者が占めている同社では、形だけの雇用ではなく、彼らの特性を本業であるデバッグ事業にしっかりと活かしています。こういった社会課題と本業との親和性の高さが、投資を判断する際の大きな評価ポイントになっています。


画像: 投資先探しは、社会課題ありき

「いい会社」は何が違うのか

――会社を訪れた時、最初に見るポイントは何ですか。

鎌田
やはり、会社に入った瞬間に職場がどんな雰囲気なのかは感じますよね。社員の皆さんがすごく楽しそうに働いているとか、挨拶がきちんとしているとか。あとは、社員用のトイレがきれいに掃除されている会社や、工場の裏手に置かれた商売道具が丁寧に磨かれている会社は「いい会社」である可能性が高いです。

――「いい会社」の経営者や社員は、そうでない会社と何が一番違うのでしょうか。

鎌田
主体性と協調性だと思います。「いい会社」は、その両方を兼ね備えています。協調性といっても単に周囲に合わせるということではなく、積極的に人を巻き込む力。組織において人の心を動かして周囲を本気にさせる力を、わたしたちは「共感資本」と呼んでいます。

最終的に行き着くのは、人なのです。社員が喜びや幸せを感じて働いているかどうか。それを見極めるために、現地取材では経営者だけでなく社員の方にインタビューさせていただいて、やりがいを持って働いているか、課題意識を持って仕事に取り組んでいるのかなどを尋ねています。

――組織としての「いい会社」の共通点は何ですか。

鎌田
以前、『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版,2008年)の著者として知られる法政大学の坂本光司先生と共同研究をしました。経済危機が起きても経常利益率(売上高に対する経常利益の割合)2桁%以上を安定的に達成している会社が持っている要素とは何だろう?という疑問から、全国約1万社にアンケートを行い、一部の会社には現地取材もさせていただきました。その中で垣間見えた共通点は、会社の事業と社会的価値の創造のバランスがとれていること。そして、3つの“無形資産”をとても大事にしていることです。

無形資産の1つめは、経営理念です。会社の存在目的ですよね。それが非常に明確で、とことん実践するしくみを創っていること。

2つめは、人財育成。これはスキルやノウハウの育成ではなく、会社の存在目的とそれぞれの社員の存在目的とをシンクロさせるための育成です。そもそも、社員一人ひとりが何のために働くかという価値観を根底に持っていないと質の高いアウトプットは出せないでしょうし、今やっている仕事を続けることもできませんよね。そういった、社員の主体性を育てるしくみを人財育成に組み込んでいること。

そして3つめが、関係性です。社員同士の関係はもちろん、会社と社員、地域社会、取引先とを繋ぐしくみを持っていること。バブル崩壊以降の失われた20年で多くの大企業が事業の効率性や合理性を追い求めた結果、新しい価値が生まれにくくなりましたよね。イノベーションとは突然起こるものではなく、さまざまな関係性において何かが触媒となって生まれてくるものだと思うのですが、費用対効果だけを重視した機械的な組織変更などでそれが断ち切られた瞬間に、面白いものが生まれにくくなってしまったのではないでしょうか。

画像: 鎌田恭幸(かまたやすゆき) 1965年、島根県大田市生まれ。1988年、東京都立大学(現・首都大学東京)法学部卒業。日系、外資系の信託銀行を通じて資産運用業務に携わり、株式運用や運用商品企画、機関投資家向けの年金営業などを担当した。外資系信託銀行の副社長を経て2008年11月、元同僚4人で鎌倉投信株式会社を起業し代表取締役社長に就任。独自の視点で「いい会社」に投資する公募投資信託「結い2101」を運用・販売している。著書に『外資金融では出会えなかった日本でいちばん投資したい会社』(アチーブメント出版,2011年)。

鎌田恭幸(かまたやすゆき)
1965年、島根県大田市生まれ。1988年、東京都立大学(現・首都大学東京)法学部卒業。日系、外資系の信託銀行を通じて資産運用業務に携わり、株式運用や運用商品企画、機関投資家向けの年金営業などを担当した。外資系信託銀行の副社長を経て2008年11月、元同僚4人で鎌倉投信株式会社を起業し代表取締役社長に就任。独自の視点で「いい会社」に投資する公募投資信託「結い2101」を運用・販売している。著書に『外資金融では出会えなかった日本でいちばん投資したい会社』(アチーブメント出版,2011年)。

「【第2回】よろず屋の末っ子がたどり着いた、投資の本質」に続く >

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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